第16話 JK、おじさんの過去を知る
わたしの名前は、天見千鶴。
どこにでもいるごく普通の女子高生だった。
ほんの二週間前までは。
まさかこんな、ラノベみたいな事態が自分に降り掛かってくるなんて思ってなかった。
いつも通りスマホで読書しながらの下校中、突然のクラクションに顔を上げたらすぐそこにトラック。
意識はそこで途切れ――
気付けば見たこともない場所。
無限に広がる白い空間、玉座には謎の美女。
妙に色っぽくていい加減な自称女神様に言われるまま、剣と魔法のファンタジー世界に転移。
目を覚ました森で出会ったのは、優しい親子だった。
お人好しが全身からにじみ出たお父さん、アルフレッドさん。
花火みたいに元気な娘さん、カレンちゃん。
せっかく異世界に転移してきたっていうのに、わたしが持つチート能力――この世界では
多分、あのいい加減な女神様のせいだと思う。
何の知識もなく、チートも無しで普通の女子高生が異世界で生きていけるはずがない。
そう思うと途方に暮れたけど。
でも、それにも良い側面はあった。
おかげで、たくさんのいい人達と出会うことができたから。
元S級冒険者のエレナさん、
そして何より、アルフレッドさんとカレンちゃん。
こんなに優しい人達に出会えたわたしは、ラッキーだったんだと思う。
転移した時は不安しか無かった。
でも、これならなんとかこの異世界でやっていけるんじゃないかって。
――だから、その時は本当に驚いた。
ずっと死んだと思ってた、大好きな叔母――千歳おばさんの名前を、アルフレッドさんの口から聞いた時は。
しかも千歳おばさんが、アルフレッドさんの亡くなった奥さんで、カレンちゃんのお母さんだったなんて。
「……間違いは、無い?」
「はい。この、目元のほくろ……叔母だと思います」
アルフレッドさんが書斎の奥から取り出してくれたのは、丁寧に包まれた肖像画だった。
今より少し若いアルフレッドさんと、わたしの記憶より少し大人っぽい千歳おばさんが、純白の婚礼衣装に身を包んで、幸せそうに笑ってる。
言葉に詰まったわたしを見て、アルフレッドさんは何を思ったんだろう。
彼は泣いていた。
涙こそ、こぼしていなかったけれど。
「……初めに、気付くべきだった、ね」
「いえ。そんな……まさか、こんなことがあるなんて」
十年以上の月日が過ぎた後に、叔母さんの愛した人の前に転移させられるなんて。
いくつ奇跡が重なったら、そんなことが起こるだろう。
それとも、これはまさか、あの軽薄そうな女神のイタズラなんだろうか?
「……もしかしたら、これはムール・ムースからの啓示、なのかな」
アルフレッドさんも同じことを考えていたらしい。
「僕がしたことを……罰するための」
導き出した結論は、少し違ったけど。
「罰だなんて――どうしてそんなこと」
「……ごめん。急にそんな事言われても、困るよね」
……アルフレッドさんが、奥さんの話を避けているのは、気付いてた。
そんな繊細な話題、わたしから踏み込むことは全然出来なかったけど――何か辛いことがあったんだろうな、ぐらいには察しているつもりだった。
わたしだって、元の世界の話をしたいとは思ってなかったし。
でも、今のアルフレッドさんの口ぶりは、何か違う気がした。
ただ辛かった、というだけじゃなくて。
千歳おばさんが亡くなったことに、何か責任を感じている、ように見えた。
「……アルフレッドさん。すみません。辛いことを聞いても、いいですか?」
わたしは――今、この時だと思った。
今、踏み込まなきゃ。
きっと後悔する。
「ああ。君には、聞く権利がある」
「……千歳おばさんは、どうして亡くなったんですか?」
わたしは初めて感じた。
手にしたナイフで人の肌を切り裂くと、きっとこんな気持ちになるんだろうな、って。
「……チトセは、実験中に、魔法の暴走に、巻き込まれて」
アルフレッドさんの声が震える。
わたしは思わず、彼の手を取っていた。
そうしなきゃいけないと思った。
「……僕が」
今、この人の傷をえぐったのは、わたしだから。
