第811話 モニカさんへの槍の指導



「ワシだってそこらの使い古されて、もう捨てるしかないような物でも勝手に持って行っていいとは思っておらんよ。昨日のうちに、ヴェンツェルと話しておいたのじゃ」

「ヴェンツェルさんが……そうなんですね。許可が取ってあるなら、気兼ねなく使えそうです」

「気兼ねなく使っても、簡単に折ろうとするのではないぞ? まぁ、何やら訓練用に限らず、王城勤めの兵士達に関して、装備を一新する話があるらしくての。処分するのも手間だから、使ってもらえるならありがたいと言われたのう」


 装備を一新……それはもしかすると、帝国との事を考えてなのかもしれない。

 目の前にある剣は訓練用だから、ボロボロになっていても大丈夫だろうけど……もし何か武力衝突があるのだとしたら、使い古した装備よりも新しい装備にした方がいいんだろう。

 使い慣れた物の方が、という場合もあるから、個々人でどうなのかまではわからないけど。


「それじゃ、ありがたく使わせてもらいます。後でヴェンツェルさんにもお礼を言っておかないと……」

「律儀じゃのう。許可はワシが取ったんじゃから、その後で何かを言う事もあるまいに……ヴェンツェルも気にしないと思うがの。まぁ、英雄と持て囃されても驕らない姿勢は好感がもてるかの」

「性分というか、落ち着かないので」


 これも、姉さんの教育のたまものというのだろうか……小さい頃から、お世話になった人にはしっかりお礼を言う事と教えられて育ったから、お礼を言わずにいると落ち着かない。

 まぁ、エアラハールさんの言う通り、ヴェンツェルさんは確かに気にしなさそうではあるけどね。


「さて、リクの指導の次は、モニカ嬢ちゃん達じゃの。ちゃんと授業料を貰っている以上、働かんとのう……」

「「「……」」」

「よいせ……っと。あ、俺も参考になるかもしれないから、聞いておこう」


 邪魔にならないよう、エアラハールさんが持って来た剣をまとめて、訓練場の端へ移動させる。

 剣を運んでいる俺の後ろでは、エアラハールさんがモニカさん達への指導も始めたので、急いで剣を置いて話を聞くために戻った。

 戦い方とか武器が違っても、参考になるだろうからね。

 何故か、フィネさんも一緒にモニカさん達と同じように緊張しているんだけど……まぁ、一緒に訓練したからというのもあるんだろう。


 ちなみに、ボロボロの剣を使うのは魔物との戦闘時のみで、訓練の際には使わない……訓練だと、モニカさん達の攻撃を受けたり避けたりするように、と言われる事が多いしからね、木剣を使うようにしている。

 折れそうな剣とはいえ、真剣を使われたら危険とモニカさん達が言っていたのもある……。


「まずはモニカ嬢ちゃんじゃな。武器が槍で、一番の利点であるリーチを生かすように振るっているのは見てわかる。そして一番の弱点である、避けられた際の対応も十分じゃ。突いた後に槍を引き戻す速度は、数年来槍を使っている者にも引けをとらんじゃろう。マックスやマリー嬢ちゃんに教えられたのじゃろうの」

「はい、ありがとうございます! 母さんよりは、父さんですね。槍の使い方もそうですけど、長いリーチを生かせと何度も言われました。あと、槍の領域を意識しろとも……」

「ふむ、槍の領域とは、剣などの他の武器より長いリーチを持つ事で、広い範囲に対応するための言葉じゃな。剣よりも広く長く、対応できるのは大きな利点じゃ」


 モニカさんが持つ槍の長さは二メートル以上かな……それ以上に長い槍もあるみたいだけど、モニカさんの膂力で素早く動かせるのが、今使っている長さの槍らしい。

 当然ながら、ロングソードと呼ばれるリーチが長めの剣よりもさらに長いため、広い範囲をカバーできるのが最大の利点だ。

 そして、長いための弱点である一度突きや払いをした後の隙、これはマックスさんに言われて以前からひたすら反復練習をしていた事で、かなりの速さになっている。

 全く隙がないというわけじゃないけど、モニカさんの槍を受けたり避けた後、体勢を整えて反撃しようとしたら、既に槍を引き戻して次の動作に移っている事が多いくらいだ。


 もちろん、引きの速さを計算してすぐに反撃するように避けたり、剣でからめとって弾いて逆に体勢を崩させたり……そもそもに、力任せに攻撃したり距離を詰めて槍の利点を生かさせないように……という事ができなくはないけどね。

 でも、そうさせないようにモニカさん自身も腕を磨いているし、エアラハールさんの言うように、しっかりやりの利点を生かした戦い方ができていると思う。

 他の人と比べた事がないから、他に槍を使っている人に引けを取らないとかはわからないけど、十分に扱えているはず。


「はい。どちらかというと、敵に近い位置へと踏み込む剣と違って、槍は一定の距離を保っていた方が利点を生かせます。離れた位置にいる事で、視野を広くして仲間のフォローもするようにしています」

「うむ。完璧とは言えぬが、それなりに様になっているのはワシも認める。……しかしじゃ」

「……しかし?」


 モニカさんの言葉に、頷いて見せるエアラハールさんだけど、すぐに眉根を寄せて難しい表情になる

 褒められていたと思ったら、何やら悩む様子を見せたため、モニカさんは一気に不安になったようで、エアラハールさんの言葉をオウム返しして窺う姿勢。

 俺から見ると、特に指摘するような部分はないと思ったんだけど、エアラハールさんからはあるみたいだね……単純に、俺が槍の扱いに関してよく知らないのもあるだろうけど。


「槍の弱点は長いために、取り回しに隙が生じる事……これはモニカ嬢ちゃんもわかっている通りじゃ」

「はい……」

「じゃがの、その隙を埋める事を考え過ぎて、一撃一撃に力が込められておらん」

「力が……でも、全力で突き込み過ぎると、もし避けられた際に引き戻すのが難しくなって……」

「もちろんそうじゃ。避けられた際の事を考えるのは、槍に限らず当然の事じゃが……モニカ嬢ちゃんはそこを考え過ぎじゃの。ある意味、仲間を守ろうとして自分の隙を見せず、できる限りの事に対応しようとするマックスに似ておるのう」

「考え過ぎ……でも、槍の弱点を考えると、どうしても」


 隙を見せるという事は、敵にチャンスを与えるという事に繋がる。

 だから、皆を盾や最悪自分の体を使って守ろうとするマックスさんの戦いとしては、大振りにならないよう気を付ける必要があったのかもしれない。

 そしてそれは、槍を使うモニカさんにも受け継がれていた……って事かな?


「もちろん、もしもの事を考えず闇雲に全力で槍を振れだの、突き込めと言っておるわけではない。じゃが、ワシから見るとモニカ嬢ちゃんの一撃は避けやすいのじゃよ。力が込められておらんから、威力も速度もそれなり……格上の相手には通用せんじゃろう。そして、避けられた時の事を考えているから、戻すのも早いのじゃが、それを理解されれば戻しの速さにも対応されるじゃろうの。最悪、威力が低い一撃として、多少の怪我は覚悟で致命傷さえ避ければという考えで、突撃されかねん」


 槍の問題点を、指摘し続けるエアラハールさんに対し、モニカさんは神妙に聞いていた――。



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