第807話 鍛冶師の男性



「えっと……」

「あぁ、紹介するわ。こいつは……」

「こいつ扱いか……」


 俺や他の皆が戸惑っていると、ララさんから紹介される男性。

 その人は、王都の城下町で鍛冶職人をしている人らしく、ララさんとは昔馴染みらしい。

 正確には、ララさんが以前働いていた鍛冶工房の跡取りで、その頃からの付き合いで仲が良く、兄弟……いや、姉弟のような仲だとか。

 ララさんは、何を思ったのか理由は教えてくれなかったけど、その鍛冶工房を辞めてから鞄屋を始めて、一人で貴重な素材を扱ったり珍しいデザインの鞄を作って売っているらしい。


 ワイバーンの素材が大量に持ち込まれても、貴重な素材を買えたのは、以前鍛冶工房で働いていた伝手があったかららしい。

 金属に素材を混ぜるのは、ある程度熟達した職人ならできるらしいけど、布や革に対して使うのは王都でもララさんだけというのも聞いた。

 もしかしてと思って、ユノにがま口財布を出してもらって見せると、それもララさんが作った物だったらしい。

 財布を作った時は、ほとんどワイバーンの素材が手に入らなかった時なので、練習用に財布を作ったのだとか……鞄屋だから店では売らず、別の商品を仕入れしている人に安く売ったらしいけど……巡り巡ってラクトスの街の露天商のお婆さんに渡ったのかもしれない。


 もしくは、そのお婆さんが買い取ったのかも? ともあれ、がま口財布を買っただけでなく、その元であるララさんのお店を見つけたのは、面白い偶然だね。

 元神様であるユノが起点なので、もしかしたら必然なのかなとも思ったけど……本人は嬉しそうに買ったがま口リュックを背負って、ニコニコとエルサ用のも取り付けてあげているだけなので、よくわからないな……。


「リク様、おかげさまで自信作が幾つかで来てるんですよ。今度ゆっくり見に来て下さい!」

「あ、はい……」


 お互いの紹介をして、鍛冶師の男性は俺に驚いたり感謝したりと、一通りの対面を済ませる。

 男性……ルドルという名の三十代後半くらいの男性は、ララさんに何やら手紙を渡しにきたようで、用が済んだらすぐに戻らないといけなかったらしく、一言伝えてから去って行った。

 なんでも、ワイバーンの素材を使った武具のおかげで繁盛しているらしく、そこも感謝されたりもした。

 ソフィーが特に、武具に関して興味を持っていそうな素振りを見せていたけど、ララさんが近くにいたために話に加わらなかった……今度また、町を見て回る際にはソフィーのためにルドルさんの所にも行ってみようと思う。


「まったく、あの子はいつまでも私を頼ってばかりじゃいけないのにねぇ……」


 なんて、ルドルさんからの手紙を読んだ後にララさんが漏らしていた。

 ララさん、ガッシリとした体形だなぁとは思っていたけど、実は以前ルドルさんの鍛冶屋の先代さん……つまりルドルさんの父親がやっている鍛冶工房で一番の腕前だったらしい。

 まだまだ自分が未熟だと思っているルドルさんは、事あるごとにララさんに手助けを頼むとかで、手紙もそんな内容みたいだ。

 ララさんが言うには、才能という点ではルドルさんはピカイチらしく、自分を頼って来ずに精進した方がいいらしいのだけど、面倒見がいいようで、ララ案は頼まれたら断れないので渋々手伝う事が多いらしい。


 現在の本業である鞄屋が忙しくない時限定、と言ってもいるみたいだけど、珍しいデザインの鞄ばかり作ってお客さんが多いわけではなく、大体いつも手伝う事になっているとかなんとか。

 がま口の形とか、俺は他で見た事があって多少は馴染みがあるし、ユノが気に入ったのもあるから良かったけど……モニカさん達の反応を見るに、あまり人気の出るデザインとは言えないみたいだからね。

 そもそも、デザイン性よりも機能性が重視される事が多いのも原因みたいだけど。

 ちなみに、なぜ鍛冶師から鞄を作ることになったのかを聞いてみたけど、そこは乙女の秘密と言って教えてくれなかった……乙女と言われたら触れない方が良さそうだ。


「それじゃ、また来ます」

「えぇ。買ってくれてありがたかったわぁ。今度はもっと面白そうな鞄を作っておくから、また寄ってねー。サービスするわよ?」

「あははは……」

「また来るのー!」


 ユノ用とエルサ用の鞄を買って、ララさんの店を後にする際、ウィンクをしていたので苦笑で返しておく。

 モニカさん達はそれなりに興味を持った鞄もあったみたいだけど、さすがに買い替えるとまではいかなかったらしく、買ったのはユノ達の鞄だけだ……それでも結構な値段だったけど、ワイバーンの素材を使っているから仕方ない。

 自分で取ってきたワイバーンの素材の報酬で、その素材を使った物を買うのは少し不思議な気もしたけど、そういうもんだろう。

 背中にエルサとお揃いのがま口リュックを背負って、嬉しそうに手を振るユノを筆頭に、それぞれ挨拶をして店を出る。


 その際でも、ソフィーは少し離れがちだったから、やっぱり苦手意識みたいなのがあるんだろう。

 悪い人ではないし、腕も確かなんだろうけど……喋り方と見た目のギャップが凄かったからね――。



「え、アメリさんがわざと流した噂だったんですか?」

「えぇ、そうよ。正確には、ハーロルトに頼まれたんだけどね。なんでも、私が馴染んで話をした方が噂が広まりやすくて、それまでの噂も打ち消されるだろうからって」

「ハーロルトさんが……そうなんですね」


 鞄屋を出た後、それなりに町を歩いてそろそろ皆疲れている頃だろうと、雰囲気の良さそうなカフェに入って一息吐く。

 夕食にはまだ早いし、城に戻らなきゃいけない時間でもない中途半端な頃合いだから、休憩するのにちょうどいい。

 そんな中、暖かい飲み物を飲んでいる際に、アメリさんから新しい噂の真相を聞かされた。


「私は馴染むための世間話ができたし、丁度良かったわ。王都ではリク君の話がすごく受けがいいのよねぇ。まぁ、今流れている噂はリク君だとは言わないようにしてるけど、私は実際に助けられたから。それなりに実感を交えて話せたと思うわよ」

「信憑性というか、説得力が増したのかもしれませんね。それで、新しい噂が広まるのも早かったのかもしれません」

「まぁ、騎士かどうかはともかく、本当に空から飛び降りたからね……もうやらないけど」

「えー、格好良かったのに……もうやらないの?」


 アメリさんは空から降りてきた俺に助けられた人なので、想像とか適当に話すよりは説得力が感じられたのかもしれないね。

 とはいえ、ノリでやったはいいものの、なんとなく恥ずかしかったのもあるし、自分でもやり過ぎたとかもっと別の助け方があっただろうと思うので、さすがにもうやらないけど。

 ……またやったら、さらに噂が広まるかもしれないし、空から現れる騎士が俺だとか言われたりしたら、せっかく俺から逸れた人の目がまた向けられるかもしれないし。


「アメリさん、俺を抱えて逃げようとしましたよね? 恰好良かったとか、空から俺が降りた時に助かった、とかは考えていなかったはずでは?」

「あははー、まぁね。なんで空からってのはわからなかったけど、オーガに追わている時に少年が目の前に現れたからって、助かったとは思わないわ」

「まぁ、そうですよね……」



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