第36話 おじさん、決闘の後始末をつける

 考えてみれば、ジェヴォンが剣を振るうのを見たのは、これが初めてだったかもしれない。

 少し右に重心が偏っていたが、動きは悪くない――十四歳という年齢を考えれば見事な剣技だった。


「ッだらァァァァァァッ」


 対するパイクも、確かに若い頃は研鑽を積んでいたのは分かる。

 ただ、恐らくこの数年は剣を握っていなかったのだろう。それに、身体についた贅肉が重いのか、足運びも精彩を欠いていた。


「このッ、調子にッ、乗るなァッ」


 結果として、二人の実力は伯仲していた。

 幾度も切り結び、小さな切り傷が増えながらも、お互いに決定的な一閃を繰り出せずにいる。


「どーした、パイク! そんなんじゃ、父上の、足元にも、及ばねーぞ!」

「私を、あの、朴念仁と、比べるなッ!」


 ――二人の剣がぶつかりあう音、靴底が石畳をこする音だけが、パーティ会場を支配していた。

 父の仇を求める少女と、家の隆盛を望む男のぶつかりあい。

 

「……オイ、アル」


 密かに僕の肩をつついてきたのは、エレナだ。


「いつ仕掛けるんだ?」

「何の話?」

「とぼけるなよ。お前、打ち合わせの時、決闘に反対してただろ。このまま黙って観てるなんて、らしくない」


 ……やれやれ。

 流石は幼馴染。僕の行動パターンなんてお見通しか。


「……僕だって、ジェヴォン達の復讐は邪魔したくないよ」


 パイクの一人娘――エリザベート。

 エヴァン曰く、病死した母親に似て気の弱い娘。


 パイクは罪を犯したけれど――エリザベートにとってはたった一人の父のはずだ。

 従姉妹のジェヴォンが、目の前で父の命を奪ったとしたら。


「のちのち子供達が殺し合うような状況になるのは、見過ごせないだろ」

「それが貴族って連中のやり方だろうに……まったく、お前は子供に甘いな、本当に」


 別に、甘くしてるつもりはない。

 ただ僕が、眼の前で親を失う子供を見たくないだけで。


 ……忍び足で、決闘を見守っているエヴァンに近寄る。


「……アルフレッド君」

「エヴァン。先に、君に断っておこうと思うんだけど――僕は、ジェヴォンもパイクも、この場で死なせたくない」

「あなた……それを、わざわざ私に言いに来たの?」


 エヴァンは呆れた顔で、小さな溜め息をついた。


「……私は、ジェヴォンのことを応援してる。あの子のやりたいことを見守ってあげたい。だから、はいどうぞ、とは言えないわ」

「うん、分かるよ。でも……超えてほしくない一線は、あるだろ」


 エヴァンが、エリザベートに視線を送る。

 必死で戦う父親を、少女は唇を噛んで見守っていた。


「『他人への愛情を暴力で表現するなんて無意味どころか害悪だ、早急に廃すべき旧弊だ』、だっけ」

「……よく憶えてたね」


 僕達が十代の頃。

 エヴァンを賭けて決闘しようとジャックが言い出したとき、僕が言い放ったちょっと恥ずかしい台詞だ。


「そりゃ、憶えてるわよ。……そういうところが、好きだったんだから」


 え。

 ……予想外のことに固まった僕を見て、エヴァンは少しだけ笑った。


「本音を言うわね。ここまでやれば、もう復讐は果たしたわよ。私、早く帰って、ジェヴォン達と祝杯を上げたいわ」

「……了解。任せておいて」


 不意に背中をつつかれる。

 振り向くと、マリーアン様が意地の悪い顔をしていた。


「雇い主として厳に命ずるが……何かやらかすなら、くれぐれも新当主殿の機嫌を損ねないように頼むぞ、先生。ミスリル供給の件を反故にされては困るからな」

「ええ。分かっています」


 それは、ラーヴェルート辺境伯という立場から出せる最大限の承諾だった。

 マリーアン様も貴族らしくなったものだ。

 僕の教え子だった頃なら、誰よりも先に決闘を止めていただろうに。


 僕は――実のところ、決闘が始まる前からずっと使い続けていた魔法の出力を、更に高めた。


「大口叩いた割に、息が上がってんぞッ、パイク! 金勘定の、やりすぎじゃねーか!」

「黙れッ、貴様にッ、この家はッ、渡さんッ」


 戦いが長引けば、有利なのはジェヴォンだ。

 彼女にはパイクにない武器――若さから来る持久力がある。

 三十代を過ぎてデスクワークが増えたパイクの衰えは、僕にも想像できた。


 パイクが仕掛けるなら、そろそろのはずだ。


「――この家はッ! 私達のものだッ」


 肩口を狙ったパイクの剣を、ジェヴォンが受け流す――

 刃が噛み合う寸前で、パイクの斬撃が変化した。


「――――ッ」


 パイクが手首を返し、踏み込みを変える。

 それを見切れなかったジェヴォンのガードは、見事にかわされ。


 ミスリル製の刃が、ドレスを引き裂きジェヴォンの胸を貫く――


「な……ん、だと」


 ――寸前で、半ばから折れた。


「ハッ――く、らえぇぇぇぇぇェッ」


 突然のチャンスを、ジェヴォンは見過ごさなかった。

 ジャックの遺品たる長剣で、パイクの頸動脈を断ち切らんとする。


「――――!?」


 その寸前に。

 立ち塞がったのは――エリザベート。


「……テメェ。どけよ、エリザ!」

「やめて……ください」

「馬鹿者! 何のつもりだ! 私に恥をかかせるな――お前は下がっていればよい!」


 自分が殺されかかっていたことも忘れて、パイクはエリザベートを下がらせようとする。

 でも、エリザベートは俯いたまま首を振った。


「とっとと失せろ、エリザ。テメェの父親はアタシのお父様を殺したんだ。報いを受けてもらう」


 凄むジェヴォン。

 それでも、エリザベートは長い髪を揺らしただけで、その場を動かない。


「殺さ、ないで」

「エリザ! この愚か者が! お前が死んだら、誰がリリー家を受け継ぐ! お前こそがファミリー・・・・・に相応しいのだぞ!」

「……ダメ。お父様を――殺さないで」


 ジェヴォンは剣を構え直し――


「その台詞。アタシが言ったら、聞き入れてくれたか?」


 全力で振り抜く。

 エリザベートが己をかばう、腕をめがけて。


 でも、こちらの剣も折れた。


 ……床を転がる二本の刀身。

 動きを止めた三人。


 あまりといえばあまりな結末に、パーティ会場の全員が言葉を失っていた。

 僕以外の全員が。


(……やりすぎたかな)


 決闘が始まる前から、僕はずっと二人の剣に【錆付きラスト】をかけ続けてきた。

 金属を劣化させて崩壊を招く魔法だ。時間はかかるけれど、こちらの攻撃そのものに気付かれにくいという最大のメリットがある。


(付与魔法がかかったミスリル製の業物を折るのは、結構大変だったけど)


 なんとか程よいタイミングで刀身が折れるように、出力を調整してきたつもりだった。


「ば、馬鹿な――」

「な……な、んな、こんなこと――ありえねーだろッ!?」


 それでも、ちょっと劇的過ぎただろうか。

 でも、こういう芝居じみた展開が大好きな男が一人いるから、どうにかなるだろう。


「今こそ往くぞ、『闇狩り』諸君! 我々冒険者ギルドは、王国治安法に基づき、そこで呆然としていらっしゃるパイク様から、故ジャック・リリー様の謀殺、ならびに違法ギルドとの取引などの疑いについて尋問する権利を行使する! これを妨げる者は全て、国王陛下に対する反逆者とみなし、排除して構わないッ!」


