第805話 鞄屋さんの中を見て回る



「あらあらまぁまぁ……正直、饅頭で作られていた顔は美形だけど、どこかいけ好かない感じがしていたけど……本物は可愛いのねぇ!」

「か、可愛い……ですか?」

「そうよぉ。もう、こんなに可愛い英雄様だったら、いっぱいサービスしちゃいそう!」


 俺が本物の英雄だとわかって、男性が今までの人達と同じような反応になるのかなと覚悟していたら、全く違う反応をされてしまった。

 体をクネクネさせながら両手で自分の頬を包んでいる仕草は、確かに女性っぽいのだけど……強面でスキンヘッド、さらに立派な髭があるのを忘れてはならない。

 とりあえず、饅頭の方が美形に作られているのは間違いないけど、いけ好かないとまではちょっと言い過ぎかな?

 それはともかく、サービスって言われても……内容を聞いたら色々と危険な気がするので、触れないようにしておきたい。


「えっと……とりあえず、お店にある商品を見せてもらっていいですか?」

「もちろんよ! なんなら、商品と言わず私も色々見せちゃうわよ?」

「いえ……それはちょっと遠慮しておきます……」

「んもう! 照れてるのねぇ? 遠慮しなくてもいいのよぉ?」

「……照れているわけじゃ、ないんですけどね」


 苦笑しながら、話を逸らすために商品を見せてと言ったら、なぜか俺が照れている事にされてしまった。

 このまま話していても埒が明かない……というよりおかしな方向へ行ってしまいそうだったので、俺の背中を押したアメリさんに任せ、ユノやモニカさんと商品を見て回る事にした……外に展示してある鞄よりも、ユノの体に合う鞄があればいいな。

 フィネさんはアメリさんと一緒に、なぜか意気投合しそうな勢いで男性と話し始め、ソフィーは商品を見て回るよりもできるだけ出入口に近い場所に待機して、男性へ近寄らないようにしている。

 ……ソフィーって、あぁいう男性が苦手とかなんだろうか? まぁ、信号機……じゃない、リリフラワーの人達の事もあるから、性別を越えた人物を警戒しているのかもしれない、と思っておこう。


「リク、リク。あそこに可愛いのがあるの!」

「おー、ほんとだなぁ。……確かに可愛いけど、これを持っていたら旅というより遠足っぽくならないか?」

「そうかなぁ?」

「ユノちゃん、確かにあれは可愛いけど……戦闘をするかもしれない場所に持って行くのは不向きね」


 商品を見始めて、まずユノが興味を示したのはがま口……ではなく、花の刺繍がされた鞄。

 大きさも大人用ではなく、子供用くらいなのでユノに似合うだろうというのはすぐにわかる物だね。

 だけど、さすがに戦闘で剣を振り回したりする状況を考えたら、耐久性に疑問が出てしまう……モニカさんも同じ意見だ。

 鞄そのものの耐久性はともかく、刺繍された部分がほつれたり、破れたりするかもしれないからね。


 どちらかというと、ちょっとした遠足用の鞄っぽくて、冒険者とかが持つには不向きそうだし、あまり多くの荷物は入らないようにも見えた。

 モニカさんに言われて、諦めたユノが他の鞄を探し始める。

 それに伴って、俺やモニカさんも店の中をゆっくり回って商品を見る……アメリさん達は、話しが盛り上がっているようで笑い声が聞こえるけど、なんだか俺の話をしているっぽいので今近付くのは止めた方が良さそうだ……巻き込まれそうだからね。

 ちなみに店内は広いと言えるほどではなく、あまり歩き回れるすぺーずは多くない。


 並べられている鞄が多いのが原因でもあるんだけど、売れずに放っておかれていたり、誇りを被っている商品がなく綺麗に並べられているのは、先程の男性がちゃんと管理しているからだろう。

 詳しくないながらも、鞄の値段や質が悪かったりは見えないから、いい店なのかもね……あまり馴染みのお店ってないから、癖の強い男性店主さんを気にしなければ、ここを贔屓にするのもいいかもしれない。

 鞄って、冒険者にとっては意外と消耗品に近い部分があって、よく買い換えないといけなくなったりもするから。


「リク、あそこに埋もれている鞄が気になるのだわー」

「エルサが鞄を気にするのは珍しいね。えっと……これかな?」

「あ、エルサがいい物を見つけたの!」


 商品を見ているうちに、エルサが幾つかの鞄が置かれている場所を示し、気になる様子で声を出した。

 食べ物以外で気になるというのは珍しいなと思いつつ、指示に従って鞄が積まれている場所から、エルサが気になると言った物を引っ張り出してみる。

 あまり商品に触れるのはどうかな? と思ったけど、男性の方からは何も言われなかったし、いくつかの鞄が積み重なっていたから仕方ない。

 取り出したその鞄は、外で展示されていた鞄と同じく、がま口の形……さらに、青色をしているのでワイバーンの素材を使った物のように見える……けど……。


「小さいな。これだとさすがに荷物らしい荷物も入らないし、ユノが背負うにしても小さすぎないか?」


 がま口リュックの形になっているのはいいんだが、それは明らかに小さすぎて鞄としての用途にはできそうにない物だ。

 ユノの財布よりは大きいし、背負えるようになって肩紐が二つあるれっきとしたリュックだけど……いくらユノが子供くらいの大きさといっても、小さすぎるくらいだ。

 縦横十センチくらいだろうか?


「……うん、やっぱりちょっと小さいの」


 他の商品を見ていたユノが、がま口リュックを取り出した俺に近付き、すぐに背負って見せる。

 何も入らないわけじゃないけど、旅の荷物を入れる鞄としてはさすがに機能しなさそうだ。

 大きさも、ユノの体が大きく見えるくらいだし、そもそも小さすぎて紐がちぎれそうだ……素材のおかげか、ちぎれる事はないみたいだけど。


「違うのだわ! それはユノのための鞄じゃないのだわ!」

「え? それじゃどうしてこれが気になるって言ったんだ?」

「どうしてなの?」


 ユノが背負った鞄が、小さすぎて外すのに苦労していたので手伝っていると、エルサから違うとの激しい主張。

 お店に入ったのもユノが気になる鞄のためだし、エルサもそのつもりで探してくれていたんじゃないのか?


「それは私用なのだわ! リクから小遣いをもらったのだわ、それを入れるのに丁度良さそうなのだわ! そのうえ何かを買ったら、それを入れられるのだわ! キューを入れるのだわー」

「あー、そういう事だったのか……」

「エルサも私も、リクにお小遣いもらったのー」

「エルサちゃんのお小遣い、財布は持てないし首から下げられないから、リクさんが預かっているのよね?」

「うん。まぁ、エルサとはいつも一緒にいるから、俺が代わりに持っているけど……これだと小遣いとは言えないかもね」



 成る程と思って、お小遣いを喜んでいるユノを見ていたら、他の商品を見ていたモニカさんもこちらに来て声をかけられる。

 冒険者ギルドで、報酬だとかの確認をした後、ユノやエルサにお小遣いをあげていた。

 ユノは財布の中に大事にしまっていたけど、エルサはそのまま持つわけにもいかず、入れ物もないため俺が自分のお金と一緒に持っているんだけど……まぁ、それだと小遣い感が薄かったのかもしれないね――。



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