第37話 おじさん、本物の「怪物」と対決する

 来訪者ビジターとは、一種の災害だ。


 彼女達は、この世界を見守る女神ムール・ムースの気まぐれによって異世界から招かれた魂であり、世界の理を超えた力チート――天恵ギフトをその身に宿している。

 効果は千差万別なれど、この世界の住人にはとても太刀打ちできないという点は共通している。


 宮廷魔法士時代に読んだ文献に書かれていた一節を思い起こしながら。


 僕は、まさにその世界の理を超えた力チートが生み出した破壊魔法を、【シールド】で受け流した。

 光輪で構成された障壁を掠めたことで軌道が逸れた石礫――礫というにはふさわしくないほど巨大な石塊は、ホールの壁を粉砕する。

 辺りには破片が降り注いた。


「危ない、避けろ!」

「早くしろ、こっちだ! 急げ!」


 逃げ惑う人々を誘導しているのは、マリーアン様の親衛隊とエヴァンやジェヴォン、レオン――リリー家の人間だ。


(頼む、みんな、早く逃げてくれ)


 カザモリ・ミヅキ達三人の一番の狙いは、ピエール――彼が持つ名簿と『闇狩り』の面々だ。

 彼らにとって重要なのは、依頼者であるパイクを守ること、そして闇ギルドの犯罪の証拠を消すこと。

 そのついでに、真相を見聞きした聴衆を抹殺すること――これは少し優先順位が低いかもしれない。


 もちろん、頭数で言えばこちらの方が圧倒的に上だ。さらにS級の実力を持ったエレナとフランソワーズさんもいる。

 しかし、A級冒険者二人と来訪者ビジターという組み合わせとぶつかりあうには、この数倍――いや、数十倍の戦力が必要だろう。


 それで釣り合うかどうか、怪しいぐらい。


(ピエール達を狙う魔法は、僕がなんとか防げてる――僕を狙うA級冒険者二人は、エレナとフランソワーズが抑えてる)


 ここまでは予測どおり。

 ただ、この拮抗状態も長くは続かない。


 理由は簡単だ。

 カザモリ・ミヅキは強すぎる。


 使うのは中級魔法――戦術魔法士としては高レベルとは言えないが、代わりにたやすく二重詠唱デュアル・キャストが可能なクラス。

 それを【地霊加護ノーミード・ブレッシング】の力で、上級魔法並みの威力と規模に引き上げてくる。


 結果、既にパーティ会場はほとんど廃墟に近い惨状を呈していた。


 ここまで僕がカザモリの攻撃を防げているのは、ほとんど偶然みたいなものだ。

 普通の魔法使いなら使わないような搦手や小手先のテクニック――もちろんそれでも僕の精一杯――で、かろうじて時間を稼いでいるだけ。


 少しでも油断すれば、僕は殺され――程なく、ここにいる全員が殺される。


「アルフレッド殿! 私達冒険者ギルドにも手伝わせてください!」

「ダメだピエール! 君達は、逃げる隙を探すんだ!」


 今はピエール達が一箇所に固まっているおかげで守れているが、分散されたら手のつけようがない。


 分かってる。彼らだって素人じゃない。最低でもB級ライセンスは持っているだろう。

 けれど、相手はドラゴンも超える本物の「怪物」なのだ。

 一息で十人を粉砕するぐらい、なんてことはない。


(『闇狩り』のみんなが逃げたら、次は――次の手は……)


 予想はしていた。

 準備もしていた。

 でも、実際にカザモリと相対したら、そんなものは何に意味もなかった。

 来訪者ビジターが持つ圧倒的な速度と破壊力の前に、太刀打ちする方法なんて何もない。


(ダメだ。諦めるな。考えろ。どうすればいい。どうすれば生き残れる。どうすれば――カレンとチヅルさんのもとに帰れる?)


 僕の中で燃え上がる炎。

 でも一方で、冷たい部分がこう告げる。


 このまま死ねば、チトセのもとに行けるんじゃないか?


