第806話 ちっちゃい鞄と子供用の鞄



 エルサにお小遣いをあげても、俺の頭にくっ付いたり誰かに抱かれている事が多いから、入れ物を持っておくわけにもいかないし、財布を首から下げていたらくっ付いた時に邪魔になる。

 だから、とりあえず預かってはいたんだけど……エルサとしては自分で持っておきたいんだろう。

 あと、予想通りではあるけど、おやつのキューを入れたいようだ。


「でも、キューを入れたらはみ出しそうだなぁ。まぁ、落とさないようにしておいたら、大丈夫かな?」

「そうね。お金を保管できれば大丈夫そうよね。キューがはみ出してる鞄を背負うエルサちゃんも、可愛いかもしれないわ。……さすがに、くっつけて入れるわけにはいかないでしょうけど」

「そうだね……キューの汁でびちょびちょになったお金はちょっとね……」


 まぁ、一緒に鞄に入れるとしても、布か何かで巻いて入れるのがいいかな……そこらは、いつも荷物に食料を入れて運んでいるから、慣れているし大丈夫だろう。

 キューが潰れたりするのが心配ではあるけど、エルサの事だから結界でも張って守るのに必死になりそうだし、そこまで心配はいらないかな。


「よし、それじゃエルサにこの鞄を買おう」

「やったー、だわ!」

「やったのー、エルサとお揃いなのー!」


 想像以上に喜ぶエルサと、手を上げてお揃いになるのを喜んでいるユノをモニカさんと微笑ましく見ながら、がま口リュックを持って男性の方へと向かった……とは言っても、そんなに離れていないけど。

 男性は、まだアメリさんフィネさんと話が盛り上がっているようで、邪魔するのは悪いけど商売だから仕方ないよね。


「すみません、この鞄が欲しいんですけど……?」

「あら? あらあらあらあら、さすがリクちゃんねぇ、お目が高い!」

「……リクちゃん?」

「「……」」


 男性に声をかけると、鞄を見て目を輝かせた男性が俺にちゃんを付けて呼ぶ……そんな呼ばれ方、物心ついたばかりに言われて以来な気がする。

 変に様を付けられて畏まられるのも困るけど、いきなりちゃんを付けてってのは……なんて思っていると、アメリさんとフィネさんが揃って明後日の方向へ視線を向けて口を閉ざしていた。

 ……盛り上がっていた話が俺の事って言うのは、なんとなく漏れ聞こえて来る内容からわかっていたけど、アメリさんかフィネさん……もしくは両方が俺の事をそう呼ぶようにとか言ったのかもしれない。

 まぁ、呼び方はなんでもいいから怒る気はないけど、いきなり慣れない呼び方をされると驚くよね。


「……え、えっと……この鞄、何か特別だったんですか?」

「もちろんよ。リクちゃん達がさっき興味を示していた、外の鞄と同じくワイバーンの素材が使われているわよ! 残った素材が少なかったから、小さくなったから誰にも見向きされなかったんだけどね……」

「残った素材……あぁ、成る程」


 買い取ったワイバーンの素材が足りなくなったから、小さいサイズでしか作れなかったのか。

 エルサなら丁度いい大きさでも、子供くらいしかないユノでさえ小さすぎる鞄だからなぁ……そりゃ、誰にも見向きされないか。

 だから、ワイバーンの素材を使った物でも他の鞄と一緒に埋もれていたんだろう。


「本当は、外に置いてある鞄と同じようなのを作りたかったんだけど、子供用を作ったら足りなくなったのよねぇ」

「子供用ですか?」

「えぇ。子供だって旅をする事があるじゃない? その時丈夫な鞄を欲しがるかと思って……結果は売れてないのだけど……」


 まぁ、大人に付いて子供が旅をする事があってもおかしくないね。

 ただ、冒険者でもない親子が高価な素材を使った、値段の高い鞄を買うかと言われると……その分大きな鞄とかいい物を買う方にお金を使う事が多い気がする。

 お金に余裕があるというか、お金持ちとかだったら別かもしれないけど。


「リク、リク。私用のもあるの?」

「ユノ用というか、ユノくらいの大きさに合うのもあるみたいだ。えっと……」

「ララって呼んでちょうだい。この店で鞄を作る事に命を懸けている、お茶目な女の子なの」

「……ララ、さんですね。それじゃララさん、このユノに合う大きさので、同じような鞄って買えますか?」

「もちろんよ!……ふぬ! ふむふむ、この形が気に入ったのね。思いついて作ったはいいけど、不人気だったから後悔していたのよぉ」


 子供用と聞いて、ユノが自分用だと俺の袖を引っ張って聞いて来るけど……ユノって子供扱いすると怒る事があるのに、自分が子供くらいの見た目だというのは自覚しているみたいだな。

 ……ちょっと扱いが難しい気がするけど、とりあえず店主の男性に聞こうとすると、俺がなんて呼ぼうとしているのか迷ったのを察したのか、簡単に自己紹介をしてくれる。

 ララという名前は、確かに女性っぽくはあるけど……女の子というのはスルーしておいた方が良さそうだ……あまり突っ込んでも、おかしな方向へ話が行く気しかしないからね。


 とりあえず、エルサだけでなくユノにも体に合った鞄をと、ララさんに聞いたら破顔一笑した後積み重なった鞄の中から、丁度良さそうな鞄を引っ張り出した。

 その際の声は、男らしく野太くて、ララという名前には合ってないような気がしたけど……こちらもあまり触れないようにしておく。

 

「おーい、ゲオルグさん! 珍しくお客が入ってんのかい!」

「……ゲオルグ?」

「ちょっと、その名前で呼ばないでちょうだい!」

「え、だってゲオルグさんはゲオルグさんじゃないか。なんでか、ララって名乗ってるけど……」

「私達にも、ララって名乗ってたわよね?」

「そうですね、アメリさん。本当はゲオルグって名前だったみたいです……」


 ユノ用の鞄、エルサ用の鞄をお揃いで買おうとお会計をしていた所で、別のお客さん……というより知り合いらしい男性が店に入って来て、ララさんの事をゲオルグと呼んだ。

 首を傾げる俺に、お会計中のお金の枚数とかを数えていたララさんが、焦って声を上げた。

 そんなララさん……もといゲオルグさん? に、新しく来た男性は首を傾げて不思議顔……俺の後ろでは、アメリさんとフィネさんがヒソヒソと話していた。

 アメリさん達には、俺が鞄を見ていた時にララという名前を名乗っていたらしい。


「ゲオルグは古い名前で、ララは魂の名前なのよ!」

「んー、よく知らんが、ゲオルグさんとこに客が入るのは珍しいなぁ?」

「放っておいてちょうだい! それと、ララと呼んで! せめて人前では!」

「あぁ? まぁ、いいか……お客さんら、ゲオル……じゃなかった、ララはこんな喋り方と見た目だが、腕は確かだ。特に、貴重な素材の扱いが上手くてなぁ……本来は鉄なんかに混ぜて使う素材でも、上手く布や革と合わせちまう。……まったく、その腕をまた借りたいもんだがな」

「そっちはもう辞めたの。今の私はしがない鞄屋の職人兼看板娘よ」

「娘って……」


 入ってきた男性は、ララさんに近寄りながら親しそうに話し始め、さらに俺達へ鞄というか、腕がいいとお勧めされる。

 最後には、溜め息混じりで借りたいと言っているから、この人も何かを作っている職人さんだったりするんだろうか?



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