第983話 豪奢な宿は落ち着かない人もいる



「お呼びでしょうか、リク様」

「あ、すみません。――こらユノ、もう執事さん来たから。ベルを置きなさい!」

「はーい」

「はぁ……すみません、ユノが調子に乗ってうるさくしてしまって」

「いえ、問題ございません」


 ベルが鳴り響く中、すぐに先程の執事さんが部屋をノックしてから入室。

 部屋の近くで待機していたのかもしれない。

 ともかく、うるさくて落ち着いて話ができないので、ベルを振り回すユノを止める。

 耳がまだ少しキンキンする気がするけど、ともあれ執事さんに謝る……あんな中でも、平静を保っているのはさすがだ。

 ……もしかすると、同じような事をする人がいて、それで慣れているのかも? いや、まさかね。


「えっと、夕食とかってどうなりますか?」

「これは申し訳ございません。食事につきましては、朝食、夕食を用意させて頂くようになっております。また、昼食なども言って頂ければすぐにご用意いたします。本日の夕食の準備はもう間もなく済むかと」


 朝夕食付きって事か、この国の宿では少し珍しいかな。

 大体は、併設の食堂だったり自分達で外に食べに行く事が多い。

 昼食は言わないといけないっていうのは、昼間に外に出ている事が多いためだろう……先に準備していても、昼に帰って来なかったら無駄になるからね。


「そうですか……それじゃすみませんけど、夕食ができたら教えて下さい」

「畏まりました」

「キューを、キューを要求するのだわ!」

「そちらも、ご用意させて頂きます。食事は部屋にご用意いたしましょうか? それとも四階の食堂に……」


 キューを求めるエルサに一礼しつつ、食事をする場所を聞く執事さん。

 部屋で個別に食べたり、食堂に皆で集まって食べるかが選べるらしい……その場合も、言っておけば執事さんやメイドさん達が料理を運んで用意してくれるらしい。

 とりあえず、今日は皆で一緒に行動しているから、食堂に集まって食べるのでいいと思う。


 別行動になる明日以降は、帰ってくる時間がズレて集まれないかもしれないからね。

 そう伝えて、他の皆にも連絡すると言って退室する執事さんを見送った。


「それにしても、あの執事さん。エルサが急に喋っても全然驚かなかったなぁ」


 執事としては、そう振る舞う事が当然なのかもしれないけど、ちょっとだけ感心してしまった。

 まぁ、エルサがいる事はシュットラウルさんも見ているし、広まった噂も含めて知っている人も多いからとかかもしれない。

 あと、センテはヘルサルに近いから、色々と話が伝わっているのかもね。


「リクー、他に面白いのがあるか探すのー」

「こらこら、あんまりはしゃいでいたら迷惑になるから、落ち着いてユノ」

「キューが食べられるまで、休んでおくのだわー」


 ユノが部屋から出ようと扉に手をかけるのを、慌てて止める

 モニカさん達の部屋くらいなら、ユノが行ってはしゃいでも大丈夫だろうけど、部屋の外には使用人さん達がいるから、迷惑になっちゃいけない。

 あの人たちは、迷惑と口に出したり態度に出たりはしないだろうけど……それでもね。


 とりあえず、ソファーで丸まったエルサを余所に、俺がいるこの部屋なら大丈夫と色々動き回るユノの相手をしながら、夕食の時間になるのを待った。

 ……広くて豪華なだけで、ユノにとって面白い物は部屋の中になかったみたいだけど。



 呼びに来た執事さんの案内され、食堂に皆で集まって夕食。

 王城の食事に負けず劣ず、豪華な夕食……エルサは相変わらずキューに齧り付いていたけど。

 簡単に明日以降の予定を皆と確認をしつつ、食べ終わる。

 食後には、全員分のお茶とデザートまで用意されて、ティータイムになった。


「……落ち着かないわね」

「そうだな……」

「え、二人共どうしたの?」


 お茶を飲みながら、難しい顔をするモニカさんとソフィー。


「いえ、部屋が広すぎるのよ。まぁ、私はクレメン子爵様の所で、近い部屋を宛がわれた事があるけど……あの時も落ち着かなかったわ」

「私は初めてだ。冒険者が、こういった宿に泊まる事はほとんどないからな……王都での宿も、最初は落ち着かなかったが、ここはそれ以上だ」

「あー……そうだよね、一人一部屋なのはともかく、その一部屋が大きいからね」

「大浴場があるのはいいのよ。王城でも何度か入れさせてもらった事があるし、大きなお風呂は楽しめるんだけどね」

「一人であの大きな部屋にいると、自分が偉くなったのかと錯覚してしまいそうだ」


 二人はどうやら、大きな部屋に慣れない様子。

 俺も、王城でいつも使わせてもらっている部屋で過ごした時間がなければ、同じような感覚になっていたのかもしれない。

 大浴場の方は、二人共歓迎しているようだけど……まぁ、女性だから大きなお風呂でゆっくり浸かれるのは、好きだよね。


「フィネはどうなんだ? フィリーナもか」

「私は、ハーゼンクレーヴァ子爵様のお屋敷で、広い部屋で過ごす経験がありますから。私が一人で使う事はありませんが……」

「私はどちらかというと、少しくらい狭い方が過ごしやすいのだけどね。でも、王城の研究室はもっと広いから。そちらで少し離れているわ」

「フィリーナは、もう少し宿に戻って休む事を覚えた方が良さそうね……それはアルネもかな」


 ソフィーがフィネさんとフィリーナに聞くと、二人はモニカさん達程ではない様子だ。

 フィネさんはともかく、フィリーナが気にしない理由はどうかと思うけど……宿に戻らず、研究室でアルネと一緒に徹夜だったり寝落ちだったりをしているんだろうなぁ。

 もう少し健康には気を使った方がいいんじゃないかな? とは思うけど、言って聞くならアルネにしろフィリーナにしろ、もうやってないか。


「私はねぇ、楽しいの。お城も大きかったけど、ここも大きいから色々とできそうなの!」

「ユノ、皆に迷惑をかけるような遊びはするんじゃないぞ? あと、ベルはゆっくり鳴らすんだ」

「私は特に気にしていないのだわ。そもそも、ここも城もそこまで大きいとは感じられないのだわ」

「……エルサは、今でこそ小さくなっているけど、本来は人間を簡単に踏みつぶせるくらいの大きさだからね」


 ユノとエルサは、大きな宿でも気にする様子はない……ユノは楽しそうなだけだね。

 エルサは本来、俺達を乗せて運ぶ時の大きさが通常らしいから、あの体を基準に考えると、この宿どころか王城でも大きいとは思えないか。

 あの大きさでちょうど良く、快適に過ごせそうな建物となると、王城以上の大きさで内部も一つ一つがかなりの大きさになるだろうなぁ。

 それはそれで、人間からしたら落ち着かないというより、もはや住みづらそうだけど。


「まぁでも、せっかく用意されたんだし、こういう機会は……リクさんといればいっぱいありそうだけど、慣れていくしかないわね」

「そうだな。ここだけでなく、別の場所でも似たような事がこれからもっとありそうだ」

「俺から、こういう宿を求めているわけじゃないんだけどね……」


 甘いデザートと美味しいお茶を頂きながら、モニカさん達と苦笑。

 俺は、初めてセンテに来た時の宿でも、別に良かったんだけどなぁ……なんて考えつつ、ティータイムを堪能した。

 食後の優雅な時間だったなぁ――。


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