第819話 意表を突く捨て身の攻撃



「次、ソフィー嬢ちゃん」

「はい。行くぞリク!」


 モニカさんの次はソフィーの番。

 お互い木剣を構え、エアラハールさんに促されて模擬戦を開始する。

 モニカさんの時と違って、ソフィーは同じ剣だから打ち合うとお互いの距離が近いんだけど、最近では今まで少しは余裕を持っていられた距離でも、油断ができなくなっている。

 理由は簡単で、こちらはエアラハールさんの指摘とは関係なく、ソフィー自身の努力の成果だろう……繰り返し毎日の弛まぬ鍛錬のおかげで、踏み込みが速くなっているからね。


「っ! はぁ! く……せい!」

「っと! ん……しょ!」


 始まってすぐ、俺に対し斜めに剣を振り上げて踏み込むソフィー。

 以前よりかなり速いので一瞬だけ驚いたけど、すぐに木剣を持ち上げて振り下ろされるソフィーの木剣に備える。

 予想通り、左斜め上から振り下ろされた木剣を受け止め、悔しそうな声を漏らしたソフィーは、俺が斜めに木剣を持っている事を利用して自身の木剣を滑らせ、その勢いのまま体を右に回転させて横からの薙ぎ払い。

 ソフィーからすると、右斜めから左斜めに振り下ろし、手首を使って右側に木剣を滑らせて体を右回転させるという、無理に動きの流れを変えて無茶をするなぁ……と思うけど、これも鍛錬で得られた身体能力でもあるんだろう。