 ここぞとばかりに、ピエールが勇ましく叫び。

 会場のそこかしこに潜んでいた『闇狩り』のメンバーが、一斉に立ち上がった。

 各々の得物を抜き放ちながら、パイクを包囲していく。


「――ジェ、ジェロームッ! 私達は退く! 道を開け!」

「し、しかしパイク様ッ」

「口答えするな、貴様らはリリー家の犬だ! 飼い主の命に従え!」


 泡を食ったパイクは、エリザベートの肩を抱いてそそくさと逃げようとする。


 でも、周囲の衛兵達は足並みが揃わない。

 それはそうだろう。主君が予想以上の薄情者だったせいで忠誠心はズタボロだし、まして迂闊に『闇狩り』に手を出して王権反逆者の認定を受ければ死罪確定だ。


 『闇狩り』のメンバーは、とまどう人々や衛兵の隙間をすり抜けて、パイクへと迫る――


「――いやー、流石にソレは見過ごせない、って感じィ?」


 声と共に。


 パーティ会場へ、落石が降り注いだ。


「――――!!」


 とてつもない威力。

 会場に集った人々を打ち据えるどころか、風穴でも空けようかというレベル。


(これは――【石嵐ロックストーム】!? でも、そんな――)


 ありえない。


 【石嵐ロックストーム】は中級魔法だ。

 個人に向けるには過剰過ぎる威力だけど、こんな大集団を仕留めるには規模が足りない。


 そんな分類を受けているのは理由があって――要するに、中ぐらいの威力しか出せないように構築された魔法だからだ。

 無理に規模を大きくしようとすれば、すぐさま制御に失敗して術者自身にダメージが及ぶ。


 こういう構成上の限界を突破して魔法を使うことは出来ない。

 ……普通の魔法使いには。


「……あっれェ~? 待って待って、なんでみんな無事なの? ありえなくない?」


 一体どこに潜んでいたのか。

 パイクをかばうように現れた、ショッキングピンクのローブを纏った魔法使いは、心底不思議そうに呟いた。


「ウチの計算だと、八割ぐらいの人は死んじゃう予定だったのになァ~」


 さらっと口にされた非情な打算。


「お、おお、遅い! 遅いぞ、貴様ら!」

「るっさいんだよ、ウチはモミアゲちゃんの飼い犬じゃないんだからさ。あくまでケーヤク。そこんとこ、ちゃんと理解しといてよね」


 僕は反射的に放った、ホール全体を包む【シールド】の下で、冷や汗をかいていた。


(……まさか、こんなに派手な登場をするとはね。カザモリ・ミヅキ)


 この世の理を超えた超絶能力チート――天恵ギフトを持つ来訪者ビジターにして、戦術魔法士。

 パイク護衛の任を請け負った、闇ギルドの一員。


 ジェヴォンとエヴァンの復讐に立ちはだかる、最後にして最大の障害。


「あ、そこの黒いの、アンタが防いだの? いや無いか、そこまでイケてないし、う~ん、アンタ、でもなくて……あ、もしかして、そこの赤毛のオッサン? えェ~、めっちゃ冴えないんですけど。え、実は来訪者ビジター? 天恵ギフト持ってる系?」


 レオンや会場にいた他の魔法使い達を無視して、カザモリは僕を指差した。

 その洞察力は、戦術魔法士としての訓練で磨いたものか。


「……ま、どっちでもいっか。まずはオッサンから、死んでもらってイイ?」


 瞬間。

 無動作無呼吸無詠唱で放たれた【石針ロックニードル】は、容赦なく僕の眉間を狙っていた。


「――こ、のッ」


 かろうじて展開した僕の【シールド】では、軌道をそらす程度しか出来ない。

 こめかみに走る熱――遅れて激痛。まるで肌をヤスリで削られたような。


「やるじゃん、オッサン! え、ウチのヘッショビームかわすとか、マジヤバくない? アンタの天恵ギフト、ナニ? ウチとつるまない? コレ天下取れんじゃね?」


 はしゃぐ彼女の傍に、例の二人組が集ってくる。

 巨漢のメイス使いと痩せぎすの傷顔男。


「……落ち着け、ヒメ」

「まずは仕事を片付けてしまいましょうや、ねぇ?」


 男達にたしなめられて、カザモリは面倒くさそうな溜め息をついた。


「ハイハ~イ。まずモミアゲの身柄はゲット、っと。んじゃ、あとウチは証拠とー、目撃者とー、その他諸々ヤッちゃうんで。デカっちとスカっちは、あの赤毛のオッサン黙らせちゃって? あとでオハナシしたいから、殺さないでね?」

