第967話 大浴場での相談
エルサの体を洗いつつ、お湯に浸かっているエアラハールさんとヴェンツェルさんの会話に耳を傾ける。
ヴェンツェルさんはここ最近の忙しさのため、次善の一手を練習できていなかったのに、ぶっつけ本番というか模擬戦でいきなり成功させたのは、俺も驚いた。
「とはいえ、あれが成功と言えるのどうか……魔力を剣に、というのは聞いていたので全力でやりましたが」
「成功、とは言えるのかの。じゃが、威力が強すぎじゃ。魔力を使いすぐとも言えるかの。咄嗟に使ったのなら、リクが相手というのもあって魔力を調整する余裕がなかったのじゃろうが……生身の人間に当たれば、木剣でも危険な威力じゃったの」
俺の持っている木剣が、半ばから先を折られてしまったからね。
そもそもヴェンツェルさんの使っていた木剣は大きく、重量もあるから当たればそれなりに危険なんだけど……。
魔力を這わせていた状態なら、斬り裂くとは言わないまでも骨や内臓を粉砕するくらいはしてしまいそうだ。
「調整まではあの瞬間では……ですが、リクの持つ木剣を破壊したので、確かに威力は高すぎでしょうか。魔力枯渇を招くので、やり過ぎも良くないでしょうね。それに、成功したと感じてその後に油断しました……」
「初めての技を実践に近い状況で成功させたのじゃ、未熟とは言えある程度は仕方ないの。それに、まさか武器を破壊されても投げつけて反撃して来るとは、あまり思わんじゃろう」
咄嗟の事だったからなぁ……自分でもよく投げたと思う。
まぁ、投げた木剣はヴェンツェルさんに避けられたんだけど、おかげで手元を蹴る隙ができた。
武器を投げるという考えそのものは、やっぱりフィネさんの戦いが参考になっているんだと思う。
「リクの体術は、動き方が無茶苦茶ではありますが、それでも威力がそこらの者達以上です。ガードした左腕だけでなく、剣を持っていた手もまだ痺れていますよ」
体術とか、誰からも習った事がないからなぁ……マックスさんもそうだし、エアラハールさんからもまだ剣の事しか教えてもらっていない。
エアラハールさんは剣の師匠だから、体術まで教えてもらうとは話していないんだけど。
ともかく、日本にいた時は喧嘩すらまともにした事がないので、体術方面は格闘技とかの見様見真似だ。
「滅茶苦茶でも、威力や速度が申し分ないというのは、一体どうなっておるのかのう。手の方は腫れるかもしれんから、しっかり手当はしておくのじゃぞ」
「はい。明日以降も訓練ができるように……」
「違うのじゃよ、利き手じゃろ? そこが腫れては、仕事に支障が出るぞ?」
「……ハーロルトや部下達に、文句を言われないようにします」
訓練のための忠告かと考えたヴェンツェルさんは、忙しい仕事のためと言われて、諦めたように俯いた。
手が腫れて仕事ができないとなると、ハーロルトさん達にかかる負担も大きいだろうし……場合によっては怒られるかもしれないからね。
手を狙ったのは、悪い事をしたかもしれない……。
俺が蹴ったヴェンツェルさんの手は、お湯に浸かって温まったのとは関係なく、赤くなっている。
痺れたり痛みで顔をしかめてはいても、動かせて入るのを確認してるから、骨は大丈夫なんだろうけど。
「さ、エルサ。洗い終わったからもういいぞ?」
「気持ち良かったのだわー。それじゃ次は……」
エルサの体を洗い流し、汚れなどが落ちている事を確認して促すと、エアラハールさん達の入っている大きな湯船へとダイブ。
湯船は多くの兵士達が入る事を想定しているため、かなりの広さがあってちょっとしたプールみたいだ……お湯だけど。
その中に飛び込んだエルサが、パチャパチャと犬かきで泳ぎ始めるのを見てから、自分の体を洗い始めた。
「……ドラゴン様が、風呂場で泳ぐ姿というのは初めて見た」
「誰でも初めてじゃろうの。リクと一緒じゃから見られる光景じゃろう」
「気持ちいいのだわー」
暢気に泳ぐエルサを見ながら、何やらヴェンツェルさんとエアラハールさんが話している。
まぁ、さすがに俺もドラゴンがお風呂で泳ぐ光景と思えば、珍しいとか戸惑っていたと思うけど……小さくなっている状態のエルサは、モフモフな子犬にも見えるからね。
お風呂とか泳ぐのが好きな子犬が、はしゃいでいるようにしか俺には見えない、喋るけど。
「おぉ……っと、珍しい光景に忘れるところでした。師匠、一つ相談があるのですが……」
「ヴェンツェルからの相談となれば、何かワシに頼むつもりじゃろ?」
泳ぐエルサに見入っていたヴェンツェルさんは、ふと思い出したようにエアラハールさんに話し掛ける。
昔から相談と言いつつお願いする事があったんだろう、ため息交じりに応えるエアラハールさん。
「ははは、さすがに師匠はわかっていらっしゃる。……次善の一手の事なのですが、私は軍をまとめる必要があるので、兵士達へ教える事ができません。まぁ、私自身まだまだ習得していると言えないのもありますが……」
「ふむ。使えるには使えるが、先程の模擬戦ではまだ人に教えられる程ではなかったのう」
「はい。ですので、師匠が兵士達に教えて欲しいのです。もちろん、一人一人に教えつつ全軍にというわけにも行きませんので、指導できる立場の者を付けます。その者に師匠が教え、そこから各兵士にと」
ヴェンツェルさんの相談……お願いは、エアラハールさんに次善の一手を兵士さん達に教えて欲しいという事だった。
今は、ユノを始めとして、モニカさん達の練習も兼ねて兵士さん達にも教えているけど、このままずっと教え続けるわけにもいかないからね。
ヴェンツェルさんも忙しいし……仕事を抱えていたり、どこか行く事の少ないエアラハールさんが適任だと考えたんだと思う。
「ふぅむ……まぁ、指導する事自体は悪くない。先の事を考えれば、兵士の数を増やさなくとも戦力が向上するのは良い事じゃろう」
「万全とは言えませんが、それでも戦死者を減らす事にも繋がります。そして、勝利する事も」
攻撃は最大の防御とも言われるように、軍隊全体の攻撃力が上がれば、防御面の不安も少しは良くなるし、勝てる確率も上がる。
ただ、戦略だとか色々あるから、単純にそれだけで勝てるわけじゃないだろう……ヴェンツェルさんやエアラハールさんも、その事はわかっているらしいけど。
規模の大きい戦争だからって、用意された戦場でお互い正面からぶつかるだけ、というわけじゃないからね。
「戦力が上がったからと言って、確実に勝利できる保証はないが、確率は上がるか……じゃが、ワシが教えるとなれば、タダとは言わんぞ?」
「それはもちろんです。相応の報酬を用意します」
「……まぁ、リク達がいない間は特にする事がないしの。明るい中で飲む酒も悪くないのじゃが……最近ユノ嬢ちゃんがうるさくてのう」
俺の時もそうだったけど、指南役みたいな事でお金を稼いでいるエアラハールさんとしては、無報酬で教えるわけにはいかないんだろう。
あと、お酒を飲むためのお金が欲しいとか。
ヴェンツェルさんもそれはわかっているのか、報酬を出す事を了承した。
ユノにお酒に関して何か言われているのか、ため息交じりにぼやくエアラハールさんに、体を洗い終えた俺は湯船に入りながら話しかける――。
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