「粘るねェ、オッサン! ウチ、なんか楽しくなってきちゃったっ。一番イカツイの、いっちゃおうかな~!」


 派手な魔法戦を繰り広げたせいで、この場の霊素エーテルは枯渇しつつある。

 この状況で大規模魔法など使えるはずがない――まともな魔法使いならば。


 しかし、カザモリの天恵ギフト――【地霊加護ノーミード・ブレッシング】には、そんな常識など通用しない。

 この大地が存在する限り、彼女が霊素エーテルから見放されることはない。


「いっくよぉ――眠る大獄、潜む胎動、震え、暴れ、狂え――」


 カザモリのもとに収束する霊素エーテルが、見る見る魔法へと変換されていく。


(あの詠唱――嘘だろ、この状況で【烈震アースクエイク】なんて大規模な魔法を!?)


 災害級魔法。

 初級、中級、上級の括りを飛び越えた、まさに圧倒的な大規模魔法。

 地盤に干渉して局所的な地震と地割れを引き起こし、城も人も、全てを飲み込んでしまう。


 これだけの人数を一度に始末するには、最適な魔法だ。

 

(でも)


 逆に、これはチャンスかもしれない。

 何故なら、カザモリは知らないから。


 僕の正体を――かつて王立魔法研究所で大規模破壊魔法を開発していたアルフレッド・ストラヴェックのことを。


(その構成は――僕が宮廷魔法士時代に作ったもの・・・・・・・・・・・・・・・だ)


 閃きが僕を突き動かす。

 悲しみより、感傷より、諦めよりも。

 魔法使いとしての本能が、僕を奮い立たせる。


 思いついたら試さなきゃ。

 どんな馬鹿げた方法でも、それが答えかもしれない!


 僕は背後のピエールに視線を送った。


「ごめん、前言撤回! 君達の力を貸してくれ」

「は――はいっ、喜んで! アルフレッド殿!」

「奥の手を準備するから、時間が欲しい。その間、僕は【シールド】を解く――『闇狩り』のメンバーで、できるだけ多くの【シールド】を重ねてくれ。お互いにカバーしあうんだ、ただし自分の防御を優先すること!」


 魔法の心得がある『闇狩り』メンバーが障壁を展開していく。 

 九重に張られた【シールド】――動かず真正面からカザモリの魔法を防ぐには、これでもまだ足りない。


 案の定、カザモリは大規模魔法を口頭詠唱しながら、無詠唱の二重詠唱デュアル・キャストという離れ業をやってみせた。


 石畳が一瞬にして石柱へと変形する――過剰な規模の【石槍ストーン・グレイヴ】が、一瞬で五つの【シールド】を突破する。

 それだけで頭蓋骨を砕かれそうな瓦礫を、トレイシー達が構えた盾で弾いてくれた。


「――頼みますよ、旦那さん!」


 僕は頷き――自前の【シールド】を解除すると同時に、【魔法解析アナライズ】を放った。

 目の前に浮かび上がった古代文字エンシェント――カザモリが詠唱を続ける【烈震アースクエイク】の構成を確かめる。


(間違いない。これは僕が作った構成だ――全て憶えてる)


 二十七万六八四二ワード。

 見なくても内容は分かる。


 なら、できる。


(この魔法の解体は――【呪詛カース】よりもずっと簡単だ)


 僕は超高速で流れていく光の文字に、意識を集中する。


「――嘶く森羅、轟く万象、踊る岩、歌う石――」


 やるべきことは難しくない。

 【地霊加護ノーミード・ブレッシング】で無限に供給され続ける霊素エーテルの経路を書き換え、もたらされる結果を変える。


(急げ、急げ、急げ――カザモリが魔法を完成させる前に!)


 二百十六の処理を遅延させながら、六千と二十の回路を書き換え、さらに――


「――響け鳴動、目覚めよ大地――」


 流れる霊素エーテルの経路を僅かに変更する――


「じゃあね、オッサン――【烈震アースクエイク】」


 捨て台詞とともに完成した、カザモリの魔法は。


 ――彼女の足元を、隆起させた。


「えっ――!?」


 大地を引き裂き、溶岩すら呼び覚ますほどの凄まじいエネルギー。

 その全てが一点に集中した結果。


「ええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――」


 伸び上がる一本の塔と化した大地は、カザモリを――カザモリだけを、遥か高空まで打ち上げた。


 それはもう見惚れるほどの勢いで、彼女の姿は豆粒ほどになり、空の星ほどになり――

 やがて見えなくなった。


「……うまくいったみたい、だね」


 正直なところ、本当に一か八かの賭けだったと思う。

 来訪者ビジターが使う魔法に干渉するなんて、我ながら正気の沙汰とは思えない。


 でも僕は、やらなきゃいけなかった。

 カレンとチヅルさんの元に帰るために。


 そして何より――万が一のとき、胸を張ってチトセに会うために。


(ごめん、チトセ。……まだ、君に会いに行く訳にはいかないみたいだ)


