第856話 裏道で聞こえた叫び声
「そうですか。リク様達なら問題ないでしょうけど、お気をつけて。それと……戻りの際には、またこちらへ寄りますか?」
「そうですね……エルフの集落から直接王都へ向かった方が、戻るのは早いですけど、一旦こちらに寄ろうと考えています」
エルフの集落でへは、エルサに乗ってヘルサルから真っ直ぐ南に二日かからない程度。
王都へ戻るのなら、集落から真っ直ぐ北西へ向かえば丸二日くらいで戻れるだろうけど、もう一度ヘルサルに寄ってから戻るつもりだ。
集落でどれくらい過ごすかにもよるけど、戻るのを急ぐわけでもないからね。
王城での食事に不満があるわけじゃないけど、獅子亭の料理は美味しいし、ヘルサルはなんとなく過ごしやすいから。
……獅子亭の料理は、下町の定食屋みたいな感じで庶民向けなのに対し、王城の料理は凝った物が多くて上品……両方美味しいんだけど、獅子亭の方が馴染みがある気がするのは、俺が庶民だからだろうね。
「わかりました。その際にはまたこちらに寄って頂き、エルフの集落での話を聞かせてもらえればと思います」
「はい。まぁ、何か面白い話があればいいんですけどね……」
「遊びに行くわけではないんだが……冒険者ギルドにはある程度、共有しておいた方がいい情報もあるかもしれないな」
エルフの集落は、まだ人間との交流が盛んという程ではないので、冒険者ギルドの支部はない。
さらに、周辺も大きな街はなく小さな村が点在しているだけなので、そちらも同じくだ。
なのでヤンさんとしては、冒険者ギルドがない地域の情報をと考えいているんだろう……支部のギルドマスターが気にする事かなとは思うけど、広い範囲で情報を持っていたいのかもしれない。
あと、一度はヤンさんもエルフの集落に行っているから、というのもあるかもね。
アルネが苦笑しながら、冒険者ギルドとエルフの集落の情報共有を約束して、ヤンさんとの話を終えた。
クラウスさんにも挨拶しておきたいけど、農園の事も含めて忙しそうだったし、急に訪ねても迷惑だからヤンさんに伝言をお願いしておいた。
エルフの集落から戻る際にヘルサルへ寄る予定なんだから、挨拶はその時でいいだろうからね。
冒険者ギルドを出た後は、なんとなくヘルサルを散策しながらゆっくり獅子亭へ向かう事にする。
早く帰ってマックスさん達を手伝うのもいいんだけど、新人さん達が育って来ているから、そちらに任せる事にした。
アルネとフィネさんが、暇になってしまうのもあるからね。
そうして、農園が始まって外から働き手が来ているからか、知らない人が増えたなぁ……なんて考えながら、裏通りと呼ばれる人気の少ない道を歩いている時だった――。
「ちょっとあんた! 何しているんだい!」
「ん?」
「叫び声が聞こえますね?」
「……何か、争っているような声だな」
俺達が歩いている先で、何やら大きな声が聞こえた。
人間より少し耳がいいのか、アルネは争っている声と断定している。
「ちょっと、お待ち!」
「誰が待つかよ!」
「おい、こっちだ!」
「こちらに来るようだ。どうする?」
「んー、どうするって言われても……」
「叫び声は、追いかけている方が女性一人、走ってこちらへ向かっているのが男性二人だな」
「そこまでわかるんだ……確かに男性と女性の声が聞こえたけど」
裏道の先から聞こえてきた声の主は、俺達の方へ向かって来ているようだけど、状況がよくわからないのでどうしたらいいのか……。
なんて少し悩んでいると、アルネが聞こえた声から正確に状況を伝えてくれる。
以前なら耳のいいエルサが教えてくれただろうけど、今は熟睡しているようだから、仕方ないか……キューをあげ過ぎたのかもしれない。
「リク様、争い事というか……男性二人が何かをして、女性が被害に合っているのかもしれません」
「数の少ない女性の方が追いかけるって、よっぽどですよね。じゃあ……」
「……ふむ、わかった」
フィネさんが、背中に背負っていた斧へと手をやりつつ油断なく道の先を見据える。
はっきりとした状況はわからないけど、声やアルネの判断から考えると、何かしらのトラブルがあって、男性二人が逃げ出し、それを女性が追っているという事なんだろう。
この時点で、男性側が確実な悪と決めつけることはできないけど、ただ事じゃない様子でもあるので、一旦捕まえると言うか、止めてから判断する事にした。
アルネとフィネさんに、近付いて来る声や足音を意識しつつ、それぞれにやる事を提案、承諾してもらった。
「よし、このまま走って撒くぞ!」
「おう! しかし、しつこい女だな……」
「どうせ追いつかれたりはしないさ。へへっ、たんまり金が入っているぞ? これで今日は美味いもんが食える」
「だな。確か、獅子亭って言ったか? 評判の店があるみたいだから、そこでな」
「あぁ。評判の店って事は、高いかもしれないが、もし足りなかったら暴れて逃げ出せばいいしな」
「おいおい、それじゃなんのために、あの女から荷物を奪ったかわからねぇじゃねぇか」
「もしも、だ。それに、店に入るのも並んで一苦労らしいから、ちょっと暴れれば中に入れてくれるだろうさ」
「おぉ、そいつぁいいな。金を叩きつけてやれば、店も文句はないだろうしな、はは!」
追いかけている女性の声や足音が離れたためか、俺の前を暢気に話しながら男が二人かけて通り過ぎていく。
見た目としてはあまり特徴はなく、ちょっと小汚いかな? という程度の男二人だった。
会話の内容を考えるに、女性からお金を奪って逃げているようだね……完全に黒だ。
というか、そのまま逃げられて獅子亭で暴れたりしたら、俺達が何かをする必要もなくかわいそうな目に遭うんじゃないかな? マックスさんやマリーさんだけでなく、ルギネさん達やモニカさん達もいるし……場合によっては元ギルドマスターまでいるから。
……獅子亭って実は、この街で一番安全というか戦える人が集中している気がする。
それはともかく、間違いなく黒だと判断したので、足音を立てないように一歩踏み出して両手を上げ、左右に振って合図を送った。
次の瞬間――。
「おぶっ!」
「風よ……」
「どうし……ぐわっ! ぐぅっ!」
片方の男の顔面に斧の腹部分がぶち当たり、声が聞こえた瞬間突風が吹いてもう一人の男の足下が掬われた。
風を受けた男は、そのまま走っていた勢いのまま顔面から地面にスライディングし、その背中を踏みつける足に寄ってくぐもった声を出して動かなくなる。
……斧がぶち当たった方は、既に気を失っているようだ……あーあ、鼻血まで噴き出しているよ。
「はぁ……はぁ……待ちな……え?」
「はい、少し落ち着いて下さいね。大丈夫です、逃げた男達はもう動けませんから」
男達を追って、息を切らしながらも必死で駆けてきた女性を遮り、安心するように声をかける。
とは言っても、突然現れた見ず知らずの俺が言ってもすぐ安心はできないだろうから、遮って走る足を止めさせながら、後ろで倒れた男達を手で示して見せた――。
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