第809話 がま口リュックはエルサのお気に入り



「まぁ、邪魔になるかどうか確かめないと、というのはわかるけど……さすがに人間用に作られているから、翼の邪魔になるかどうかは考えられてないし、それで不良品とは言えないんじゃないか? 幸い、見た感じだと大丈夫そうだけど」


 後ろから見るとよくわかるんだけど、リュックを背負ったままのエルサが翼を左右四翼ほど出して、小さくパタパタさせながら歩いている。

 それを見るだけでも、十分にリュックを気に入っていて機嫌がいいのはわかるんだけど、それはともかく。

 エルサの翼は、人間で言う肩甲骨のような部分よりも横から出ているので、背中は広くあいており、リュックが妨げにはなっていないようだ。


 元々、大きくなった時に荷物を持った俺達を乗せたりするときも確認していたけど、最初から誰かが乗って場所をとっても大丈夫なように、翼の左右の間隔は広い。

 ……ドラゴンを作ったらしいユノ辺りに聞いたら、誰かが乗る事も考えて作ったとか答えそうだけど……そもそも、人と契約する事を前提にされているようなので、誰かを乗せる事も想定していておかしくないのか。


「ふむふむだわー。これなら、何も邪魔にはならなさそうなのだわー」


 俺に確認していると言った手前なのか、わざとらしい声を上げながらよたよたと歩くエルサ。

 まぁ、そこまで邪魔にならないだろうというのは、背負わせた時点である程度わかるからなぁ……強がったり、意地を張ったりしそうだから、気に入ったんだろうななんて事は言わないようにしておこう。 


「背負ったまま飛べそうなのだわ? でも、いまは歩くのに慣れるのだわー。小さいから、誰かを乗せても邪魔にならないのだわ。さすが私、なのだわー」

「……」


 リュックを確かめていると見せかけるように、独り言を呟きながら歩くエルサを見ながら、ある事に気付いてしまったけど……機嫌を損ねないために、今は伝えないでおこうと思う。

 いずれわかる事だし、今は機嫌がいいままで過ごしてもらのが一番だ。

 ……俺が気付いたのは、エルサが誰かを乗せてもと言っていた事なんだけど、誰かを乗せるのはエルサ自身が大きくなるわけで……子供用どころか、赤ん坊用とすら見える大きさのリュックを背負ったままだと、大きくなれないだろうなぁ、と。

 背負ったまま大きくなったら、ワイバーンの素材を使っているとはいえ、耐えられずにちぎれてしまうだろうし……大きくなった状態だと改めて背負う事もできない。


 まぁ、頃合いを見て伝えて、大きくなる時は俺が預かるようにしておこう。

 ……ワイバーンの素材を取って来て、大きくなったエルサ用のリュックもララさんに作ってもらった方がいいかな? とは思ったけど、平常時に保管場所に困る可能性があるので、モニカさん達と相談してからにしようと決めた。

 大きい鞄だと、大量の荷物を入れて運ぶのに便利そうだけどね。

 そんな事を考えながら、機嫌良さそうに揺れるモフモフしたエルサの翼に手を伸ばそうとするのを我慢し、空に輝く月を眺めながら、城への道をいつもの倍以上の時間をかけて歩いて戻った――。



「ふむ、しばらく直接見る事はなかったのじゃが、自己研鑽を怠ってはいないようじゃな」

「はい、ありがとうございます」

「ぜぇ……はぁ……なんであれだけ動いて、リクさんだけ息が切れていないのかしら?」

「はぁ……ふぅ……まぁ、リクだから、で納得できるようにはなったがな……」

「はぁ……リク様もですけど、モニカさん達はいつもこんな厳しい訓練をしているんですね。ふぅ……私も、うかうかしていられません」


 翌日、休息もそろそろ終わりとばかりに、エアラハールさんが城へ来て、動きの確認も兼ねての訓練。

 本来フィネさんはその中に含まれていなかったはずなのに、一緒にいたからというのと、訓練相手に丁度いいからと巻き込まれていた。

 本人は、俺達がやっている訓練に参加できるからって、やる気満々だったけどね。


「ユノ、違うのだわ。こう、こうなのだわ」

「えー、でもこうした方が可愛いよ?」

「わかっていないのだわ。こうして背負う方が、今のトレンドなのだわ」

「むー……」


 ユノとエルサは、昨日買ったがま口リュックがお気に入りのようで、訓練には目もくれず離れた場所でお互いに背負い方について話し合っていた。

 俺から見れば、エルサがこうだという背負い方は特に変わりがなくて、どこで違いを見分けているんだろうという疑問はあるけど、楽しそうだから邪魔しないでおく。

 お気に入りになったからこそのこだわりがあるんだろうからね……というよりトレンドなんて言葉、どうせ俺の記憶からだろうけど……リュックの背負い方ひとつで、そんなに変わるのかな?


「無駄な動きや、緊張し続けている状態というのは、少しは緩和されたかのう……」

「はい。例のボロボロの剣を使ったおかげで、今まで力任せに剣を振っていたのが、少しは改善されたと思います。まぁ、剣は折れてしまいましたけど……」

「まぁ、そこは仕方なかろう。形ある物いつか壊れる物じゃ。むしろ、早々に折ると予想していたのじゃが、よくもった方じゃな」


 相手がエクスブロジオンオーガばかりで、倒す事自体は容易な魔物が相手だった事が大きいのかもしれない。

 これがキマイラやキュクロップスを、あのボロボロの剣で倒せと言われたらエアラハールさんの言う通り、すぐに折れてしまっていたかもしれないけど……爆発する事以外は、加減をしても楽に倒せる相手だったからこそ、力まずに考えて剣を触れたんだと思う。

 おかげで、これまでいかに俺が力任せ過ぎたのか、無駄な動きをしていたのかがぼんやりとでもわかるようになってきた。

 もし、エアラハールさんに教えられなかったら、ルジナウムの戦いの時はもっと消耗していただろうし、もっと早く戦えなくなっていたかもしれない。


「……以前よりは、リクさんの打ち込みが軽くなったように感じるけど、それでも十分重いのよね……」

「あぁ。それでいて、以前よりも振りが的確で早くなっているように思う。私達の攻撃を避ける動きにも、無駄が減ったようにもだな……それを感じられるだけでも、私たち自身が成長していると思いたいが……」

「そうよね。リクさんばかり見ているから、あまり実感はないけど……私達だってちゃんと成長しているわよね」

「モニカさんやソフィーさんの言う事、なんとなくわかります。大きく変わったとは思いませんが、以前無謀にも模擬戦を申し込んだ時より、リク様の動きが洗練されてきているようにも感じます。……ところで、ボロボロの剣というのはなんでしょう?」


 俺とエアラハールさんが話す近くで、モニカさん達が集まって何やら話している。

 何やら俺が使っていた剣について、フィネさんに説明し始めたようだけど……一応、フィネさんもその剣を見ているはず。

 まぁ、鞘から抜いて見せたわけじゃないし、フランクさんと話す時に腰から下げていただけだから、わからないのも無理はないかな。

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