第966話 模擬戦終了



「っとぉ!」

「今のを避けるか……」


 体勢を整えるのに精いっぱいで、振り切った格好になっている俺は受け止められそうにないため、全身を屈めて避ける。

 頭上を通過した巨大な剣から、ゴウ! という風切り音が聞こえた……無防備に当たったら、訓練場の壁に叩きつけられるくらい、弾かれるんじゃないだろうか? もちろん、当たった部分の骨を砕きながら……。

 そういえば、回転はヴェンツェルさんの得意技でもあるんだった。

 俺が押し込もうとする力も利用して、回転の遠心力に加えたんだろう、先程までよりも速かった。


「結構、ギリギリでしたけどね……」

「俺からは余裕があるようにしか見えんが……。力で敵わないのであれば、速度で対応するしかなさそうだな。ふんっ! はぁ! せいっ!」

「くっ! っと! せい!」


 振り切ったまま止まるヴェンツェルさんに答えながら、態勢を立て直して剣を構え直す。

 ヴェンツェルさんも、剣を戻して構えて……いったん仕切り直しだね。

 少しだけお互い見合った後、今度は威力よりも速度を重視した、ヴェンツェルさんからの連撃が始まった。

 それぞれ、振り下ろしを避けたら手を返して振り上げられ、剣で受けたら素早い引き戻しで別の方向からの薙ぎ払い、さらに体ごとの突きを受け流して反撃するためにこちらも剣を振れば、体を回転させて弾かれる。


 さっきまでよりも動き全体が速いため、反撃に移る隙が少ない代わりに、力で押し込めるようではなく、受けるのも余裕があるけど……木剣の重量がやっぱり脅威だね。

 体に当たってしまえば、その時点で有効な一撃になりそうなヴェンツェルさんの攻撃を凌ぎ、応戦する。


「……二人共、戦闘に集中しておるの。武器が木剣とはいえ、お互い当たれば一撃で骨ごと粉砕しそうじゃが……やはりヴェンツェルは、筋肉を無駄にしておるようにしか見えんのう。まぁ、相手がリクだからじゃろうし、そもそもあの速度であの巨大な剣を振り回せるのじゃから、本当は無駄とも言えんのじゃろうがの」

「ぬん! せあ! はぁっ!」

「っと!」


 審判役のエアラハールさんが、何やら呟いている声が聞こえる気がするけど、ヴェンツェルさんの猛攻を防ぐのに集中しているため、何を言っているかまではわからない。

 ヴェンツェルさんは、右手で大きな木剣を横薙ぎに振ったと思えば、左手に持ち替えて尋常ではない速度で切り返したりと、こちらに反撃させる余裕を与えない。

 受けて感じる一撃の威力は、やはり両手で持ったりちゃんとした構えで振るうよりも低いのは間違いないけど。

 それでも、どの一撃も無防備に受ければ体が弾き飛ばされそうだ……真剣だったら、どれもが致命傷になりかねない。

 

「ふっ! はぁ!」

「な!? ぐぅ!……ヴェンツェルさん、さすがにお行儀が悪いんじゃないですか?」


 右手で横薙ぎに俺の胴を狙って振った木剣を、少し後ろに下がって避けた俺に対し、さっきまでのように持ち替えて切り返すのかな?

 と警戒していたら、同じ方向からヴェンツェルさんの右足がわき腹に突き刺さる。

 息が詰まり、衝撃と一緒に一メートル程度蹴りの威力で下がらせられた。


「模擬戦でならそうかもしれないが、命の取り合いをしている真剣勝負に、お行儀も何もないだろう?」

「いや、これ模擬戦なんですけど……でも、そっちがそうなら!」


 剣技を見るための模擬戦なんだけど……確かにヴェンツェルさんが言うように、生きるか死ぬかの戦いをしていれば、お行儀どころか卑怯も何もない。

 エアラハールさんからも、訓練中に何度か生き残った者が勝ちで、なんとしてでも生き残る事が戦闘で重要だとも言われていたからね。

 でもそれなら、俺だって剣を振るう事にこだわらなくてもいいわけで……。


「ぬお!? ぐぬっ……! 体が軽そうに見えてもこれか……左腕が痺れているな……」


 見せかけやハッタリ、目くらましのためにヴェンツェルさんの頭を狙って、袈裟斬りに木剣を振るった後、間髪入れずに体を浮かせる。

 大振りをして、地面にわざと木剣を叩き付け、それを支えにして体を持ち上げて右足をヴェンツェルさんの顔面へ。

 身長差があるため、思ったより力が入りづらかったけど避けさせずに、腕でガードさせる事に成功した。

 本当なら、ガードされても蹴り飛ばしてバランスを崩させたりしたかったけど……体重差もあるし、踏ん張るヴェンツェルさんの筋肉は見せかけだけじゃないって事かな。


「……やっぱり、腹部を狙った方が良かったかもしれません」


 最初に頭を狙った剣で、ヴェンツェルさんは少し体を反らしていた。

 そこで蹴りは腹部を狙えば、もっと避けづらくガードも難しいうえ、力を込められる一撃になっていたのかもしれない。


「体格差や私の状態から、確かのそうかもしれんな。だが、剣だけにこだわらない戦いを、一度見せただけなんだがな……」

「まぁ、前々からちょっと考えてもいましたから」


 特に教えられたわけではないけど、武器での攻撃だけにこだわる必要はない、とは考えていた。

 よく、漫画とかで剣や刀を使った戦闘中に、動きに合わせて蹴るというのは見ていたからね。

 見ていたものと同じ動きができるわけじゃないけど、戦闘の幅が広がるからね……まぁ、当然刃が付いている剣とかより、威力は落ちるけど隙を見せなかったり相手の意表を突くのには最適だと思う。


 それと、フィネさんの斧を投げたり小柄な体を利用して、俊敏な動きとかを見ていたのもあるかな。

 模擬戦であっても、誰かと戦うってやっぱり勉強になるんだなぁ。

 なんて考えつつ、ヴェンツェルさんとの模擬戦が続いた。

 驚いたのは、途中で次善の一手をヴェンツェルさんが使った事だ。


 練習をしているところは見ていなかったのに、体を回転させる勢いと一緒に魔力を這わせて、巨大な木剣を叩き込んできた。

 さすがに咄嗟の事に防御するのが精一杯で、俺の持っている木剣がぽっきりと折れてしまう。

 でも、ヴェンツェルさんが振り切った後、手元に残った剣を投げつけると同時、踏み込んで全力の回し蹴りを叩き込む。


 ヴェンツェルさんの木剣を持つ手に当て、剣を落とさせたところで、エアラハールさんから模擬戦を止める声がかかって引き分けで終わった。

 お互い、武器である剣を持たず、あとは殴り合うだけとなりそうだったので、丁度良かったんだろう。

 ヴェンツェルさんは切り札的に次善の一手を使い、俺は咄嗟に反撃ができた……結果はともかく、俺としては上出来かなと思う。



 模擬戦後、折れた木剣などの片づけを終え、大浴場へ。

 女性用の方から声が聞こえないので、モニカさん達は既に上がっているんだろうと思われる。


「はぁ~、気持ちいのだわ~。あ、リク。もっとこっちなのだわ」

「はいはい」

「しかし、ヴェンツェルが次善の一手を使うとは驚いたわい」

「話は聞いていましたし、兵士達の訓練も見ていました。ぶっつけではありますが、兵士達ができて私ができないのでは示しがつきませんから。本当なら練習もしたかったですし、リク殿や師匠しかいないあの場で教授願おうと思っていたのです」

「まぁ、兵士達へ先に教えてしまったからの。言えなくもないが、部下に聞くわけにもいかんか」



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