「僕が、チトセを、殺した――っ」
それ以上は言葉にならなかった。
アルフレッドさんは、子供のように泣きじゃくって。
わたしは、ただ、彼の骨ばった手と、薬指に嵌められたままの結婚指輪を握っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「そうですか。アルちゃんが、自分でチトセの話をしたんですね」
「……はい。その――少しだけ、ですけど」
ル・シエラさんは、泣きつかれて眠ったアルフレッドさんを軽々と抱き上げると、ベッドで眠るカレンちゃんの隣に横たわらせた。
寝室の扉を閉めて居間に戻ってきたル・シエラさんは、いつもみたいに微笑んではいなかった。
「あの子は――アルちゃんは、何と言っていましたか?」
「自分がチトセおばさんを殺した、って」
深くて、澄んで、オーロラみたいな――濃い緑の瞳が、わたしを捉えた。
「あなたは、それを聞いて、どう思いました?」
「……アルフレッドさんは、苦しんでるんだと思いました。大好きだった人がいなくなってしまって……自分のせいだって思わなきゃ、耐えられなかったのかな、って」
言葉通りに、アルフレッドさんがチトセおばさんを殺した、なんて少しも思えなかった。
あの肖像画を見た時のアルフレッドさんの顔を見れば分かる。
「チトセおばさんは、すごく愛されていたんだと思います。きっと」
「……あなたのそういうところ、本当にチトセによく似ていますね」
ル・シエラさんは懐かしむように言った。
妖精である彼女はニンゲンよりもずっと長生きだって聞いたけど、数年前に亡くなった人のことは懐かしいと思うのだろうか。
「ニンゲンは――いえ、あの子は、どうにも愚かでいけませんね。起きてしまったことはどうしようもないし、ニンゲンの小さな手でできることなど限られているのです。泣いてる暇があるなら、カレンちゃんと遊んであげて、新しい母親役を見つけてあげれば良いのです。それがニンゲンという種の取り柄でしょう。そうは思いませんか?」
なんて容赦のない意見。それは、彼女が妖精だから、なのか。
でも、ある面では正しい思う。
「……ル・シエラさんって、ずっとアルフレッドさんと一緒にいるんですよね」
「あの子と契約したのは、もう二十年以上前になりますね。今よりだいぶ小さくて、泣き虫でした」
「なんだか、お母さんみたい、ですね」
わたしが少し笑うと。
ル・シエラさんは、まったく心外だと言わんばかりに、眉根を寄せた。
「よく勘違いされますが、わたくし達
「いえ。分かりますよ。……なのに、ずっと一緒にいるってことは、ル・シエラさんにとっては、アルフレッドさんの存在が『家』ってことですよね」
否定も肯定もせず、ル・シエラさんはただ肩をすくめた。
多分、それが答えなんだろう。
「……あの。もしかしてわたし、『新しい母親役』になれって言われてますか? だから、さっきワインを持たせたんですか?」
「言ったでしょう。住人が誰だろうと、わたくしには関係ありません。
アルフレッドさんさえ良ければ、相手は誰でもいいってこと?
それって……ものすごい過保護な母親の意見なんじゃ?
と思ったけど、きっと否定されるだろうから、わたしは黙っておくことにした。
ル・シエラさんは台所に向かいながら、
「明日は王都への出立でしょう。カレンちゃんももう寝たのですから、早く荷造りを済ませてしまいなさい。寝酒が必要なら、残りのワインを少し温めておきましょう」
「あ、じゃあ……お願いします」
振り返らずに行ってしまう。
(……やっぱり、お母さんみたい)
そう思いながら、わたしは自分に割り当てられた寝室に戻る。
荷造りを――わたしがこの世界に来てから手に入れた、数少ないものを眺めていると、なんとも不思議な気持ちになった。
(わたし、本当に……この家から、出ていくんだ)
たった二週間しか過ごしていないのに、どうしてそんなことを思うんだろう。
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