第860話 獅子亭に即戦力の新人さん加入



 ひったくり犯の男達から助けた女性は、カーリン・シュレーカーという名前で、カーリンさんと呼ぶ事にした。

 シュレーカーというのに、聞き覚えがあるような気がしたけど……思い出せなかったのできっと気のせいだろう。


「シュレーカー……? どこかで聞いた、重要な家名だったような……というより、家名は爵位を持つ者しかないはず……」


 フィネさんがカーリンさんの名前を聞いて、しきりに首を傾げながら不思議がっていたりした。

 後で聞いた話では、家名を持つという事は貴族家の者の証明でもあるらしく、本来は気軽に名乗らないんだけど、俺が相手だから教えてくれたらしい。

 ただ、カーリンさん自身は貴族ではないらしく、なぜ家名を持っているのかはよくわからない。

 なんでも、カーリンさんの一族はちょっとだけ特殊で領地を持っていないし、貴族ではなくても家名を持つ事を許されているとかなんとか……俺にはよくわからない。


「貴族ではないのに家名を名乗る……そちらもどこかで聞いたような……?」


 獅子亭に到着するまで、しきりに首を傾げて何やら考えていたフィネさんが印象的だった――。



「ふむ……合格だな」

「悔しいですけど、俺より腕は上のようですね」

「これなら、獅子亭の味を教え込めば、すぐに料理も任せられるようになるわね」


 マックスさん、ルディさん、マリーさんがカーリンさんの作った料理を食べて、頷き合いながら認めた。

 ルディさんは、少し悔しそうにしていたけど。

 あれから、カーリンさんを獅子亭に連れて戻ったのはいいものの、お客さんがひっきりなしに来て忙しいので、落ち着いて話す余裕はなく、フィネさんやアルネと一緒にエルサにおやつをあげながら待ってもらい、閉店後に事情を説明。

 それならと、とりえず即戦力になるかどうかのお試しという事で、今日の夕食はカーリンさんが作る事になった……簡単な試験のようなものだね。


 厨房はいまだに人手が足りないので、雇わないという事はないんだけど、どれだけできるかを見る必要があるから。

 いきなり料理の腕を見ると言われて、ガチガチに緊張していたカーリンさんは、大丈夫なのか心配だったんだけど、これまで両親のお店を一緒にやっていて慣れているんだろう、厨房で調理を開始したらすぐにてきぱきと動いて先程までの緊張が嘘のようだった。

 手際の良さや、包丁さばき等々を見て、マックスさんが感心していた……俺でも、カーリンさんが料理するのに慣れていて、動きに迷いがないのがわかるくらいだからね。


「ルディさんもそうだけど、父さんや母さんが認めるって事は、相当腕がいいのね。確かに、凄く美味しいけど」

「そうだな。まぁ、獅子亭の料理とはまた違った味ではあるが、かなり美味しいな」

「これを一人で作れるなら、どこのお店に行っても働けそうですよね」

「動いた後に食べる物は、なんでも美味しく感じるが……これは格別だな」


 モニカさんやソフィー、フィネさんもカーリンさんが作った料理を美味しそうに食べて、その腕を認めたようだ。

 特にモニカさんは、これまでマックスさんの料理を一番に食べてきているから、舌は肥えているから、マリーさん達が認めるのと同じくらいの意味がある。

 もちろん俺も食べたけど、ソフィーが言うように獅子亭の料理とは味付けが違うけど、十分美味いし、お金が取れるくらいだ……単純に美味しいくらいしか言えない、自分の食に対する語彙力がちょっと悲しいけど。

 それと、なぜか元ギルドマスターも一緒に食べていて、うんうん頷いている。


 ルギネさん達は店の隅にあるテーブルで、プルプルと震える腕を何とか動かしながら、食事をしていた……俺が冒険者ギルドに行ってから、獅子亭の仕事だけじゃなく、元ギルドマスターから相当な訓練を課せられたらしい。

 まぁ、ほとんど基礎訓練をひたすら反復する事らしいと聞いたけど……筋肉好きな元ギルドマスターの事だから、無茶な体力トレーニングをさせたのかもしれない。


「カーリン、だったな?」

「はい!」

「これだけしか作れない、という事はないな?」

「もちろんです。村で父や母とお店をしていた時は、私が多くの料理を作る事もありましたし、色々な料理を作っていました」

「そうか。マリー?」

「あなたがいいのなら、いいんじゃないしら? これだけの料理を作れるのなら、即戦力よ」

「そうだな」


 マックスさんがカーリンさんに簡単な質問をする。

 獅子亭に行く前に、俺は聞いていたんだけど……なんでも村でお店を手伝っている時、ここ最近はカーリンさんが主に料理を作るようになっていたらしい。

 両親が作るよりも、村の人達からの評判が良かったらしい。

 だから、今回作った料理だけでなく、他にも色んな料理を作れるんだろう。


 まぁ、獅子亭の味とはやっぱり違うと感じるから、その部分をマックスさんに教らないといけないだろうけど、料理に慣れている様子を見る限りでは、すぐに覚えて活躍してくそうだ。

 マックスさんがマリーさんを窺い、問題ないと頷いた。


「カーリン、働くかどうかを決める前にもう一つ聞かせてくれ」

「なんでしょうか?」

「料理とは、カーリンにとってなんだ?」


 カーリンさんを見定めるように……いや、射貫くように真剣な目を向けながら、料理とはという質問。

 元冒険者でBランクだったマックスさんの眼光は鋭く、料理する直前のようにカーリンさんが空あどぉ固めて緊張していたけど、料理と聞いた瞬間、慈しむような笑顔になった。


「人を笑顔に、そして幸せにするものだと考えています。美味しい物を食べて元気に、そして笑顔になります。親しい人と笑い合って食べれば、幸せも感じます。ささくれだった心も美味しい物の前では無力ですし、いがみ合っている人と一緒でも、思わず笑顔になれるような料理だって、あるかもしれません。私は、私が作った料理を食べた人達が、皆笑顔になって欲しいと思って作ります」

「……ふっ、そうか」

「はぁ……あなた、笑っているだけじゃわからないわよ?」

「お、おう。そうだったな。面白い回答だったからつい……」


 自信をもって、笑顔で話すカーリンさんの答えは、料理人にとってある意味理想なのかもしれない。

 もちろん、状況によってはどれだけ美味しい物を作ったとしても、笑えない事だってあるだろうけど……カーリンさんはそれでも、笑顔で幸せになるような料理を作りたいという、信念を感じた。

 まぁ、料理は素人の俺が偉そうな事を考えてしまったけど、ニヤリと笑ったマックスさんを見れば、悪い答えじゃなかったのはわかる……マリーさんから突っ込まれて、なんとなく恰好付かない形になってしまったけど。


「もちろん、合格だ。よければ、獅子亭で働いてくれ。もちろん、厨房で料理を作ってもらう。それでいいか?」

「あ……はい、ありがとうございます!」


 こうして、新しく料理の腕が確かな人が獅子亭で働く事が決まり、少しは忙しさが緩和されそうで安心した。

 カーリンさんの料理を食べて、悔しそうだったルディさんがジッと見ていて、それを勘違いしたカテリーネさんがルディさんの横腹をつねる、という一幕があったりもしたけど、概ね皆に好意的に受け入れられたようだ。

 ……まぁ、凄く美味しい料理を食べさせてくれたんだから、皆受け入れるよね――。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る