 とはいえ、そのまま素直に胴を薙ぎ払われるわけにはいかない……痛いから。

 ソフィーが回転しているあいだに、少し後ろに下がって距離を取りながら振り上げて防御する形になっていた木剣を下向けにして右側に持って行く。

 無理な流れをしてはいるけど、中々の衝撃を木剣で受け止めた……踏み込む速度だけでなく、体の動きそのものが速く強くんなっているようだね。


 もしソフィーが左に回転して、俺の左側から横薙ぎに降っていたら、危なかった可能性が高い。

 まぁ、木剣を滑らせる方向というか、振り下ろす角度や、俺が防御した時の木剣の角度があってこその速さなので、不可能に近かっただろうけども。


「今のも受け止めるか……上手く動けたと思ったんだがな」

「まぁ、何度も似たような事をされているし、エアラハールさんにも言われているから、多少離れて来たよ」


 ソフィーの木剣を受け止めた後、さらに後ろに下がって少しだけ距離を離し、お互い見合っている状態。

 悔しそうに、防がれた自分の木剣を戻して構え直すソフィーだが、その表情からは悔しそうな様子は一切なく、むしろ楽しそうですらある。

 ちなみに、エアラハールさんには俺がどうしようもない時には、力で薙ぎ払う癖があると指摘されたうえで、基本的に模擬戦では最初に防御側に回る事と言われていた。

 以前にもモニカさんとソフィー二人を相手に、防御や回避に回っていたのと同じくで、相手の攻撃をよく見て防ぐ事で、俺自身の無駄な動きをなくす改善にも繋がるそうだ。


 おかげで、さっきくらいの攻撃ならなんとか防ぐ事ができるようになったし、モニカさんによる咄嗟の突き込みも避けて反撃に転じる事もできるようになった。

 何度も攻撃を当てられて、痛い思いをする事もあったからなぁ……。


「では、次はどうかな? ふっ!」

「何か考えがあるように見せかけるだけ? っと!」


 ニヤリと笑った後、再び正面から踏み込むソフィー。

 先程とあまり変わらない動きに、ただのはったりかと思い、同じように振り下ろされる木剣を受け止めた。

 さっきと同じなら、ここからまた滑らせてからの回転だけど……。


「いつまでも同じではないぞ。はぁ!」

「っ! ぐぅ!」

「まだ、こっちもだ!」

「くぅ……っとぉ!」

「避けたのはさすがだが、これでっ!」


 受け止められて木剣を引いたソフィーは、そのまま足を上げて俺のお腹へ向かって前蹴り。

 予想していたなかったので、まともに食らって怯んでしまう……力の入った武器ではないので、痛みはほぼないけど、さすがに息が詰まる。

 さらに、俺のお腹を蹴った反動のまましゃがみ込みながら、回転して遠心力まで乗せた足払い。

 それに当たれば、転がされてしまう恐れがあるため、詰まった息を我慢しながらなんとか飛び上がって避ける。

 そこへ、さらに追撃とばかりに回転運動のまま体を起こしたソフィーの横薙ぎ!


「くっ! ぐ……まだま……とぉ! えぇ!? ぐふ……」

「むん! まだ終わってないぞ! せっ! はぁ!」


 身動きが取りずらい空中で、ギリギリのタイミングで木剣を動かし、横に払うソフィーの木剣を防いだまでは良かったけど、踏ん張りがきかないために、そのまま体ごと払われる。

 剣が体に当たって痛いとかはないからいいけど、少しだけ着地の体勢を崩されてしまった。

 だけど、すぐに足に力を入れて、立ち上がるバネのままソフィーへ反撃を……と思った瞬間、俺の顔面目掛けて真っ直ぐ飛んで来る木剣……ちょっとソフィーさん、参考にするのはいいけどフィネさんに影響され過ぎじゃないですかぁ!?。


 驚きながらも、通常なら首を痛めかねないくらい無理矢理捻って、飛んできた木剣を避ける……もし、首を痛めたら後でソフィーに文句を言おう。

 なんて考えている暇もなく、避けた首を戻してソフィーの方を見た俺の視界は、飛び蹴りを放った靴の裏でいっぱいになっていた……。


「まだまだ、全てを見通せはせんようじゃの、リク」

「いや、あれを予想するのはさすがに……今までのソフィーの戦い方を見ていたら、特にですよ」

「はぁ、ふぅ……ようやく、リクに勝った……意表を突けたおかげだが」


 投げられた木剣を避けた隙を突いた、ソフィーの飛び蹴り……靴裏が見事に顔面にめり込んで、俺が弾き飛ばされた時点で、模擬戦が終了となる。

 痛みは、やっぱりほとんどないけど、精神的に痛い……周りで見ていた人達からは、一瞬だけソフィーが俺の顔に足をめり込ませた体制で静止しているんじゃないか、というくらい見事に入っていたらしいから。

 地面に座り込んだ俺に、やれやれと言わんばかりのエアラハールさん。

 ソフィー自身は無理な動きをして息を乱していたけど、初めて一体一の模擬戦で俺に勝てたので、嬉しそうだった。


「というか、さすがにあれは反則じゃ……とは思いますけど、戦いに正も邪もありませんからね、はぁ……」

「ワシの言う事をよく理解しとるの。まぁ……ワシもあのソフィーの動きは予期しておらんかったし、どうかと思う部分もあるが、勝てば良いのじゃ」


 普段のソフィーの戦い方になさ過ぎるうえ、なりふり構わない戦闘法過ぎるだろうとは思うけど、エアラハールさんの言う通り、勝てばいい。

 魔物との戦いを考えたら、卑怯も何もないのだから、ソフィーの飛び蹴りだって悪い事じゃないんだろう……さすがに慣れない事過ぎて、無謀で無茶な攻撃法だとも思うけどね。

 ただ、後でソフィーはさすがに一つしか持っていない剣を投げるとか、飛び蹴りは捨て身過ぎるとか、エアラハールさんから直接注意を受けたようだ。

 予備の剣すら持っていない状態で、ただ一つの武器を投げるのは危ないよね、うん。

 魔物の耐久力や身体能力を考えると、飛び蹴りが当たらなかったり耐えられたりした時に危ないし――。


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