第818話 藁を代わりに



「藁……そうよ藁よ! どうして忘れていたのかしら!」


 エフライムの言葉に、喜ぶ姉さん。

 叺、というのは見た事がないけど、藁を編んで重ねると聞いてなんとなく想像はできる。

 麻袋ほどしっかりした袋じゃないけど、物を包んで衝撃から守ったり傷付かないようにするくらいはできそうだ……少なくとも、薄い布で包むだけよりはよっぽどマシだろうね。


「陛下、喜ばれていますが……どうしてブハギムノングで運び出された際に、叺を付かなかったのかが気になります。向こうもクォンツァイタが脆い物であると知っていたはずなのに、です」

「あー、それは多分、ブハギムノングが鉱山で採掘をする目的の街だからだと思うよ、エフライム」

「リク、そうなのか? 子爵領では、どこの村や街でも見られた物なのだが……鉱山街である事と何か関係が?」

「採掘を目的にしていて、畑を持っていないからね。そもそも藁がないんだよ。叺とか藁とかって聞いて思い出したけど、ブハギムノングでは藁らしき物を見た覚えがないからね」


 特に注意して見たわけじゃないから、どこかしらにはあるのかもしれないけど……食料を運ばれる際に包まれて持って来ていたりね。

 でも、ルジナウムもそうだけどヘルサルやセンテでも、それこそオシグ村でも藁束を見る事があったし、王都でも店や家の前に置いてあったりするのを見かける事がある。

 それは、街や村で畑を持っていたり、大量に食料が運ばれたり運び出されたりしているからなんだろうけど、ブハギムノングからは食料を運び出す事はほぼない。


 畑がないから仕入れるだけだし、鉱石は丈夫な物が多いから藁を使うという事が今までなかったからだと思う。

 仕入れの際に別の場所から叺に包まれて食料が来ても、王都へ向けて輸送する物を、使い古した叺に包んでなんてできるわけないのもあるかもね。


「成る程、そもそもに使って来なかったうえ、食料は入って来る物だけで出て行く物がないから、という事か」

「流通の質が違うのよね。鉱石は基本的にその名の通り石だから、加工前の物は多少の傷が入っても構わないし、大事な物の場合はもっと厳重にして運ぶ。今回のように大量に脆い物を運ぶ事がなかったんでしょうね」

「だと思うよ。だから、エフライムが言ったように叺……だっけ? それを使えば、今よりは割れて使い物にならなくなるクォンツァイタを減らせそうだね」

「陛下やリクが言っていたような、梱包材という物程の効果を得られないだろうが……少なくとも布で巻いて木箱に詰めるよりは、かなり良くなるはずだな。――陛下、藁に関しては付近の村や街に行けば捨てる程あるでしょうから……」 

「えぇ、そうね。まぁ、直接叺に包んでというのもあれだから、布に包んでその上からとするのが良さそうね。これで、輸送費用が大きくかさむ事はないわ」


 さっきまでの悩みはなんだったのか、というくらい明るくなった姉さんが、叺を使う事を決めてクォンツァイタの輸送問題は解消された。

 とは言っても、損失がゼロという程のものではないため、これからも対策を考えていく事になり、姉さんはすぐにブハギムノングへと叺を使う要請をするのと同時に、付近の村や街から叺を買い取ってブハギムノングへ運ぶよう連絡するようだ。

 ヒルダさんが淹れてくれたお茶を飲んだ後、連絡の準備をするためにエフライムを連れて部屋を出て行こうとした姉さんが、でもやっぱりプチプチが欲しいわ……なんて呟いていたけど、ちょっとそれは難しいかなぁと考えながら、俺もお茶を飲んでのんびりする事にした――。



 翌日からの数日間は、わりかしのんびりとさせてもらいながらも、エアラハールさん指導の下、訓練をしながら過ごした。

 指導とは言っても、エアラハールさんのやり方はあぁしろこうしろと言う事はほとんどなく、なんとなく助言を与えて各自で改善するというやり方だけどね。

 俺はともかく、冒険者の両親を持つモニカさんや、フィネさん程でなくともある程度冒険者としてやってきたソフィーには合っているようで、数日の間にも目に見えて成長しているように見える。

 その二人とは違って、難しい表情をしながら思考錯誤していたのはフィネさんだ。


 フィネさんは騎士団にも所属していた経験から、厳しくそして自分で考えるよりもやるべき事を言われる方に慣れているからか、どこを目指せばいいのかわからない様子だった。

 冒険者でもあるけど、基本的に戦闘訓練は騎士から学んだ部分や、騎士団員としてやっていた時期が長いために、自分で考えて自分で試すというのが苦手みたいだね。

 とはいえ、それでも自由にやる冒険者としての経験か、持ち前の賢さなのか、少しずつ慣れて自分の成長を実感して来ているようになった。


「ふっ! この! せいっ!」

「む……おっと、うわっと!」


 一日の鍛錬の終わりに、俺相手にそれぞれが向かって来る模擬戦の始め……まずはモニカさん。

 最初の頃と違って、今では俺一人に二人でではなく、一対一をするようになっていた。

 モニカさんは、槍を戻す事を考えているせいで一撃の威力が弱いとエアラハールさんに指摘されたけど、さすがにその部分をすぐに改善できてはいない。

 それでも、工夫を凝らして突き込む槍と一緒に体当たりをしてきたり、槍の払いを木剣で受け止めたら、手首を返して木剣を絡め取ろうとする動きが見られた。


 俺から見ても、まだ色々な事を試している途中なんだなとわかるので、さすがに木剣を絡め取られる事はまだないけど、少し危ない場面もいくつかあった。

 今も、横からの払いを防いだ俺の木剣を上に持ち上げて絡め取ろうとして、そこに気を取られた瞬間、さらに槍を突き込むという流れる動作を見せた。

 穂先は潰してあるから刺さる事はないけど、横の衝撃から上に持ち上げられるのを耐えていたら、急に点で襲い掛かられるというのは、結構怖い……なんとか身をよじって避けたけど。


「せっ! はっ!」

「あ……はぁ……まだまだリクさんには敵わないわね。今のは結構良かったと思ったんだけど……」

「さらに踏み込んで突き込まれるとは思っていなかったから、驚いたけどね。ただ、慣れていない動きだから、他の動作より少し鈍く感じたかな?」

「まぁ、今までやった事ない事だから、そこは仕方ないわね。繰り返し練習して、速度や威力を上げるようにするわ」


 身をよじったまま、槍からの圧力がなくなった木剣を振り下ろし、槍の真ん中付近を強打して打ち落とし、突き込む体制のまま流れているモニカさんに木剣を振り上げて静止。

 すぐに構えを解いて降参するように片手を上げるモニカさん。

 体の近くで急に突き込まれるのは少し怖かったけど、動作へ移る際に慣れない動きだから、少し鈍くなっていたし、突き込んだ後の瞬間は無防備だからね。

 フェイントとかを織り交ぜて、突き込みすら相手を誘導する動きに……となれば俺も対処は難しかっただろうけど……さすがに数日で簡単にできるようになる事じゃない――。



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