第965話 ヴェンツェルさんとの模擬戦
「そうじゃヴェンツェル。兵士ばかりだけでなく、お主も訓練をする必要があるのではないかの? 最近、訓練場でお主の姿を見る事が少なかったぞ」
「まぁ、王城内にはいるのですが……休む暇もないくらいでして。日課になっている訓練は、それなりにやっていますが、本格的なのはやれていません。今も、ハーロルトや部下に仕事を押し付けて来たので、こうやって話す時間があるくらいですから」
ここ最近、毎日訓練場には来ていたんだけど、ヴェンツェルさんの姿を見る事がなかった。
戦争だのなんだので、準備も含めてやることが山積みなんだろうね……ハーロルトさんも忙しいだろうに……倒れたりしなきゃいいけど。
「なら少しの間だけでも、リクとやりおうてみるのも良いかもしれんの。兵士相手なら指導する立場じゃし、忙しく自己鍛錬を十分にする余裕はない。じゃが、リクとなら全力でやれば少しでも訓練になるじゃろう」
「リク殿とであれば、確かに……」
「えっと……俺の訓練はもう終わったような……」
「リクは、モニカ嬢ちゃん達が次善の一手を練習していた時、見ていただけじゃしの。疲れてもおらんじゃろうから、丁度良いじゃろう?」
「まぁ、それはそうですけど……」
訓練自体ははやったけど、次善の一手の練習は完全に見守る側になっているからね。
今日は模擬戦もやっていないし……特に疲れも感じていない。
もう夕食まで休むつもりでいたから、気持ちを切り替えるのが面倒だなぁ……というくらいだ。
「ではリク殿、私と剣を交えようではないか」
「剣と言っても、木剣ですけどね。わかりました」
「リクの方は毎日見ておるが、ヴェンツェルは久しぶりじゃからの。なまっておらんか、見てやろう」
「ありがとうございます。よろしくお願いします、師匠」
「……もう弟子ではないが、ワシとしても何もせんままではおられんじゃろうからのう」
ヴェンツェルさんからも言われ、模擬戦を受ける事になった。
筋肉を鍛える方面へ傾倒したヴェンツェルさんだけど、エアラハールさんへの敬意のようなものはまだあるんだろう、深々と頭を下げる。
エアラハールさん自身も、できる事で何かの協力をしようと思ってなんだろう……戦争になったとして、ヴェンツェルさんが最前線に出る事は立場的にほぼないと思うけど、鍛えておいて損はないだろうからね。
「お、そうじゃヴェンツェル。例の技はなしじゃぞ?」
「え……?」
「あれは攻防兼ね備えた技じゃとは思うが、リクには破られたのじゃろ? ユノ嬢ちゃんから聞いたぞ」
「ま、まぁ……わかりました……」
木剣を取りに向かうヴェンツェルさんを呼び止め、技の使用禁止を言い渡すエアラハールさん。
例の技というのは、以前ヴェンツェルさんと模擬戦をした時に使った、全身を回転させる技だろう。
確かにあれは、不用意に近付けば斬られ、武器を持って突撃しても弾かれ、という攻防一体とも言える技だ。
俺もそうだけど、ユノも真似しちゃってヴェンツェルさんがショックを受けていたけど……特にユノは、ヴェンツェルさんよりの技をさらに発展させていたからね。
「では、ワシの合図で模擬戦を開始じゃ。準備は良いかの?」
「はい、大丈夫です!」
「こうしてリク殿と向き合うのも、久方ぶりだな。隣で戦いを見る機会はあったが……以前とは違い、今回は胸を借りるつもりでやらせてもらう!」
お互い木剣を持ち、距離を取って向かい合う俺とヴェンツェルさん。
間にエアラハールさんが来て、審判の役割をしてくれる。
エアラハールさんから確認されて、木剣を構えながら頷く。
ヴェンツェルさんの構える木剣は、両手持ちの大剣……ロングソードに分類される物よりもさらに大きく、柄も合わせると俺の身長より長く、太い。
筋骨隆々とした巨漢のヴェンツェルさんが、担ぐようにして持っているだけでも迫力があるのに、両手で持って正眼の構えをしているとさらに迫力が増して、それだけで気圧されそうでもある。
対して俺は、いつも使っている剣と同じくらいの大きさの木剣……一般にバスタードソードと呼ばれる、ショートソードよりも長く、ロングソードよりも短い物だ。
扱いとしては、デメリットが目立つのであまり愛用されないらしいけど、重さを苦にせず片手でも両手でも使えるので、俺にはちょうどいい。
「では……始めじゃ!」
「ぬんっ!」
エアラハールさんが手を挙げ、声と共に振り下ろす合図で模擬戦が開始。
早々に両手で木剣を持ち上げたヴェンツェルさんが、全力で真っ直ぐ振り下ろす。
「っ!」
「……これを軽々と受けられたら、私の立つ瀬がないのだがなぁ」
両手で持った木剣を横にして頭上に掲げ、ヴェンツェルさんからの一撃を受け止める。
速度はそれなり、だけど木剣でありながらも巨大な剣だけあって、重さと力が加わった一振りはそれだけで人間や魔物を粉砕できる威力があった。
ぼやきながらも、受け止められた木剣にさらに力を込めるヴェンツェルさん……受け止めた木剣がミシミシと音を立てているのを聞くに、このままだと破壊されそうだ。
「剣を横にしただけで、剣身に手を添えるわけでもなく受け止める……。ヴェンツェル、その筋肉が飾りに見えるのう?」
「リク殿が、おかしいだけな気がしますが……そう言われては、不甲斐なさを自覚してしまいます……ねっ!」
「っと! ふっ!」
エアラハールさんが、ヴェンツェルさんを挑発。
それを受けて、一度剣を引いたヴェンツェルさんが右手に木剣を持ち、左に向かって横薙ぎに振る。
やはり速度自体はそれなり程度ではあるけど、剣を引いてから次の行動が早い。
振り下ろされた木剣を受け止めるために、力を入れていたため、突然木剣を引かれて少しだけ体勢を崩した俺は、一瞬反応が遅れて受け止められないと判断、後ろに下がって避ける。
お腹の数センチ先を通過する巨大な剣の先を見送った後、足を踏み込んで前に出て、掲げていたままの木剣を縦にして振り下ろす。
「ぬぅん!」
さすがヴェンツェルさんと言うべきか、振り抜いた後の木剣をすぐに引き戻しつつ、振り上げて俺が振り下ろす剣に合わせた。
「さすがですね……」
「褒められるのは嬉しいが、受け止めるのが精一杯だ……弾き返そうと思って振り上げたのだがな……」
木剣を撃ち合い、お互いに顔を見合わせてニヤリと笑う。
持っている武器の大きさや重量に違いはあるが、力比べは俺に分があるようで、ジリジリとヴェンツェルさんを押し始める。
「このまま、押し切って……」
「ぐ、く……そうは、させん! せいっ!」
「んな!? くぅっ!」
受け止められたまま、両手で持つ木剣に力を加えて押し切ろうとした瞬間、ヴェンツェルさんが体をずらす。
俺から見て右側に体を横にさせつつズレ、受け止めていた木剣を引いたヴェンツェルさんが、そのまま右回りに体を回転させた。
急に向こう側の力が抜けて、たたらを踏みそうになるのを踏みとどまる俺に、回転した勢いのままヴェンツェルさんから渾身の横薙ぎが襲い掛かる!
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