第859話 偶然か必然かの出会い



 男達に狙われた女性が、多くのお金を持ったままだったのは仕方ないんだろう。

 一般でも利用できる銀行はある事はあるんだけど、それは一定以上の収入がある人に対してだし、お互いに信頼がおけることが条件なので、街に来たばかりの女性が預けたりはできない。

 冒険者でもないようだし、冒険者ギルドに預ける事もできないからなぁ……そもそもあれは確か、ランクも上がらないと使えないはずだしね。

 なので、街に長く暮らして仕事をしている人はともかく、旅をしている人が全財産を持ち運んでいるのは珍しくないらしい。

 おそらく、あの男達はそういう人を探して狙ったんだろう。


「まぁ、村や街を移動する際に、冒険者などの護衛を雇う事はありますが、街中では護衛を雇ったりはほとんどしませんからね」

「街で魔物に襲われる事はないからな。護衛というのは基本、魔物から身を守るためのものでもある。まぁ、一部例外は当然あるが……」


 旅をする際に、魔物や野盗などから身を守るために護衛を雇う事はある。

 冒険者ギルドに依頼が来る事もあるし、傭兵のように護衛を受け付けている人だっているらしい。

 それなりの規模の街なら、ヘルサルとセンテの間のように乗合馬車が出ている事もあって、国の兵士が護衛をしたりもする。

 でも、さすがに街中でまで護衛を頼んだりは一般の人ではしないだろうからね……お金持ちとか、貴族とかは別だろうけど。


「街に来て、仕事も決まらないうちに路頭に迷ってしまうところでした……」

「仕事は、まだ決まっていないんですね……って仕事を探しに街に来たんですか?」

「はい。村で働くでも良かったのですが、大きな街で暮らしてみたいとも考えていまして……。それに、ヘルサルは今多くの人出を求めているとも聞きましたし、リク様が守った街でもありますから」

「リク様、人気者ですね?」

「いやまぁ、守るために頑張ったのは確かですし、そこを否定するつもりはないですけど……でも、ヘルサルを守ろうと頑張ったのは、俺だけじゃないですからね? 皆が頑張って守った街ですから」

「街の者達はから漏れ聞こえるのは、大体リクが……だがな」


 俺が人気あるとかはもう今更だからいいとして、仕事を探している最中に、全財産の入った革袋を取られたら、困るよなぁ。

 多分、まだ住む家とかも決まっていないだろうから、宿暮らしで宿代が払えなくなるし、食費もなくなるわけで……仕事が決まっていたら、盗られてもいいというわけじゃないけどね。


「どんな仕事をしたいとかは、考えているんですか?」


 俺が仕事を紹介すると言うのはできないだろうけど、ヘルサルの事はある程度知っているので、アドバイスっぽい事をするくらいはできる。

 希望に沿えるかはともかくね。


「ヘルサルは今、農作業をする人を広く募集していると聞きました。それなら、その作業をする人達がお腹を空かせるので、美味しい料理を作るお店で働きたいなと……村では、両親が料理のお店を開いていて、そこで一緒に作っていましたので。自分にできる事と考えると、それくらいですから」

「料理を……」

「リク様って、結構クリティカルな人に出会いますよね?」

「本人は狙っているわけではないのは、近くにいるとわかるが……縁というのは不思議なものだ」


 女性は、実家というか村で料理屋をやっている両親の下で育ったらしく、本人も料理を作っていたらしい。

 モニカさんと似ている感じだけど、あちらは料理よりもマリーさんに付いて配膳や、お金の勘定を主にやっている……料理は美味しく作ってくれるから、厨房もやれないわけじゃないんだろうけど。

 ともあれ、料理ができる人で料理をする場所で働きたいという希望らしい……フィネさんとアルネが不思議がっているけど、俺もなぜこんなにタイミングよく人と出会えるのか不思議だ。

 アメリさんとか、あちらも偶然通りがかって助けたけど、おかげでツヴァイがいた研究施設を発見できたしね……。


「えっと、多分希望通りに行きそうなのを一つ知っています。凄く忙しいと思いますけど、それは大丈夫ですか?」

「忙しくても構いません。料理を作るのが仕事にできるなら、それに越した事はありませんから。……もしなかったら、農作業の方をやりつつ雇ってくれるお店を探そうとしていましたし」

「そうなんですね。それじゃ、希望通りになると思いますから、良かった」


 忙しくても、料理を作れるのなら問題ないらしいので、獅子亭で働くのはどうかと提案する事を考えている。

 マックスさん達に紹介してからではあるけど、料理を作る人は一日や二日で教え込むなんてできないから、経験者でちゃんと料理ができる人なら、多分歓迎してくれるだろう。


「はい! でも、凄く忙しいってリク様が知っているお店は、よっぽど評判なんですね! いえ、リク様なら、街一番の料理屋と言わず、国一番の料理屋を知っていても不思議ではありませんが……」

「いやいや、俺はそこまでグルメじゃないから……まぁ、もしかしたら街一番ではあるかもしれない、かな?」


 食べ歩きを趣味にしているわけではないし、俺が知っている料理屋なんて多くはない。

 けど、獅子亭の料理は間違いなく美味しいと胸を張って言えるし、今の盛況な状況を考えると、街一番かもしれないね……衛兵の隊長さんが知っているくらいだし。


「街一番……って事はもしかして、踊る獅子亭っていうお店ですか?」

「そうそう。やっぱり評判になってますか?」

「ヘルサルに来てから、何度も名前を聞きますし、街以外でも評判ですよ。私のいた村にも、噂が流れて来るくらいです。まぁ、広く広まっているのは、リク様がその獅子亭にいたという噂があるからですけど」

「ははは、獅子亭にいたというか、働いていましたから。まぁ、俺は料理を作る側じゃないんですけど。ともあれ、そんな評判で美味しい料理を作る獅子亭で、今人手が足りなくて……特に料理を作る人が……」


 本当に偶然だろうけど、何か作為的な物を感じるくらいタイミングよく出会えた。

 悪い事じゃないし、マックスさん達を手伝えるくらいなら獅子亭も助かる……運がいい、と思っておこう。


「でも、さすがに私なんかじゃ、街で評判のお店で働くのは……忙しいのは大丈夫だと思いますけど」

「まぁ、とにかく行ってましょう。もしかしたら仕事が見つかって、獅子亭は人手が増えて、お互い助かるかもしれないですから」


 忙しく働く事が問題ないなら、なんとかなると思う……さすがに、信頼のおけない人が相手を連れて行く事はできないけど、話した感じ大丈夫そうだからね、多分。

 料理がある程度できるのなら、獅子亭での事はマックスさんが教えてくれるだろうし、ルディさんが働き始めた時とそんなに変わらない気がする。

 実際の調理は担当しないけど、ほぼ料理ができない俺も仕込みの手伝いができるくらいだから……ほとんど皮むきばっかりだけど。

 あ、そうだ……。


「……えっと、そう言えば名前を聞いていませんでしたね?」

「あ、私は……」



 料理はできても、評判のお店でいきなり働くのはしり込みしてしまったのか、悩む女性に笑いかけて獅子亭へ一緒に行こうと先導する。

 その途中で、そう言えば名前すら聞いていなかったと思い出して、フィネさんやアルネも含めてお互い自己紹介をした――。



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