第1083話 裏稼業と依頼者



「……少し落ち着いて下さいね。――誰か言えないのはなんでだ? さっき全て答えるって言ったはずだけど?」

「確かにわかる事は全て答えるって言った。だが……知らねぇんだ」

「知らない?」

「あぁ。誰が頼んできたのかも、なんの目的なのかも……」


 頼まれて尾行していたのに、その目的も頼まれた相手も知らないって……どういう事だ?

 睨むアマリーラさんの方を見て、顔を引きつらせているから嘘を言っている様子じゃないけど……。


「貴様、裏稼業の者か……」

「あぁ……」

「裏稼業?」


 どうして言えないのか、アマリーラさんはピンときたようだ……裏稼業といえば、最近では帝国の裏ギルドとかそういう話なら聞いた事があるけど。

 どういう事なのか詳しく聞くと、真っ当な職ではない、叩けば誇りがいっぱい出るような仕事を請け負う職業らしい……まぁ、呼び方からしてなんとなくそれはわかっている。

 ただその裏稼業では、表沙汰にできない仕事を依頼されるため、お互いの素性を明かさないようになっているらしい。

 お金を出せばどんな仕事でも請け負う裏稼業……ただし、グレーゾーンや必要悪として見逃されている部分もあるらしく、派手な事や暗殺などは基本的に請けないので取り締まりを見逃されている部分もあるのだとか。


 まぁ、悪事の片棒を担いでいる時点で、否応なく捕まえてしまえば……と俺なんかは短絡的に考えてしまうけど。

 ともあれ、目の前の男も見逃されているうちの一人で、対象の尾行や調査などを請け負っているらしい。

 大小ではないけど、大きな悪さはしないとは言っていて、仕事内容を聞いてみると、ほぼ探偵に近い事をやっているようだ。

 日頃は、浮気調査とか素行調査みたいな依頼が多いとか……違法行為みたいな事はしていても、手配して捉まえる程の事はしていないとか。


 そして、依頼相手の素性はもとより、俺を尾行するように依頼した目的なども、裏稼業特有の特殊な方法で連絡を取っているため、わからないと言っていた。

 直接会わない方法で、しかも数人が間に入っているため、男からは依頼人の事が一切わからないと。

 そんな事で、依頼する側もされる側も、信用的な部分は大丈夫かな? と思うけど、依頼料は先払いで失敗は廃業を意味するから、一応の信用はあるらしい。


「……貴様が言っている事を信じるとしてだ……その依頼相手の事は本当に何も知らないのか?」

「知らな……いや、もしかしたら……?」

「なんだ? 思い当たる事があるのか?」

「嘘を言っているわけじゃねぇし、もしかしたらって程度なんだが……金払いの良さがここらにいるような奴じゃねぇ。多分、最近この街に入ってきた奴だ」

「ほぉ、金払いがか……」


 先払いの依頼料だけど、裏お仕事なだけあって割高だ。

 その中でも、今回は特に高額で依頼をされたのだとか。

 ある程度の相場はあるにもかかわらず、優先させるためと言って通常の数倍の料金を即日で払ってきたとか……。


「怪しいとは思わなかったのか?」

「怪しいなんて、俺達の稼業そのものだ。金さえ払われりゃ、俺達ゃ大抵の事はやるさ。目立つような事は避けるが、それも金次第だな」

「成る程な……」

「だが、ここら一帯であれだけの依頼料を出す奴は、今まで他にはいなかった。よっぽど後ろめたい仕事や裏の事をわかっていないのかと思っていたが……まさか、こんな事になるなんてな」

「貴様は手を出してはいけない相手に手を出したわけだ。尾行に失敗した、というだけで終わる事じゃない。覚悟しておけ」


 男が言うこの辺り一帯というのは、センテだけでなく周辺の街や村も含めた広い範囲の事らしく、もちろんヘルサルも入っている。

 それはともかく、裏稼業で一応はプロだったから、アマリーラさん達でもすぐに尾行が見つけられなかったのか……。

 まぁ、尾行をしていた、というだけならそこまで思い罰は与えられないだろうけど……俺が話していた事を伝える役目もあったり、今回は事情が特殊だからね。

 アマリーラさんに言われた男は、溜め息を吐いて項垂れた――。



 翌日、男から聞き出した情報をもとに、アマリーラさんとリネルトさん、他にシュットラウルさんの部下の人達の手によって、尾行していた男に依頼した人物の調査が始まる。

 とは言っても、実は目星がついていて取り押さえるだけなんだけど。

 男が言っていた、最近ここに来たばかりだろう……と言うのが大きなヒントになった。

 以前、アマリーラさん達が街中の聞き込みで怪しいと見ていた人物ではないか、という予測。


 確かにその人物は最近センテに来て、日頃街中をウロウロするだけで行動そのものは不自然とまでは言い切れない。

 街の外に出ているわけじゃないから、俺達の行動を知っても外にいる魔物に対して何ができるわけでもないからね。

 ただ、男から依頼などをする方法や、連絡の方法を聞き出した事で、疑惑が確信に変わった。

 怪しい人物が、聞き出したその連絡を取る方法その者と思われる行動をしていたからだ。


 その行動、裏路地で依頼などがある事を示す印を地面などに書いたり、数件のお店に冷やかしで入って出るを繰り返すなどらしい。

 ちなみに依頼料に関しては、中身を明かさず人伝に渡していく方法だとか……男が俺を尾行して得られた情報を伝えるのも、人物名などなどを別の物に組み替えて伝言ゲームのようにするんだとか。

 まだろっこしいやり方だけど、足が付かないためにも必要だと男は言っていた。

 ともかく、その見張っていたシュットラウルさんの部下からの報告では、対象の人物がそのままの行動をしていたらしく、ほぼ間違いないだろうとの結論になった。


 昨日、男を尋問した後宿に戻ってきたシュットラウルさんやモニカさん達と相談、翌日早朝に取り押さえ決行となったわけだ。

 こちらが怪しい動きと見られないように、モニカさん達はいつも通り調査へ、シュットラウルさんは庁舎へ仕事、俺とエルサでアマリーラさん達の帰りを待っている。

 俺も一緒に参加しようと思ったんだけど、邪魔になるだろうしアマリーラさん達が自分達だけで十分だと言っていたので任せる事にした。


「成る程……そういう事ですか」

「聞き出した内容によると、センテの北側……山の中腹にある洞窟に潜んでいるようです。近くに何者かがきた際には、洞窟から通じる通路で東側に移動。北と東が繋がっているようです」

「それは、空からじゃほとんど見つけられないですね……」


 戻ってきたアマリーラさん……すでに、取り押さえた怪しい人物の尋問も終わらせていた。

 まぁ、その人物もまた誰かから頼まれたから、という事らしいけど。

 ただ今回は裏稼業への依頼のように、まどろっこしいやり方ではなく、直接会っていたらしい……その相手はクラウリアさんのような怪しい全身黒いローブで顔すら覆っていたらしいので、ほぼ当たりだろう。

 そして、尋問であっさり口を割った……アマリーラさんが脅した可能性はあるけど、ともかく、聞き出した内容によると北の山にワイバーンなどと一緒に隠れているとの事だ――。



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