第855話 元ギルドマスターは元ギルドマスター



 リリーフラワーの情報は先程ヤンさんから聞いてきた、と白状する元ギルドマスターに対し、したり顔で見抜いた理由を語るマックスさんは、マリーさんに言われて顔を逸らした。

 うーん……なんだろう、ヴェンツェルさんもそうなんだけど、この世界で筋肉を追い求める人達ってどこか抜けているというかなんというか……悪い人がいないので、見ている分にはおもしろいんだけどね。

 あと、筋肉関係なく俺自身も抜けている所があるとかは、考えないようにしている。


「ま、まぁ……ともあれ朝食を食べ終わったら、早速訓練に移るぞ。――この店も、人出が足りるようになったんだろう?」

「まだ、余裕があるとは言えないが……短時間ならルギネ達が抜けてもなんとかなるだろう。それに、これからは仕込みの時間だからな」


 今ここにはいないけど、新しい従業員が増えて少しずつ仕事を覚えてきた事で、ようやく多少の余裕ができてきた。

 厨房の方は、まだ万全とは言えないけど、ホールも合わせてそれなりに休む時間や休日が取れるようになっていたりと、働き詰めがかなり解消されている。

 ……マックスさんが一日休むのは、まだ厳しいけど……それでも、一時期よりは疲れた様子がなくなっているからね。

 元ギルドマスターが来たのも、その辺りの事を聞いたりして知ったからなんだろう……農園の方で、もう耕す場所がなくなったという可能性もあるけども。


「初日は、どれだけ鈍っているかの確認だから、少しでいいだろう。ま、徐々にだな。筋肉だって、いきなり厳しい鍛錬を課せばいいというわけでもないからな」

「はい、わかりました、元ギルドマスター!」

「元ギルドマスターもやる気になっているしねぇ……私も頑張りましょうかぁ」

「お姉さまのためにも、頑張ります! 元ギルドマスターは、少し暑苦しくて苦手ですけど……」

「お肉を美味しく食べるためにも、頑張る。元ギルドマスター、美味しいお肉?」

「うむ、さすが元ギルドマスター。わかっているな……」

「はぁ、元ギルドマスターもルギネちゃん達も、程々にね」


 まずは最初だからと、厳しい訓練ではなく様子を見ながら徐々にという事らしく、筋肉に例えながらルギネさん達に話し掛ける元ギルドマスター。

 リリーフラワーのメンバーは、それぞれに返事をしながら頷く……やる気になる理由はともかく、ミームさんだけはちょっと怖い事を考えていそうだった。

 筋肉を求める者同士、わかり合う何かがあるのかマックスさんが深く頷いて、マリーさんは溜め息を吐く。


「……暑苦しい雰囲気なのだわ。苦手なのだわ……蹴るのだわ?」

「まぁまぁ……」


 暑苦しいのが苦手なエルサが、キューを食べる手を止めて愚痴をこぼすようにいうのを宥める。

 けど、エルサのキューを求める手を止めるとは……筋肉などの暑苦しさおそるべし……ただ苦手だからだろうけどね。

 というか……。


「皆、元ギルドマスターの事を元ギルドマスターとしか呼ばないけど、そろそろ名前で呼んだら?……っていう俺も、名前を知らないんだけど」

「え、元ギルドマスターは元ギルドマスターでしょ?」

「あぁ、そうだな。元ギルドマスターだ」

「リク、細かい事を気にすると筋肉は育たないぞ?」

「はっはっは、良いのですよリク様。私が元ギルドマスターである事には変わりないのですから!」

「えーと……皆がそう言うのなら、それでいい……のかな?」

「元ギルドマスター、なの!」


 ずっと気になっていたんだけど、俺を始め皆が元ギルドマスターとしか呼ばず、誰も名前を呼んでいない事が気になった。

 俺は知らないから仕方ないんだけど、よく話していたらしいマックスさんや、誰かは知っているのかと思ったら、皆元ギルドマスターで納得している様子。

 ついには本人まで笑って、元ギルドマスターでいいと認めてしまった……止めにユノが楽しそうに言った事で、完全に定着した気がする。

 うーん、本人が納得しているしなぁ……まぁいいかと、考える事を止めた――。



 元ギルドマスターが、ルギネさん達を連れて店の裏へ向かった後、俺やモニカさん達は獅子亭の準備を手伝う。

 ここ数日で、ちょっとした手伝いくらいはできるようになったアルネやフィネさんもいるし、新しく入った従業員もいるのでなんとかなる。

 まぁ、新人さん達は一度に全員じゃなくて交代制だけどね。


「それじゃ、行ってきます」

「おう。仕込みの手伝い助かった」


 マックスさんに行って、獅子亭を出て冒険者ギルドへ。

 元ギルドマスターが来ている事をヤンさんに報告するのと、様子見だ……俺が提案した事で、朝早くから迷惑をかけてしまったみたいだから、その謝罪の意味もある。

 ルギネさん達がやっている訓練にも少しだけ興味はあったけど、手伝いの合間に除いた時にはひたすらランニングをしていたから、まずはなまった体を鍛え直すために基礎的な事が多めみたいだ。

 獅子亭での仕事もあるから、少しずつ体を慣らしていくつもりなんだろう。


 ちなみに、料理を運んだりして連日動き回ってはいたけど、マックスさんと違って重い鍋を振ったり持ったりはしないため、体が鍛えられているなんて事はなさそうだった。

 ただ、常に動いていたためにランニングをしていても平気そうではあったけどね。

 あれならすぐに勘を取り戻せそうだったし、近いうちに本格的に武器を使った訓練ができるようになりそうだ。


「アルネもそうだけど、フィネさんもこっちで良かったんですか? ヤンさんと話はしますけど、特に重要な話というわけではないんですけど……」

「俺は問題ない」

「私もです。それに、準備を手伝うくらいはできるようになりましたけど、お客さんが入るようになれば、私は足手まといですからね」

「足手まといと言う程じゃないと思いますけど……まぁ、新人さん達もいるから、無理に手伝わなくてもいいですかね?」


 冒険者ギルドへは、俺以外に獅子亭を手伝えないエルサだけでなく、アルネやフィネさんも一緒だ。

 二人共、お客さん相手での手伝いはまだ慣れていないようなので、一緒に来る事にしたようだ……暇なのかもしれない。

 ユノも最初は付いて来ようとしていたんだけど、新人さん達を指導するために残ると言っていた……手伝いの経験はユノの方があるからだろうけど、マリーさんやモニカさんがいるから必要なのかは疑問だ。

 まぁ、ユノは常連さん達にも人気だから、残っている方がいいかもしれないね――。



「では、明日にはエルフの集落へ?」

「はい。獅子亭の方も落ち着いたようですし、いつまでものんびりしているわけにもいきません。本来の目的はエルフの集落へ行く事ですからね」


 冒険者ギルドで、ヤンさんに元ギルドマスターに提案した事や、朝早くルギネさん達の情報を聞きに行った事を謝罪し、これからの予定の話に。

 元ギルドマスターに関しては、困った人……というような反応だったけど、特に気にしていない様子だった。

 むしろ、農園よりも冒険者と拘わっている方が、元ギルドマスターらしいと少し嬉しそうだったかな――。



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