「……努力しよう」

「期待しないでくださいなぁ、ヒメ」


 カザモリがまたしても凶悪な魔法を展開するのと同時に。

 男達――デカっちとスカっちは武器を構えて――僕の方へ襲いかかってきた。


 流石は戦術魔法士、戦況判断も正確だ。

 このパーティ会場で、カザモリの魔法を防ぎ続けられるのは僕だけ。僕さえ処理すれば、あとの人間を殺すのはたやすい。

 例え、エレナだろうと天恵ギフトには敵わない。


 でも。 


(この状況を予測していなかった訳じゃない)


 パイクが冒険者ギルドに捕まることは、闇ギルドにとっても痛手だ。

 あくまで都市伝説だった存在が白日に晒しだされれば、彼らは存在価値を失いかねない。

 当然、カザモリ達はパイクを守りに来る。


(ここまで派手なやり方は、予測してなかったけど)


 とにかく僕は――すぐにプランを行動に移した。


(――【空間転移テレポート】ッ)


 自分以外の存在に向けて魔法を放ちながら、左右にいた二人――僕が最も頼りにしている剣士達に目配せする。


「あの二人――デカっちとスカっちを止めてくれ」

「当たり前だ。あたしの『夫』に指一本触れさせるものかよ」

「あらあら。では、そうねぇ――わたくしの『愛人』の命は、奪わせませんわよ」


 エレナとフランソワーズさんが抜刀した。

 地獄の番犬ケルベロスの頭になぞらえた凶悪な二振りと、燃え盛る炎の如く禍々しい刃の一振り。

 二人の剣士を象徴するような、美しい剣。


 ――直後。

 僕の手の中にあったワイングラスが、カザモリの面前に転移する。


「――は? なんで?」


 その副作用で発生した空間の歪みが、発動しかけていたカザモリの魔法を強引に霧散した。

 更に空間の修復作用によって生まれた巨大な衝撃波が、彼女と男達を蹂躙する。


「ウッソ――そんなワープ、アリぃ!?」


 カザモリが転がりながら喚き、デカっちとスカっちも体勢を崩す。

 続けて僕は叫んだ。


「――逃げろ、ジェヴォン、エヴァン! ピエールと『闇狩り』のみんなも――」

「オイ、テメェ、赤毛野郎! さっきのは何だ、お父様の剣に何をしやがったッ」


 掴みかかってくるジェヴォン。

 僕のつまらない言い訳よりも早く彼女を止めてくれたのは、エヴァンだった。


「ジェヴォン。今はそれどころじゃないわ」

「でも、お母様ッ」

「ここにいるのはリリー家のお客様。まずは彼らを逃さなければ。分かるわね?」


 ジェヴォンをたしなめながら、エヴァンが僕を見た。

 彼女の言いたいことはすぐに伝わった。


 ――私達は逃げない。

 戦う。


「分かった……頼むよ」


 親衛隊のみんなはもう動いていた。

 マリーアン様を守りながら、他のゲストの避難誘導を始めている。


(あとは、ピエール達さえ逃げてくれれば、僕とエレナ達でカザモリを押さえ込める、はずだ)


 ――視界の端で、刃が打ち合い、火花が散った。


「やるな、デカブツ」

「……そちらこそ」


 巨漢――デカっちは、エレナの二刀をメイスとラウンドシールドで止めてみせる。


「あら。あなたのお顔、もう少し傷が増えたらマシになるのではなくて?」

「イイ女だ。久々に刻みがいがありそうですねェ」


 傷顔――スカっちは、フランソワーズさんの一閃を両手の短刀で受け流しきった。


 そしてカザモリ・ミヅキは、元気よく立ち上がると、僕に笑いかける。


「マジヤバかったわ、今の魔法。てか、オッサン。マジでウチと組んで、天下取らない?」

「……王立魔法研究所に幽閉されたくなかったら、今すぐ撤退しろ。カザモリ・ミヅキ」


 明るい色の紅がひかれたカザモリの唇が、一段と深い弧を描き。


「い・や・だ、っつの」


 ――僕とカザモリの魔法は、同時に炸裂した。

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