第953話 想像と実際の違い
「……んー、姉さん。バルテルが帝国とっていうのを考えて、クラウリアさんの事も考えると……」
「あと、その後に来た帝国の使者ってのも……全部タイミングが良すぎるのよね」
姉さんが怒ったのに対して、バルテルが逆ギレして……という構図になっているけど、考えて見れば元々用意されていた節があるわけで。
おそらく、その時の事がなくてもバルテルは何か行動を起こしていたのは間違いなさそうだ。
そもそも、魔物が王城へ押し寄せてきたり、姉さんが言っているその後の帝国からの使者、バルテルが帝国と通じているという話……姉さんを人質に、というのは突発的に起こしたのかもしれないけど、全部繋がっていてもおかしくない、というより繋がっている予想しかできないね。
「バルテルが本当は何をしようとしていたのか……そもそも、私を怒らせた事すら実は最初から予定していた、とも考えられるわ」
「……そこまでは考えすぎかもしれないけど、確か帝国へ姉さんを渡す予定だったとかだから、最初から狙っていたのは間違いないだろうね」
「えぇ。りっくんのおかげで助かったわ」
それでも、バルテルが兵士に毒を盛ったりしなければ、もっと犠牲は少なくて済んだのに……。
いや、たらればを考えたらキリがないか……とにかく、俺が知らないところでバルテルと姉さんが話した部分については、ある程度わかった。
帝国、魔物の集結をさせる組織、バルテルが線で繋がれる内容の確認みたいになったけどね。
ともあれ、過去の事はここまでにしておいて……この先どうするか、未来というか元の話に戻そう。
「それで姉さん、一体なんで俺が戦争に参加するのは反対なの?」
「はぁ……それね。りっくんは日本で生まれ育った人間。当然ながら戦争なんてした事ないでしょ?」
「まぁ、そうだね。ゲームだったり、漫画とかで見た事はあるけど……」
「それは実際の戦争とは大きく違うわよ。いえ、戦争とはこういうものと教えるのもあるのでしょうけど、参加するのと、ゲームでやるのでは全く違うわ」
確かにそうだと思う。
戦争に関して、学校で教えられたり本で読んだ事くらいはある。
あとはゲームとかで戦争を題材にした物なんてのもあるから、それらをやったくらいかな。
とはいえ、俺がいたのは日本……昔はともかく俺が生まれた時には既に戦争のない国で、過去の映像とかゲームとかでしか戦争を知らない。
ニュースとかで、海外の国でなんてのも見たりもしたけど、それだって日本に住んでいる高校生からすると対岸の火事ですらなく、過去の歴史資料を見るのとあまり変わらない。
いや、関心がある人なら違うんだろうけど、日本にいた時の俺はぼんやりと日々を送るだけだったからね。
戦争は国と国が武力で争い、人と人が殺し合う……なんて事は考えていても、実際に戦争がどんなものなのかなんてほとんどわからない。
「りっくんはこの世界に来て、冒険者になって、私だけじゃなくて多くの人を助けているわ。でも、戦争はそれとは違うのよ。もちろん、魔物を相手にするのであれば、大きく変わらないのかもしれないけど。でも、人と人の争いというのはね……」
「人と人の争いかぁ……姉さんは?」
「私だって、経験ないわよ。でも、こちらの世界で生まれ直して、こちらの世界での価値観も備わってしまったからね……りっくんよりはってところかしら。まぁ、そもそも女王なんてやっているから、参加するかどうかの選択なんてないのだけど」
「それは確かに……」
姉さんは、日本にいた時の記憶があるから感覚的に近いものはあるんだろうけど、こちらの世界で中身はともかく別人として生まれ育った。
俺とは違って、こちらの世界での感覚も当然知っているし、女王様という立場もあって覚悟のようなものもあるんだろうと思う。
「りっくん……りっくんは以前、バルテルを手にかけた事を気にしていたわね? それに、モニカから聞いたのだけど、王都に来る前に野盗を相手にとか……」
「うん、まぁ……」
最近は少しずつ意識が変わってきている気もするけど、俺は日本で生まれて日本で育ったからか、人に対して剣を向けるのに抵抗がある。
いや、模擬戦とかならあまり気にしないんだけど、命の取り合いというか、本気の殺し合いというか……戦えないとかではないんだけど、敵だからと割り切れない部分があるのも確かだ。
エルサと出会ってすぐ、野盗の一人を殺してしまった時、バルテルを殺してしまった時など、気分がいい物じゃなかった。
まぁ、人と戦って気分が良くなっちゃいけないのかもしれないけど、でも、そう考える事自体が日本や地球での考えなのかもしれない……この世界でも、人同士の戦いが推奨されるわけじゃないけどね。
「戦争になれば、人間を相手にする事は避けられないわ。帝国相手だと魔物との戦いが想定されるとはいえ、国同士の戦いとはそういうものよ。魔物だけを相手にして、人間が来たら戦いを避けるなんて……りっくんなら逃げるくらいは簡単にできそうだけど……」
「どうだろう……まぁ、エルサに乗って逃げるくらいならできると思う。空を飛ぶのは魔物くらいだし、魔法が飛んで来ても結界があるから」
「そうでしょうね。でも、それができるのはりっくん達くらい。いくらエルサちゃんでも、戦場にいる味方全員を乗せるなんてできないわ」
エルサが乗せられる人数……試した事はないけど、十人くらいは荷物と一緒に乗せても大丈夫だと思う。
魔力次第らしいけど、さらに大きくなれたりもするようで、百人乗っても……なんてできたとしても線上にいる人達全員じゃないからね。
ルジナウムの時もそうだったけど、結局俺一人で魔物の全てを相手にするわけにもいかないし、戦争なんだから味方も相当な数の人間がいるはずだし。
だからといって、俺達だけエルサに乗れる人数で魔物の相手をするだけってのも、ちょっと違う気がする。
人間が出て来たらさっさと逃げるなら、人間と魔物を混ぜたりもして来るだろうし……帝国がどういう動きをするかはわからないけど。
ともかく、魔物との戦いだけでなく人間と戦う事も想定していないといけない。
俺だけが人間を相手にして躊躇していたら周囲に影響するし、絶対に魔物だけを相手にできる保証すらないのだから。
「帝国はアテトリア王国と同じ人間の国だから、人間を相手にするのは当然ね。それなのに、躊躇していたらりっくんが危ないわ。まぁ、結界とかいろいろな要素で、りっくん自身が無事でも他の味方がどうなるか……」
「俺だけ人間と戦わないってのは、できないってわかってるよ」
「それだけじゃないわ。戦争になったらどう推移するかにもよるけど、必ず村や街が巻き込まれるわ。私達が巻き込まないようにしようと考えていてもね」
「それは……そうだね。特に魔物を使ってくると予想される帝国だから……」
「演習ではないのだから、常にこちらが用意した戦場で戦えるわけじゃない。どういう形になるにせよ、帝国か王国か……どちらかの村や街、最低でもその付近が戦場になる事は考えてしかるべきよ」
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