第53話 女戦士、失恋を語る

 ……しばらくするとコツを掴んだのか、オリガは久々に二本の足で大地に降り立った。


「顔色が悪いぞ。大丈夫か」

「……大時化の船上の方が、いくらかマシでした」


 そんな捨て台詞を残して、オリガは近くの木陰に駆け込んでいった――聞くに堪えない音が辺りに響き渡る。

 ううむ、そういうものか……あたし、船酔いとかしないからな。


 青ざめた顔で口元を拭いながら、オリガが戻ってくる。


「……”剣聖ソードマスター”殿。その、お伺いしてもよいでしょうか」

「喋ってもいいが、稽古は続けろ。次は木剣でコンビネーションだ。剣を振るう中で、ベリンダが有効に使えるポイントを探せ」


 オリガは頷くと、木剣を振りながらベリンダを発動させ始める。


 元の用途が何だったにせよ、ベリンダにはドジのフォローだけではもったいないほどの力がある。

 その真価を利用できれば、オリガがこの戦いで生き残る可能性は高くなるだろう。


「その。剣聖ソードマスター”殿は、どうしてアルフレッド師匠のために、ここまでするのですか?」


 オイオイ、お前がそれを聞くのか?


「このような私財を投げうち、己の命を懸け……いえ、そもそもS級冒険者という栄誉と権益まで放棄されたのも、あの方のためなんですよね」


 かく言うオリガだって、ユーリィとの約束を守るために、もう結構な対価を支払っているはずだ。


 貴族のお嬢様が冒険者なんて道を選んだのだ。

 若い貴族につきものの家柄や青春というやつがどんな形になったのか、想像するのは難しくない。そういえば、マリーアンのヤツもそうだったな。


「なんだ。また迷ってるのか、オリガ? まあ確かに、ユーリィのやつも意地が悪いというか……要するにお前が戦いに巻き込まれるのが嫌だったんだろ。ああいうのなんて言うんだっけか。ツンデレ?」

「……”剣聖ソードマスター”殿が、それをおっしゃられますか」


 なんだその目は。言いたいことがあるならはっきり言え。


「いえ、そのッ……以前、アルフレッド師匠がおっしゃっていました。それがしによく似た人を知っている、と。その人は、宮廷魔法士の友人と冒険をしたがっていた……ですよね?」

「……つまらんことばかり憶えてるな、お前は」


 あたしが、まだケツの青いガキだった頃の話だ。


 アルが宮廷魔法士の推薦を受け、王都に旅立つ夜。

 あたし達は約束した――いや、違う。


 あたしがアルに約束させたのだ。

 遠くに行ってしまうアイツを引き止めたくて。


 いつか必ず追いつくから。その時はあたしと一緒に世界を巡れ、と。


「とはいえ、そんなのはもう昔の話だ。実際、あたしがS級になった時、アルフレッドはもう王立魔法研究所の幹部だったし、結婚して王都に屋敷を構えたばかりで、とても旅どころじゃなかったしな」

「そ、それは……アルフレッド師匠は、”剣聖ソードマスター”殿を裏切ったということですか!? では、ますます分かりませんッ! そんな相手のために、どうして!?」


 顔色を変えるオリガ。

 オイ、いいから手を止めるな。


「……あたしだって分からなくなったさ。ムカつくことに自分から謝りやがって、あのバカ。黙ってあたしに殴らせろってんだ、アホめ」

「そ、そうですッ! 罪を償わせて、それで……もう二度と関わらなければ良いではないですかッ」


 うん、思い出したら腹が立ってきた。

 アルの野郎、祭に付き合わせるぐらいじゃ帳尻が合わんぞ。


「でもな。結局その後も色んなことがあって……とにかく。世界最強の魔法使いにも、誰かの助けが必要な時が来た。その時、あたしはアイツを無視できなかった。だから、だ」


 結局あたしは面倒くさくなって、そんな言い方でごまかした。


 ……あたしとアルがこうなった理由はたくさんある。

 過去とか愛とか恋とか結婚とか下心とか、まあそれ以外にも色々。


 だがそれはあたし達二人のことだ。分からない奴にはどうしたって分からないだろう。

 そもそも、剣の弟子に教えるようなことじゃない。


「結局、失恋だの裏切りだので切れる関係もあれば、そうじゃない関係もある。あたしとアルは後者だったってことだ」

「えっと……それは」


 オリガの木剣がまた止まった。

 やれやれ、本当に注意散漫な奴だ。


「……アルフレッド師匠は仰っていました。”剣聖ソードマスター”殿――エレナ殿は、自分にとって家族のようなものだ、と」

「あたしは口減らしで親に捨てられた孤児だからな。その言葉はあまり好きじゃないが……アルが言うなら、一番近い表現なのかもな」


 あたしは腰掛けていた切り株から立ち上がると、風刃フウジン雷神ライジンの代わりに、近くに突き立てておいた二振りの木剣を手に取った。


「さあ、オリガ。集中しろ。今度はお前が問われる番だ。お前は何故この戦いに参加するんだ? 約束か? ユーリィへの愛情か? それとも剣への情熱か……お前の中で一番強い感情を腹に据えろ」


 戦いに必要なのは、強い意志だ。

 そしてあたしに教えられるのは、戦いのことだけ。


「あ、あ、あ、愛情なんてッ」

「他にいい言葉があるなら、それを使え。とにかく、その感情を忘れるな」


 いつも通りの自然体で、あたしはオリガと向かい合う。


「組手を始める。ベリンダを使いこなして、あたしに一太刀浴びせてみせろ。いいな」

「は――はいッ! よろしくお願いしますッ!」


 気合とともに踏み込んでくるオリガ――ベリンダのサポートのおかげか、いつもより数段速い。

 あたしは左の剣で受け流すと同時に、右の切っ先で背中をつく。

 ベリンダの加速を制御できなかったオリガは、とんでもない勢いで木立の間に突っ込んでいった――


「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁッ」

「何の為にコンビネーションの稽古をしてる! 常に次の一手を見据えて動け! 流れを止めるな!」


 闇ギルドとの決戦は近い。

 愛だの家族だの言う前に、せめて弟子ぐらいは生き残れるようにしてやるのが、師匠としての仕事ってものだろう。

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