第964話 元師弟の会話



 フィネさんの模擬戦が終わり、一通り皆の成果を見たかな……と思ったら、次にユノが俺の隣にいるエアラハールさんを指名。

 急に呼ばれて驚くエアラハールさんだけど、仕方なさそうに木剣を持つ。


「リクも……と言いたいところじゃが、制御できないあの一撃は最善の一手より恐ろしいからの。ワシが行くのが一番か……」


 俺もついでにと、一瞬こちらに視線をやってすぐに諦めたエアラハールさん。

 何度か、俺も次善の一手を練習したんだけど……その度に訓練場の床や頑丈な壁などを壊していたため、禁止されるようになってしまっていた。

 最善の一手のように洗練された一振りではなく、魔力量が多過ぎて小さく調整する事ができず、異様に威力が高すぎる技になっていたからね。


「ははは、頑張って下さい……」

「お爺ちゃん早くなの!」

「わかっておるよ。……さて、若い者達が無駄に命を散らさぬよう、ちょっとだけ張り切るかの」


 仕方なさそうにユノの所へ行くエアラハールさんを、苦笑しながら見送る。

 エアラハールさん自身も、兵士さんを鍛えるのが楽しいとか、鍛えておかないと……と考えているんだろう、多分。

 ……ユノが怖いからじゃないと思いたい。

 ちなみに、エアラハールさんの模擬戦は兵士さん達の阿鼻叫喚をもたらした。


 早い話が、模擬戦という名の苛烈な訓練となったってわけ。

 さすがエアラハールさんは最善の一手が使える達人なだけあって、武器を選ばず次善の一手を使えている……んだけど、兵士さんの木剣を切り捨て、体を剣の腹などで打ち据えて弾き飛ばし、次々と順番に兵士さんを向かって来させていた。

 マリーさんの訓練も厳しかったけど、エアラハールさんの方が直接やられるため、痛みもあって辛そうだな……もしかして、マリーさんの厳しい訓練はエアラハールさんのやり方を見て参考にしているのかもしれないけど――。



 次善の一手の訓練が終わった後、基礎訓練も大事だと素振りなどを行う。

 なぜか俺達の後ろに並んで同じように素振りをしていた兵士さん達は、エアラハールさんにやられたからというわけではなく、ヴェンツェルさんが来て不甲斐ないからもっと頑張るように言い渡したからだ。


「ししょ……エアラハールさん、リク達もだが、次善の一手という技の教え、感謝します」

「ふん、別にお前のためじゃないわい。こちらの訓練の一環じゃ」

「いえ、俺は特に何も……ユノやエアラハールさんが考えたので」


 訓練が全部終わり、兵士さん達が戻って行った後、改めてヴェンツェルさんから頭を下げられる。

 とはいえ、次善の一手を考えたり練習しているのは、俺じゃなく他の皆だからね……エアラハールさんは、ちょっと素直じゃない反応だけど。

 ちなみに、モニカさん達女性陣は兵士さん達と一緒に、汗を流しに大浴場へ行っている。

 俺やくっ付いたままのエルサや、エアラハールさんが残っているのは、訓練でそんなに汗をかかなかったからだ……後でちゃんと入るけど。


 でも、次善の一手で模擬戦もこなしたのに、汗一つ書いていない様子のエアラハールさんは、さすがとしか言えない。

 無駄な動きをせず、最小限でしか動いていなかったからだろうね。


「それにしても、武器に魔力を這わせるか……もしかしてなのですが、鎧などにもできるのでしょうか?」

「できるが、止めておいた方が良いじゃろうの」

「そうなのですか?」


 広い訓練場で一緒に残っているヴェンツェルさんが、エアラハールさんへ問いかける。

 鎧に魔力を這わせる……次善の一手の効果の中に、魔力の影響で耐久性を上げるというのがあるから、鎧とかにもその効果が適用できないかと考えたんだろう。


「マックスのように剣を振るう事よりも、盾で味方を守るという、強い決意があれば別じゃが……鎧や盾は、大き過ぎるのじゃよ」

「大き過ぎる……」

「剣や槍、斧などの刃を持つ武器は、その刃の部分に魔力を這わせれば良い。耐久力が上がるのは、刃以外の部分も魔力による干渉を受けておるからじゃろうな。最善の一手とは違うんじゃ」


 エアラハールさんによると、最善の一手は体や魔力など、全てを洗練させて先鋭化させた果ての技だとか。

 だから、最善の一手では武器の耐久力は上がらない……尋常じゃなく鋭い斬れ味になるため、ボロボロな剣でも折れずに使えるというだけらしい。

 次善の一手では、魔力を這わせる過程などで刃以外の部分も魔力を持った状態になるため、耐久力が上がる、副作用的なものとの事。


「ほんの一部を硬くする……というのならできるじゃろうが、武器以上に集中が必要じゃからのう。盾ならと思わなくもないが、それでも大きい。束の間の戦闘程度ならまだしも、長期戦では魔力枯渇を招きかねん。武器に防具に、と魔力を這わせるのは無茶じゃしの」

「攻撃の面で戦力向上が見られ、防御面でもと考えましたが……」


 魔力を這わせる面積がかなり広くなるため、必要な魔力量も集中も必要だって事だろう。

 まぁ、武器に対しての練習だけでも大変なようだから、そこからさらに鎧などの防具にも、という余裕はないか。

 魔力には限りがあるし、個人差もある。


「悪い考えじゃないがの。リクのような無尽蔵の魔力があれば可能じゃが、それでも戦闘という緊張を強いられる状況で、武具全てに魔力を這わせられるだけの集中は望めんよ。まぁ、冒険者になら役に立つかの?」

「冒険者にですか?」

「状況によりけり、兵士にも可能じゃろうがの。冒険者の場合、少人数での依頼遂行のために役割分担がある。マックスがいい例じゃ。そして、魔物を相手にする場合の理想は、短期決戦での決着じゃからの。事前の準備で盾や鎧に魔力を這わせておいて、対策をして臨むのもできるじゃろう」


 俺だって無尽蔵に魔力があるわけじゃないけど……それはともかく、武器だけでなんとか魔力の調整なども含めて可能になるくらいで、長い戦闘中に防具にまで意識が回らないって事かな。

 ただ、冒険者だと魔物と戦う前に準備をしたり、ある程度余裕がある時には確かに使えそうだね。

 依頼内容によっては、最初から戦う魔物の事がわかっている事もあるし……まぁ、偶然目的以外の魔物と戦う事だってあるから、常にというわけじゃないけど。


「……それなら、もしクランを作って冒険者さん達が集まったら……」


 クランを作った時、モニカさん達以外の冒険者が増える……というか、一緒に活動する事もあるだろう。

 戦争よりも、まずは魔物討伐などが本分だし、役に立つ事もあるかもしれないね……覚えておこう。


「中々、攻防を両立させるのは難しいものです……」

「ヴェンツェルの立場なら、兵士の生存なども考えねばならんから、気持ちはわかるがの。次善の一手は攻撃する手段として考えた間に合わせの技じゃ。応用を考えるよりも、別の方法を考えた方が早いじゃろう」


 もしかしたら何かに使えるかも、と考えている俺の横で、ヴェンツェルさんにエアラハールさんが防御面への応用を諦めさせる。

 兵士さん達は、攻撃をする次善の一手に意識が向かうので、防御面に関しては何か意識しなくてもいいような……それこそワイバーンの鎧みたいな物の方が良さそうだ。



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