第810話 新しい古い剣
「……ルジナウムにリク様が来た際に、随分みすぼらしい剣を持っているとは思いましたが、そんな理由が……」
「リクさんは今は持っていないけど、別の剣を使っているのよね」
いつも使っている、あの魔力を使う黒い剣は部屋に置いているから、今は持っていない……訓練するのは木剣が多いからね。
というか、あの剣はみすぼらしいと思われていたのかぁ……確かに、鞘もそれなりにくたびれていて、装飾もない簡素な物だったから仕方ないけど。
訓練場で使われていた物だから、簡素な物なのは当然なんだけど。
「じゃがリクよ、まだまだ鍛え抜かれた動きとは言えんぞ?」
「それはわかっています。まだ訓練も初めてそんなに経っていないですし、すぐに全てを習得できるとは思っていませんから」
「うむ。何事も地道な努力が必要じゃ。さすれば……ワシのように女子に触れるのも洗練されて……むおっ!」
「今いい所なの! 邪魔しないの!」
「……ユノ嬢ちゃんの邪魔はしていないのじゃが……ぐふ……」
「俺、剣の技術を磨きたいだけで、女の人に痴漢を働くために訓練しているわけじゃないんですけど……」
洗練された動き、という見本を見せようと手を伸ばして動き出すエアラハールさん。
確かにその動きは目で追えるかどうかくらいの、一瞬の動きで無駄が一切感じられないんだけど……なんか方向性が違う。
結局、エルサとリュックについて話していたユノが邪な動きに気付いて、モニカさん達に迫ろうとしていたエアラハールさんを横から殴り飛ばして妨害。
あの動きに横から乱入できるユノにも驚くけど、それを受けて壁に叩きつけられたのにも拘わらず、エアラハールさんにそこはかとなく余裕が見られるのも驚きだ。
お約束というか、もはやユノとエアラハールさんのじゃれ合いのようにも思える。
この一連の流れが何度も繰り返されているので、ユノもダメージが大きくならないようにしているのかもしれないし、エアラハールさん自身もわかっていてやっているからなんだろうとは思うけど。
というか、ダメージが大きくならないように人間一人を壁まで殴り飛ばすって、よくわからない……もしかしたら、ユノに剣を教えてもらった方がいいのかも?
なんて考えたけど、エアラハールさんは人へ教え慣れているようだし、ボロボロの剣とかのおかげで以前よりマシになった自覚があるので、無駄じゃないと思っておこう。
「もう一度、あれくらいの剣を使って鍛錬してみるかの?」
「もう一度、ですか?」
数分ほど、壁に叩きつけられたエアラハールさんの回復を待ち、改めて話し始めた際に、再び提案された。
またあの剣を使うのかと思うと、自分でも成果が出ているのがわかっていても躊躇してしまう。
折れないように意識しながら戦うのって、結構大変だからね……だからこれまで、力任せに剣を振る事が多かったんだけど。
というか、あれと同じ剣ってまだあるのかな?
「もちろん、前回のように厳しく見るつもりはないぞ? 折るなとも言わん……理想は折らずに済ませる事じゃがな」
「そうなんですか? まぁ、折れたら武器がなくなるので、戦う以上は折らないように意識しないといけないとは思いますけど……」
最悪の場合でも、いつも使っている剣があるにはあるけど……そちらにばかり頼るんじゃ、訓練にならないからね。
「それはもちろんじゃ。条件を甘くしたように感じるじゃろうが、それだけでは鍛錬にならんからの。それにもちろんの事じゃが、その剣を使ってのみ魔物と相対するようにするのじゃ。当然、できる限り魔法は禁止じゃぞ? 結界だったか……あれも鉱山だからこその例外じゃの。まぁ、使うしかないと判断したなら、使っても構わんくらいじゃがな」
「……わかりました。できる限り魔法を使わないようにして、剣で戦うようにします」
「うむ。おかしな癖とも言えるが、こういう事はさっさと済ませておくのが良いのじゃよ」
前回よりは緩い条件で、もし折れたとしてもモフモフ禁止! のような条件がないから、少しは気が楽だ。
だからといって、適当に臨むのではなく、ちゃんと鍛錬の意味を理解して真面目に取り組むつもりだけどね。
魔法に関しては、戦闘に拘わる事じゃければ大丈夫のようで、エクスブロジオンオーガの爆発から周囲を守るため、とかなら構わないようだから、問題はなさそうだ。
もしもの時は使ってもいいみたいだし、折らないように意識しながら戦うのは大変だけど、成果が出ているとわかっているんだから、断る理由はない。
「でも、あれくらいの剣ってそこらにある物じゃないと思いますけど、どうするんですか? お店に売ってある物ならちゃんとした物になりますし……」
とはいえ、そもそもに訓練のために使う、古びた剣が必要だと思うんだけど……あれくらいの物ってそんなにあるわけじゃない。
お店で売っているのは当然新品で、中古の剣とかは魔法具とかでない限りは一旦溶かされて、安い剣とか鍛冶師さんの練習用になるはずだけど……。
「ちょっと待っておれ……」
「え、あ、はい……」
まったく同じ物を用意するのは難しのでは? と考えてエアラハールさんに聞くと、俺達をその場に置いて訓練場にある木剣などが保管されている場所へ向かった。
というかまさか、またここにある剣を使うんじゃ……と思ってエアラハールさんを見守っていると、奥から十本近い剣を持って出てきた。
それなりに重そうだけど、簡単に運んでいるエアラハールさんは、高齢には見えないな……いや、見た目はお爺さんなんだけど。
「さすがにこれだけを一度に運ぶと、くたびれるのう……寄る年波には勝てんか」
「エアラハールさんは、まだまだ若いですよ。動きも衰えているようには見えませんし」
俺達の近くで、持って来た剣を地面に置いたエアラハールさんが、溜め息混じりに呟くけど……その様子は特に疲れたようには見えなかった。
息切れもしてないからね。
「瞬間的な動きはの。さすがに全盛期よりは衰えておるし、長くは続かんよ。ほれ、これを使うのじゃ」
「……でもこれって、お城の剣でしょう? 前回使ったのと似たように、使い古しているみたいですけど……」
「大丈夫じゃ。ちゃんと許可は取ってある。さすがに、ワシでも使い古しているとはいえ、無断でこれだけの剣を使えとは言わん」
「許可取ってあるんですね……」
エアラハールさんが持って来た剣は、前回くらいボロボロになった物はないように見えるけど、それでもかなり使い込まれた剣ばかりだ。
試しに一本手に取って鞘から抜いてみたら、刃こぼれしてあるのは当然ながら、錆びていたりもする。
前回ほどではなくても、荒っぽく使ったらすぐに折れてしまいそうだ……訓練用に設えた物なんだろう、鞘も柄も剣身も、飾り気はなく簡素なものだ。
以前は事後承諾だったから、勝手に使うと言っていいのか首を傾げていると、許可を取っているとの事。
一本ならともかく、十本……えっと、正確には八本か……それらを全部使うとなると、勝手に持って行っちゃだめだと思ったんだけど、そこは一応エアラハールさんも気を遣ったらしい。
それなら前回の時もと思わなくもないけど、あの時は思い付きみたいな部分もあったから、事前に許可が取れなかったのかもしれない……今回は同じ事をやるって決めていたんだろうなぁ――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます