第861話 結局皆宿屋に泊まる
「まったく、母さんと来たら。カーリンさんを住まわせるからって、私達を追い出さなくても……」
「まぁ、モニカの部屋しか残っていないのだから、仕方がないだろう。今日会ったばかりの私達と一緒にと言っても、気を遣うだろうしな」
カーリンさんがマックスさん達に受け入れられて、獅子亭で働くことが決まった後、モニカさん達を連れて宿屋へと向かっている。
そんな中、カーリンさんが寝泊まりする場所としてモニカさんの部屋を使う事になったので、マリーさんに追い出されてしまって不満そうに文句を言っていた。
まぁ、今日初めての場所でお世話になるだけじゃなく、初めて会う人と同室というのは気を遣うからね……それに、俺達は明日エルフの集落へ発つ予定なので、一日くらいは宿屋に泊まっても大丈夫だろうと言われたみたいだ。
モニカさんとソフィーにカーリンさんが加わると、部屋が狭くなって寝るのも苦労しそう……というのもあるんだろう。
「まぁまぁ、モニカさん。これで明日からは獅子亭の心配をせず、ラクトスを離れられるんだから」
「それはわかっているわよ。でも、見込みのある人が来たからって、娘の私を追い出さなくても……」
モニカさんに声をかけたけど、まだ納得いかない様子……不満というよりも、ただ愚痴を漏らしたいだけかなこれは。
働き詰めでろくに休めなかったマックスさんやマリーさんを、一番心配していたのはモニカさんだからね。
数日とはいえ、獅子亭を手伝って留まる事になって、フィネさんやアルネ、ユノやソフィーや俺にも頭を下げていたから。
だから、本心としてはカーリンさんを始め、他に働いてくれる人が来てくれて喜んではいるんだろう……照れ臭くて素直に言えないのと、追い出されたのが重なったんだろう。
「とにかく、宿を取って今日は早めに休もう……と言っても、もうそれなりに遅いんだが」
「そうね。確か、明日は早朝に獅子亭で、だったわね」
「うん。クラウスさんが来てくれるみたいだから。カーリンさんとの事はさっきも軽く話したけど、マックスさん達にも注意するよう言っておかないといけないから」
手伝っている間はいつもになっているけど、獅子亭の営業が終わった後、カーリンさんの試験がてら遅い夕食だったので、もう街の人達のほとんどが寝静まっている時間だ。
宿へ向かっている俺達に聞こえるのは、どこかの酒場で酔って騒いでいる人の声くらいで、民家からはほとんど音が聞こえない。
明日は早めに獅子亭に行かないといけないため、ソフィーに急かされて少しだけ宿へと歩く速度を速めた。
カーリンさんが料理を作っている間に、マックスさん達に出会ったきっかけを話していたんだけど、その時にクラウスさんの遣いという人が来て、明日の朝獅子亭で話をする事になった。
なんでも、俺からと聞いた途端仕事を放り出して、獅子亭に向かおうとしたらしいんだけど、トニさんに阻止されたらしい……襟首をつかまれて、苦しそうにしていたと遣いの人は苦笑していたけど。
ともあれ、仕事を放りだすのはいけないので、調整して一番支障が出ない時間の朝に獅子亭で話し合う事に決まる。
あまり長く話す事はできないけど、そのくらいなら仕事が始まる前の時間として話をするくらいはできるそうだ。
マックスさん達にも注意してもらう必要もあるから、獅子亭で話すのが丁度良さそうだしね……聞かせられない話もあるから一部だけだし、お店の支度もあるからずっと一緒に話をというわけにはいかないけどね。
「それじゃ、お休み」
「おやすみなさい、リクさん」
「おやすみなのー」
宿に到着し、モニカさんやソフィーが泊る部屋を取って、お休みの挨拶をして別れる。
宿の部屋は、最近埋まりがちだったんだけど偶然二部屋空いたらしい……なんでも、金払いや態度の悪い男二人が使っていたとかなんとか……衛兵さんが今日以降は使わないという連絡が来たらしい。
モニカさんと宿屋の主人は知り合いで、そんな男達と比べたら喜んで泊めると言っていた。
というより、獅子亭もあってヘルサルで育ったモニカさんは、昔からやっているお店や宿屋とは顔見知りで親しいらしい。
それはともかく、なんとなく男二人や衛兵さんが連絡というのに引っかかるものを感じたけど、部屋はちゃんと掃除してあるとかそういう話をしているうちに、気にならなくなる。
フィネさんとアルネは、顔を見合わせて驚いていた様子だったけど、すぐに何かを納得したみたいだった……なんだったんだろう?
「うー……ようやくベッドなのだわー。リクの頭は心地いいのだけどだわ、やっぱり寝心地はベッドが一番なのだわー」
「そりゃどうも……」
宿の自分の部屋に入ると、すぐさまエルサがふわふわととんでゆっくりベッドへ収まった。
宿にお風呂がないから、ここではエルサを洗ってやることができないんだけど、代わりに獅子亭で借りたからモフモフは綺麗になっている。
まぁ、やっぱり毛を乾かす途中で寝たので、俺の頭に乗せていたんだけど……そりゃ人の頭よりも、ベッドの方が寝心地が良くて当然だよなぁ……。
というより、俺の頭を寝るための何かだと勘違いしていないだろうか?
俺もエルサがくっ付いていたら、モフモフを堪能できるからお互い様か……なんて考えつつ、さっさとベッドで寝始めたエルサの横で就寝した――。
―――――――――――――――
――翌朝、いつもより少し早めに起きて、朝の支度をした後皆と合流、獅子亭へ向かう。
何故かアルネだけはぼんやりしているというか、眠そうにしていたけど……もしかするとまた、何か研究を始めて寝不足なのかもしれない。
一応起きているし、疲労が濃いとまでは見えないので、多分大丈夫だろうけど。
「リク様! お待ちしておりましたぞ!」
「クラウスさん……早いですね……」
「リク様とお話しできる機会なのですから、いてもたってもいられません!」
「はぁ……夜が明ける前には起きて、準備をしていたようです。おかげで、私も起こされました……私は秘書でクラウス様の仕事をサポートはしますが、使用人とかではないのですが……」
「あははは……すみません……」
「いえ、リク様が悪いわけではないのです。それにクラウス様にはリク様との話が終わった後、みっちりと仕事をしてもらうと決めておりますので、お気になさらず」
獅子亭に到着すると、先にクラウスさんが来ており、歓迎してくれた……朝から元気だ。
クラウスさんの興奮具合はともかく、トニさんが溜め息を吐いているのは、朝早くに起こされたかららしい……まぁ、秘書は執事とはちがうからね。
なんとなく、トニさんとクラウスさんを見ていたら近い物を感じてしまうけど、あくまで代官をやっているクラウスさんの秘書だから。
目の下に隈があるトニさんを見て、クラウスさんをジト目で見ているのを止められず、さりとて程々にとも言えず、苦笑するだけしかできなかった。
トニさん、苦労しているんだなぁ……仕事が忙しくとも、俺と話す時は元気が漲っているクラウスさんが、特殊なだけか――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます