第955話 姉弟の会話
「……そういえば、日本での年齢とこちらの世界での年齢を足したら……」
「話の腰を折らないでね、りっくん?」
「……あ、うん。ごめんなさい」
唐突に思い浮かんだ事を呟くと、姉さんに威嚇されてしまった。
まぁ、余計な事を考えた俺が悪いんだけど。
ともあれ、女王様としての経験もさることながら、足せば俺の倍以上は生きている姉さんと比べたら、二十年も生きていないのだから、差が付くわけだね。
「はぁ……真剣な話をしているって言うのに。とにかく、りっくんが戦争に参加する事へ反対する理由は、今話したように覚悟というか、悲惨で過酷な状況がある事。そして人との殺し合いをりっくんにさせたくなかったからよ」
「……ありがとう、姉さん。俺の事を真剣に考えてくれて」
「体としては生まれ変わって違うけど、精神的には大事な弟だからね。お姉ちゃんは大事な弟を、凄惨な場所に送り込む事なんてしないわ。見なくていいなら、見ない方がいいからね」
「うん……」
溜め息を吐き、肩をすくめながら言う姉さんに、感謝を伝える。
俺の事を考えて言ってくれているのは、よくわかっているから。
これまで丁寧に戦争の大変さ、悲惨さを伝えてくれた事からもね。
想像するだけなら簡単だけど、想像以上の事が起こってもおかしくないし、そもそも経験すらしていない、覚悟も足りていない俺が想像できるとは思えない。
人に対して、全力でかかる事すら躊躇している俺だから……。
「もし、俺が人間相手でも躊躇せず戦える……って言ったりしたら、姉さんは同じように反対していた?」
「反対というより、そんな考えだったら説教ね。私はりっくんをそんな子に育てた覚えはないわよ?」
「ははは……姉弟で親子じゃないんだから、育てられたとは……なんて言えないくらい、姉さんに付いて回っていたからね」
ちょっとした疑問というか、冗談のつもりで聞いたら睨まれてしまった。
間違いなく本気で本当に俺がそんな考えをしていたら、一日や二日で終わらない説教が待っていそうだね……。
姉さんに育てられたというのは誇張でもなんでもなく、両親が生きていた頃も、亡くなってからも、俺は姉さんがいなくなるまでずっとべったりだった。
それが逆らえない要因の一つにもなっているんだけど、それはともかくとして……今の俺があるのは姉さんのおかげなのは間違いないし、姉さんが俺の事を真剣に考えてくれている。
マティルデさんから持ち掛けられた、クランを作ってというのはともかく、もともと帝国のやっている事を認めたくないのもあって、参戦はするつもりだった。
それは、俺がアテトリア王国の人にお世話になっている事もあるし、姉さんがその国の女王様だからってのもある……期待されている感じもあったからね。
でも、姉さんは俺の能力とかは別にして、なんとなくでしか考えていなかった俺とは違って、真剣に考えてくれた事が嬉しい。
「あの頃のりっくんは、ずっと私の後ろを付いて回って……可愛かったわねぇ」
「いつの話を……それ、まだ俺が幼稚園くらいの頃だよね?」
「男の子だから仕方ないけど、成長するにつれて生意気になって。でも、それでも私から離れたりしなかったわよね」
「まぁ……うん」
昔の、俺が姉さんにべったりだった頃の話をされ、少し恥ずかしい。
生意気になって行ったというのは、自分でも自覚があるし小学校くらいの男の子なんてそんなものだと思う。
でも、気恥ずかしさから姉さんと離れようとしても、姉さんの方から距離を詰めるというか俺を構ってきたんだけど……おかげで、諦めて俺も姉さんと一緒にいる事にしたりも。
姉さんは忘れているのか、美化しているのか……そもそも、俺が恥ずかしがって離れようとしていたのも気付いていないかもしれない。
「おっと、話しが逸れたわね。何はともあれよ、りっくんがクランを作る事には反対しないわ。冒険者の行動を制限する……というのもおかしな話だからね。それに、冒険者達をまとめるりっくんとか、成長を感じられて私も嬉しいわ」
「成長って……まぁ、俺が本当にまとめられるかわからないけど……」
「誰だって、初めは不安なものだし失敗もするわ。とにかく、クランを作る事には反対しない。けど、戦争へ参加するというのは私の個人的な意見になるけど、反対よ」
「うん。姉さんから色々話を聞いて、しっかり考えないといけないと思うから、反対するのもわかるよ」
「流されてとか、周囲からの期待だけで参加しても、後悔するだけだからね。女王という立場で考えれば、反対しない方がいいんだけど……りっくんが真剣に考えて、それで決断した事なら私は反対しないわ」
「しないんだ?」
「今言ったように、個人的には反対よ? 見なくていいものなら、見ない方がいい事が多いから。でも、りっくんが決めた事ならいつまでも私が反対するわけにもいかないでしょ」
「そう、なのかもね……」
クランを作る事は反対しない……これは冒険者としての活動の延長線上でもあるからだろう。
依頼を受けて、魔物を討伐したり困っている人を助けたりと、今と大きく変わらないからね。
ただ、戦争はさっき姉さんが話していたように、凄惨な光景を見る事は避けられない……人と戦う事だってあるだろうし。
結局のところ、なんとなくとかぼんやりとした考えの俺に対して、ちゃんと考えて、悩んで決めろって事だと思う。
「ありがとう姉さん。姉さんに言われなかったら、多分俺は軽い気持ちで戦争に参加して、きっと後悔してた」
「私はりっくんの姉だからね。自慢の弟だけど、ちょっと頼りないと言うか……自分の意志が薄い時があるのよねぇ……育て方を間違えたかしら?」
「そういう性格にしたのは、姉さんが一番大きく影響していると思うけどね……」
「くっくっく……英雄を育てた女王様、というのも悪くないわね」
「なんか、失敗して育てていた相手から下克上とか復讐されそうな感じだね」
姉さんの目を見て、真っ直ぐに感謝する。
少し視線を逸らした姉さんが、首を傾げたりしているけど……昔からの記憶にある姉さんならではの照れ方だ。
俺の性格形成に関しては、間違いなく姉さんの影響が一番大きいのは間違いない。
話を逸らすため……というより、照れくささからわざと邪悪に見える笑みや声を出して、茶化しているけど。
「まぁ、冗談はこれくらいにして……ちょっと長く話してしまったわね。そろそろ寝ないと明日に響きそうだわ」
「そうだね」
姉さんと話し始めて、気付くと結構な時間が経っていた。
昔話も含めれば、一日以上は簡単に話せそうだけどさすがにそれはね……。
俺は考えないといけないし、姉さんは女王様としての仕事がある。
以前のように姉さんとずっと一緒、なんて年でもないし、暇な時間がある時にでも少しずつ話せいいだろう……姉弟なんてそんなもんだ、多分。
「それじゃりっくん、多くの時間があるとは言わないけど、まだ先の事なんだから急いで結論を出す必要もないわ。じっくり考えて、自分の意志を固めなさい」
「うん。さっきも言ったけど、ありがとう姉さん」
「えぇ……」
ソファーから立ち上がり、部屋を出ようとする姉さんから改めて考えるように言われて、頷きながらもう一度感謝。
短く答えた姉さんが、こちらを振り向きもせずに去って行ったけど……あれはまた照れていたんだろうね――。
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