第954話 立場と覚悟の違い



 こちらが帝国に打って出るにしても、帝国が王国に攻め込んで来るにせよ、常に何もない場所……周囲に誰もいない場所が戦場になるわけじゃない。

 そもそも、一度お互いがぶつかってそれで終わりとは限らないからね。

 人数もそうだし、向こうは魔物の投入をして来ると予想するなら、広範囲で戦闘が行われると考えられる。

 そうなると、絶対どこかの村なり街なりが戦闘に巻き込まれる可能性はある。


 当然ながら戦闘が行われると想定される場所では、兵士じゃない一般の人達を前もって避難させるだろうけど、それが間に合うかはわからないし、全ての人間が何も問題なく村や街を離れられるとは限らない。

 そもそも、想定通りの場所だけが戦闘に巻き込まれるわけじゃないし。


「私はこの世界で生まれてから、戦争が行われていないけど……りっくんも日本で映像や話しくらいは聞いた事があると思うわ。戦争に巻き込まれた村や街、民達は悲惨なものよ」

「そう、だね。直接巻き込まれたとかでなくても、生活が苦しくなったり……そもそも住む家を失ったりとか。そういう話は日本でも聞いているよ」


 ニュースもそうだし、戦争を題材にした漫画やアニメなど、想像するための材料は沢山ある。


「けど、結局のところ経験にまでは及ばないのよ。あくまで想像ってだけでね。私も人の事は言えないけど……そうね、りっくんは魔物に滅ぼされた村を見た事がある?」

「いや、そういうのは見た事がないよ。そうならないために、冒険者として活動しているってのもあるわけだし」

「そうよね。りっくんがいたから救われた村や街……ヘルサルやエルフの村、ルジナウムもそうだし、もしかしたらブハギムノングも。クレメン子爵領の村や街ももしかしたら……。もしりっくんがいなければ、魔物の被害は甚大だったのは間違いないわね。もちろん、王都も同じくよ」


 俺が今まで遭遇した、大規模な魔物の大群との戦闘。

 そのどれもが、防げなければもっと多くの犠牲者が出ていたものだと思う……壊滅していてもおかしくないくらいだ。


「りっくんはこれまで、タイミングよくなのか……それらの村や街を助けられているから、見ていないのでしょうけどね……」

「……姉さん?」


 それだけ言って、姉さんは顔をしかめて俯かせた。


「……私は、見た事があるわ。冒険者が間に合わず、国から兵士の派遣も間に合わなかったために、魔物によってなくなった村の跡を。その時は、早々に避難をしていたから人的被害は少なかったと言えるのだけど……それでも、元々村に住んでいた人達の嘆きは見るに堪えないものだったわ。蓄えをなくした者、家をなくした者、丹精込めて育てていた作物を食い荒らされ……酷い時には家族を亡くすか、そもそも家族ごとっていうのもね」

「……」


 これまでに魔物にやられた人、というのは見た事がある。

 それに、パレードの際に乱入してきた女の子が、父親を亡くして泣いていたのも。

 それが村単位、街単位でという光景は想像を絶するのだろうと、姉さんの沈痛な表情を見て思う。

 想像しかできない俺には、実際にそれらを見た時にどう感じるのか、わかったつもりにすらなれない。


「相手が魔物ならね、まだマシと言えるのよ。私が言う事じゃないのかもしれないけど……魔物なら、被害を出した魔物を憎んで討伐すればいい。元には戻らないけど、それで少しは留飲を下げる事だってできるかもしれないわ。でも……人間相手の戦争で、人間同士が争ったらそれだけでは済まないのよ」

「人間を憎むことになるから……?」

「それだけじゃないわ。お互いの国がぶつかったら、お互いの兵士が殺し合う。王国の兵士も帝国の兵士も、それぞれ家族がある……人間なのだからね。魔物なら、というのもおかしな話かもしれないけど、あまり考えなくていい事も考えなくちゃいけない。お互いの兵士が殺し合いをして、お互いを憎み合って……」


 王国だって帝国だって、自分達の国のために戦うのだから、手加減なんて基本的にあり得ない。

 まぁ、死なないまでも捕まって捕虜になるって事もあるだろうけど、捕虜の扱いがいいわけがないか。

 魔物なら姉さんの言う通り、冒険者や兵士が討伐して一応の解決ができるけど、人同士はそうじゃない。

 戦争であり、戦闘中だからなだけで、何もない時に憎しみに任せて相手を……なんて許されないからね。


「戦争前も戦争中も、そして戦争後も、相手が生きている限り……いえ、自分がなくなるまで相手を憎み続ける事だってあるのよ。経験していないと言っても、そういった話はこちらの世界で何度か聞いているわ。戦争だから仕方ない……一部の人はそう言って自分を無理矢理納得させるけど、本心ではそうでない事はわかるわよね?」

「……うん。戦争だからと諦めても、本当にそう思える人は少なそうだし、それだけで片付けていい事じゃないよね」

「えぇ。だからこそ、アテトリア王国はお父様……先代の国王の頃から、大きな規模の戦争はしないようにしているの。まぁ、小競り合いくらいはあったようだけど……少なくとも私の代になってからは、今のところそれもないわね。世界的には、大国と言えるのだから戦争を仕掛ける必要がない、というのもあるのだけど」


 姉さんは女王様で、こちらで生まれ変わった際の父親は先代国王様

 国同士の大規模な戦争になれば、多くの人が亡くなって、その憎しみや恨みとかは王様に向かう事だってあるだろう。

 場合によっては、自国の王様に対して恨みを……という事だってあるかもしれない。


「王というのは、最高権力者であると同時に、国民を守る義務があるの。だから、有事の際には全責任が降りかかる事もね。……そういえば、例として以前に話したけど、帝国に戦争を仕掛けた国が負けて、その国王が処刑されたわね。あの国がどう判断をしていたのかはわからないけど、必要がなかったのかもしれない戦争を仕掛けて、結果甚大な被害を出して敗北。処刑は自国の民が行ったと聞いているわ」

「勝てない戦争を仕掛けて、国民の多くを死なせてしまったから……って事だよね?」

「えぇそうよ。あれは極端な例だとは思うけど、そういった事も覚悟しなければいけないの。だから、私は戦争だからと及び腰になったりはしないようにしているわ。きっと、これまで見てきた事以上に、過酷な状況を見てしまうのだろうけどね。実際はどうあれ、取り乱さないだけの覚悟はしているつもりよ」

「姉さん……」


 姉さんは女王様として、国の責務を負う事を考えているんだろう。

 この世界に来て、まだ一年足らずの俺からは考えられない程の覚悟だと思う。

 これも、転移でこちらに来たのと、転生でこちらに生まれ育った事の違いなのかもしれないね。


 それに姉さんは、もう何年も前から女王として生きている……冒険者として活動し、通常よりも濃いというかあり得ないくらいの経験をしていると思う俺よりも、長い経験だ。

 年齢的な意味だけでなく、冒険者としても人間としても、まだまだ青二才な俺とは違うんだろうなぁ――。

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