 心の中で祈りを捧げると、僕は周りを見やった。


 パーティ会場にいた全ての人々が――逃げ惑っていた参加者はもちろん、激しい戦いを繰り広げていたエレナやフランソワーズさんも、ぽかんとした顔で長大な岩の柱を見上げていた。


 ……本当に、どこまで伸びたんだろう。


 あまり高空に達すると霊素エーテルも空気も薄くなって、流石のカザモリも意識を保てなくなる――いや、その前に急な気圧の変化で失神しているか。

 飛行魔法の研究中、それで墜落して死にかけた同僚がいたっけ。


「な、え、あの……ええと……アルフレッド殿?」

「ありがとうピエール、それに『闇狩り』のみんな。君達が時間を稼いでくれたおかげだ」


 言われて、何かを確かめるようにピエール達は顔を見合わせた。


「あー。つまり、我々は――勝った、ということですか?」


 僕は頷いて、


「あとの問題は、そこの二人・・がどうするつもりなのか、だね。――戦術魔法士という切り札を失っても、戦うつもりがあるのか」


 エレナとフランソワーズさんを相手にしてまだ生き延びているデカっちとスカっちを示した。

 この二人も、ここまでよく善戦したな、と思う。


 男達はもう全身に傷だらけだけど、エレナとフランソワーズさんも無傷じゃない。

 彼女達に傷を負わせるなんて、それだけで勲章ものだ。


「……やれやれ。アルより早く、このゴリマッチョの首を刎ねるつもりだったんだがな」

「また美味しいところを持っていかれてしまいましたわね」


 しかし、まだまだ余裕たっぷりの二人を見て、流石に心が折れたのだろう。

 デカっちはメイスを床に突き立て、スカっちは短剣を捨てて諸手を上げた。


「……ここまでか」

「悔しいなぁ。あとちょっとだと思ったんですがねぇ」


 流石は闇ギルドの手練。引き際は心得ているようだ。

 男達の捕縛はピエール達に任せて、僕は振り向いた。


 この凄まじい惨状の中、人々の誘導を続けていたジェヴォン達を。


「……ありがとう。助かったよ」

「うるせー。これぐらい貴族として当然だ。大体、リリー家の看板に集まった客が死にでもしたら、お父様がブチギレるに決まってんだろ」


 腕を組んで鼻を鳴らすジェヴォン。

 その横顔を、エヴァンは嬉しそうに見つめている。


「そうね。むしろ、私達の方が感謝するべきだわ、アルフレッド君」

「よしてくれ。僕は自分の仕事をしただけだよ」


 僕は頭を振って、エヴァンの言葉を留めた。

 マリーアン様のため、辺境領のため――何よりカレンとの平和な暮らしのためにやったことだ。


 そう思えば、むしろ出過ぎたことだと思いながらも、僕は口を開く。


「それで、ジェヴォン。どうするの、パイクとの決闘は」

「……ホントマジ、クソムカつく性格してやがるよな、ぼんやり赤毛野郎」


 ジェヴォンは、唾を吐くような勢いで毒づく。


「アンタのことだ。どうせ、残されるエリザ――あの根暗オンナがかわいそう、とか思ったんだろ? それでアタシらの剣に細工をしやがった。違うか?」

「……君は、そう思わなかったの? ジェヴォン」


 僕が問い返すと。

 ジェヴォンは、憤懣やる方ないと言った様子で頭をかきむしりながら、


「……るっせー。まぁ、ムカつくけど、アンタの働きに免じて、パイクは生かしておいてやる。マジでムカつくけど」


 彼女はボソッと呟いた。


「いつかお父様に会ったとき、お説教されんのはゴメンだからな」


 ……こんなに真っ直ぐで、優しい子を育てるなんて。

 同じ父親として尊敬するよ、ジャック。


「……そうね。そうよね」


 エヴァンはジェヴォンの肩に手を添えた。


「よく頑張ったわね、ジェヴォン。……よく、やり遂げたわ」


 僕は頷きあう二人を置いて、状況の後始末にかかった。


 取り急ぎ……あの石の塔、どうやって崩そうかな?

 迂闊に手を出すと、カザモリが落ちてきてペシャンコになるかもしれないな……

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