第854話 元ギルドマスター来訪



 忙しさが続く獅子亭の中で、タフなマックスさんやマリーさんはなんとか大丈夫そうだけど、俺達が手伝っていても、ルギネさん達の方は結構疲れてきていたからね。

 そんな中、昼営業前の仕込みを始めるまでの時間で、マリーさんが十人くらいの人を連れて仕入れから帰ってきた。


「よろしくお願いします!」

「短い時間だけど、頑張りますわね」

「一生懸命、働きます!」


 などなど――マリーさんが連れてきた人達は、それぞれがそれぞれの意気込みを持っている様子。

 以前から予定していた、交代要員というか……人手の補充という事らしい。

 ただ、昼だけの短時間だったり夜だけだとか、一日ずっと働けるという人もいたりで、調整が大変そうだなぁ……そこの辺りは、マリーさんに任せるしかないけど。

 新しく来た人達は、全員がいきなり働けるわけでもないので、各自にある程度働く上での要領を説明した後、数人に分けてまずは手伝いという形で働いてもらう事になった。


 早い話が、研修期間みたいなものだね。

 いきなり、何も知らないのに忙しい時間帯を任せてもお店が回らなくなるだろうから、少しずつ教えて行く事になっている。

 厨房の方は、料理を任せられる人がいないのでまだまだ人手不足だけど、そちらにも手伝いとして二、三人が入る事になった。

 やる事は皿洗いや、食材の皮むきなど俺がよく手伝っていた事ばかりだけど……その事に関して、マックスさんは……。


「こうでもしてリクのやっている事を代わらないと、いつまでもここで手伝われちまうからな。まぁ、料理は少しずつ教えるとして、リク達は好きな時に街を離れればいい」


 なんて言われてしまった……お世話になっているマックスさん達を、少しでも楽にさせるためにと思って手伝っていたんだけど、逆に気を遣わせちゃったみたいだ。

 まぁ、邪魔にはなっておらず、助けに慣れたのは間違いないだろうと思うから、それで満足しておこう。

 そうしてさらに数日、少しだけ新しく雇った人達が慣れ始めた頃……。


「たのもー!」

「ん!?」

「あぁ、来たか。あいつはいつもこうやって訪ねて来るからな。慣れないと驚くが、わかりやすい」


 獅子亭で朝食を食べている時、店の入り口から響く威勢のいい声……つい最近、聞いた覚えのある声だ。

 ドアを勢いよく開けて声を響かせたので、俺もそうだけどモニカさん達も驚いている。

 動じていないのは、マックスさんもそうだけどマリーさんやルギネさん達も、落ち着いている様子……最近獅子亭を手伝っている俺達以外は、慣れているみたいだ。


「あ、まだ朝食を食べている最中でしたか。申し訳ありません、リク様」

「あー、元ギルドマスターだったんですね……」

「店が忙しいのを気遣ってか、食べに来る時以外は大体このくらいに来るんだ。まぁ、最初は俺以外の皆も驚いていたけどな」

「最初は驚いたが、以前は毎日のように来ていたから……さすがに慣れる」

「時折、仕入れの荷物持ちも買って出てくれるのよ。最近はセンテからの仕入れ以外に、ヘルサルで仕入れる量も多いから、助かるわ」


 俺達がまだ朝食を食べている最中だと気づき、威勢よく入ってきたのはなんだったのかと思う程、ペコペコし始める元ギルドマスター。

 そういえば、他の筋肉おじさん達と違って、元ギルドマスターは腰が低い人だったね……農園でも筋肉を見せつけるまではそうだったし。

 マックスさんが言うには、お客さんとしてじゃない時は獅子亭が忙しい時間帯を避けて、こうして訪ねて来るらしい。

 まぁ、お客さんで来ても、忙しくて落ち着いて話せないからだろう。


 仕入れで持って帰る食材を手伝ってくれる事もあるらしく、マリーさんは助かっているらしいし、毎日さっきのような感じで来られたら、ルギネさんのようにいやでも慣れるか。

 今は毎日来なくなったのは、農園での仕事を始めたからだろう……ギルドマスターだった頃は暇だったとかではなく、農作業って朝早くから取り掛かる事が多いみたいだからね。


「何度か、冒険者ギルドであった事があるが、そちらの四人でですね、リク様?」

「えぇと……はい、そうです」


 元ギルドマスターが、ルギネさん達リリーフラワーを一瞥して確認したのに、頷く。

 尋ねてきた理由は、俺が頼んでいたルギネさん達の訓練に関してだろう。

 獅子亭を手伝っている合間に、アンリさんを通してルギネさん達にも確認し、元ギルドマスターとの訓練に対する承諾を得ている。

 割とマイペースで、何を考えているのかわからない事の多いミームさんが一番乗り気だったのは驚いたけど……ルギネさんも賛成した。


 まぁ、アルネが言っていたように、アンリさんから俺の提案を話した時は、冒険者と美味しい料理が出る獅子亭の従業員の狭間で悩んだみたいだけど……人手に余裕ができてきたあたりで、どちらかを選ぶんじゃなくて、両立させれば問題ないと前向きに考えたみたい。

 ……お金を貯めて、ヘルサル以外の場所へ移動して冒険者として活動するという話は、どこへ行ったのかと疑問に感じなくもないけど、獅子亭の料理を食べて虜になったんだと思っておこう。

 元ギルドマスターとの訓練を通して、今までのように冒険者として活動するように考えるなら、それでもいいからね。


「ふむ……確か、Cランクのリリーフラワー、だったか。冒険者の活動としては、堅実に依頼をこなすと評判がいい。他の冒険者と揉める事も多く、周囲に被害をもたらす場合もあり、問題視されているパーティだな……」

「うっ……でも、被害を出すのは大抵アンリが大斧を振り回すからで……いえ、パーティの責任はリーダーである私にもあり、ます……」

「あらぁ?」


 元ギルドマスターとして、ヘルサルにいる冒険者の情報はある程度知っているんだろう、ルギネさん達を見ながらギルドでされていた評価を口にする。

 他の冒険者と揉めたり、周囲に被害、のあたりでルギネさんが怯みながらも言い訳をしようとしたけど、マリーさんに視線を向けられて反省した……アンリさんは不思議顔で首を傾げるだけだけどね。

 マリーさん、俺からは見えないけど多分ルギネさんを睨んでいたんだろうなぁ……パーティとしてとか、冒険者の心構えとか、気にする人だし。

 あと、モニカさんは何もしていないんだから、震えなくていいと思うよ?


「……元ギルドマスター、その情報最近知ったな?」

「え、そうなんですか?」

「くっ、マックス殿とリク様に隠し事はできんか……さっき、ここへ来る前にヤンを掴まえて、聞き出してきた」

「だろうと思った。元ギルドマスターが、仕事をしていないわけではないと思うが、鍛える事にばかり興味を持っている人間が、ギルドを離れても冒険者の事を覚えているわけがない。そもそも、ここに来ている時に何回も合っているのに、冒険者として見てすらいなかったからな」

「……あなたも、人の事言えないでしょう?」

「うっ……」


 マックスさんが元ギルドマスターに対して、胡散臭そうにしながら疑問を投げかけると、あっさり白状した。

 ヤンさん、朝早くから元ギルドマスターに襲撃……もとい、情報を聞かれたのか……寝起きを叩き起こされたとかではないといいけど――。



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