第808話 噂と饅頭のタイミングが良かった
噂とは違い、実際空から降りた時には俺を見て助かったとは思わなかったと、笑って応えるアメリさん。
ヴェンツェルさんとか筋骨隆々とした人だったり、冒険者だとわかるような集団とかならまだしも、俺なんかが一人で現れたってオーガをどうにかできるとはすぐに思えないか。
最近はそれなりに筋力も付いてきたはずだけど、魔力に頼っている部分も多いせいか、まだまだ頼りない風にしか見えないもんな、俺。
とは言っても、さすがにヴェンツェルさんやマックスさんのように、筋力至上主義的な修練をしたいとは思わないけど……。
「まぁ、話の筋とかもほとんどハーロルトが考えた事ばかりだから、あまり自慢できる事じゃないのよね。一応、村で培った事は役に立った……かな?」
「村で培った事ですか?」
「えぇ。ほら、王都のような人の多い場所と違って、村は人が少ないでしょ?」
「まぁ、そうですね……」
背中にリュックを背負ったままのユノやエルサが、両手に持ったカップでお茶を覚ましながら飲むのを見ながら、アメリさんと話す。
村と街、王都の城下町で一番はっきりとした違いはやっぱり人口だろう。
人口が多ければ村ではなく街と呼ばれるようになったりもするし、規模や人の出入りも変わってくる。
だけど、村だからこそ培えた事が役に立ったというのは、どういう事だろう?
「人の出入りも多くない村だから、噂というのに皆敏感なのよ。外から入ってきた噂でも、翌日には全員知っているとかが当たり前。村の外には興味があっても、村からは出ないし出られない人ばかりで、娯楽みたいになっているわ。それで慣れているから、噂を別の話にすり替えるのもお手の物ってわけ。ハーロルトが考えた話もあってこそだけどね」
「成る程……」
「それに、リクさんの人気を使って商売している、あの饅頭もあったからですね、アメリさん?」
「そうね。私も食べたけど、美味しく作れていたわ。リク君を模していなくても人気が出ておかしくないと思うけど、模したおかげもあって短時間で王都の人達に広まったんでしょうね」
「以前は、リクの全身を模した物だったはずだが……おそらくパレードでリクの顔を見てから、今の形にしたのだろうな」
「リク様の全身饅頭の方も、食べて見たかったですね……そうすれば、私もリク様みたいに……」
「……美化され過ぎてて、もう別人の顔になってると思うけどね。――フィネさん、さすがにそんな事はないと思いますよ?」
フィネさん自身、冗談のつもりなんだろうけど一応突っ込んでおく。
ともかく、アメリさんが噂を広めるために王都の人達に話し始めたのと、饅頭が人気になって俺の顔が別方向へ認識され始めたのとで、タイミングが良かったというのが一番なんだろう。
もしかすると、ハーロルトさんが計算していた可能性すらある……これまでに何度か、もう少しで噂の方がなんとかなるみたいな事を言っていたからね。
「パレードの話はハーロルトから聞いたけど、私も見たかったわ。まぁ、その時実際に見た人達はあの饅頭に首を傾げる事もあるみたいだけど、それでもリク君の人気にあやかろうと、よく買われているらしいわ」
「饅頭を食べたからって、強くなったり人気になったりするわけじゃないんですけど……それでも、あの饅頭のおかげもあるんでしょうね」
美形の顔にされた饅頭が、俺の顔だとして皆に食べられるのはやっぱり微妙な気持ちにはなるけど、文句を言って辞めさせる気はないし、役に立ってくれてもいるのなら尚更放っておくしかないよね。
その後もアメリさんや皆と話しながら、お茶を飲んで談笑しながらのんびりした……話の内容は引き続き噂に関してだけど。
人の記憶は曖昧なもので、俺が冒険者ギルドに行く以外はあまり城下町へ行かなかった事と合わさり、饅頭の美化された顔に首を傾げながらも、段々とそれが正しい俺の顔だという認識に置き換わって来ているんだろうという話だね。
あとは、別の噂が流れていて関心がそちらへ向いている事もあって、実際に俺を見ても以前のように群がるという事がなくなった……という事らしい。
あとは、おとなしくして大きな事が起こらなければ、今の状態が続いて俺は何も気にする事なく大手を振って町を歩けるってわけだ。
まぁ、目立つ事をするつもりはないし、高級レストランに入った時のような反応をされる事はあるだろうけど……。
「だわー……っとっとっと……だわ」
「大丈夫か?」
「大丈夫だわ。あまり小さい状態で地面を歩く事が少ないだけで、すぐに慣れるのだわー」
「まぁ、二本脚の人間よりバランスはとりやすいか」
カフェで休憩した後、少し街中を歩いて夕食を軽めに済ませた後、王城への帰り道で珍しく地面を歩くエルサの様子を見ながら、後ろを歩く。
アメリさんはハーロルトさんの自宅へ戻り、モニカさん達はユノも一緒に宿へと戻るので別れ、俺達は城門から城までの道を歩いている最中だ。
日が落ちて暗くはなっているけど、特に急ぐ必要もないので、のんびりと城に着くまでの道を歩こうと思ったら、エルサが地面を歩くと言い出した。
移動する時は空を飛ぶか、誰かにくっ付いている状態の事が多いエルサにしては珍しく、小さい状態のまま俺から離れて地面を歩いている。
機嫌良さそうに歩くエルサは、歩き方を忘れたわけではないだろうけど、久々に地面を歩くので時折バランスを崩してよたよたとしているけど、二本脚で歩く人間と違って転ぶ心配はなさそうだ。
声をかけた俺に顔だけ振り返って答えた後、また城に向かってのろのろと歩き始める。
俺がのんびり歩く速度よりかなり遅めだけど、たまにはこういう感じも悪くないか……エルサも機嫌良さそうだしね。
「……でも、どうして急に歩くなんて言い出したんだ?」
機嫌がいいのはキューを食べた後によくあるけど、今まで自分から歩くなんて言う事はなかった。
なのに今日は、自分から歩くと言っていつもくっ付いている俺の頭から離れるとは……正直に言うと、モフモフが感じられなくてちょっと寂しい。
「……背中のリュックの感覚を確かめているのだわ。もし歩くのに邪魔になるようだったら、不良品なのだわ!」
「不良品って……まぁ、背負う物だから邪魔にならないように、というのは大事だろうけど」
後ろから見ていると、白い小型犬が歩いているようにしか見えないエルサの背中には、今日かったがま口リュックが背負われている。
ララさんのお店で買ってユノに着けてもらってから、夕食の時すら外さなかったから、よっぽど気に入ってくれたのかもしれないな……エルサ自身だと、背中にある鞄を外せないというのもあるかもしれないけど。
ちなみに、さすがにキューは入っていないが、小遣いを中に入れてしっかり口を閉じられている。
初めての小遣いを欲しがっていたし、鞄がお気に入りになったのもあって、自分で歩いて色々確かめたかったんだろうなぁ。
「それにしても、翼まで出さなくてもいいと思うけど……」
「翼の邪魔になるようだったら、不良品なのだわ。確かめるのも当然なのだわー」
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