第787話 証拠不十分でも警戒する必要あり



 これまでに帝国が関与している思しき事件で、姉さんをバルテルから助けて、被害は出たけど魔物の襲撃も退けた……姉さんが助けられなかったら、指示が滞ったり王城が混乱状態になったままで、もっと被害が出ていただろう。

 エフライム達を助けて子爵も自由に動けるようになって、いざという時にあちらの騎士団が動かせるようになったし、ルジナウムやその周辺が壊滅するのも防げた。

 ブハギムノングの鉱山でも、鉱石という資源を掘り出す重要拠点を元通り採掘できるようにしたし、爆発するオーガを研究している施設も潰せた。


 それぞれがそれぞれに、放っておいたら国中へ甚大な被害をもたらしていた可能性が大きいし、それを機に帝国が侵攻を開始してもおかしくない状況だったんだろう。

 大半というか、全てに俺が拘わっていたりして……それは完全に偶然で狙ってやったわけじゃないんだけど、なんとなく英雄と呼ばれるのも仕方ないかなと思ってしまった。

 まぁ、皆の協力あってこそだし、俺一人の力じゃないけどね。


「改めて考えると、リクの功績は計り知れないな……もしいなかったと思うと……」

「はい。リク様がおられるおかげで、我々はこうして国の行く末を話し合う事ができております。もしおられなかった場合、今頃この国は帝国の統治下にあってもおかしくありません」


 姉さんが俺と同じ事を考えたのか、感嘆しながら言う言葉に、宰相さんが答える。

 どれか一つが手遅れだったら、もしかしたら本当に国そのものが危なかったかもしれないなぁ。

 うん、なんとかなって良かった。


「しかし、その帝国だが……まだ尻尾を掴ません。というより、尻尾は見えていても証拠がない。これでは、正式に抗議する事もできん……こちらから侵攻するのも、論外だな」

「我が国は、帝国よりも領土が大きく、他国に隣接している部分も多いですからな。帝国以外とは、ある程度友好的な関係を築けておりますが……どこかが手薄になった途端、危うくなる可能性もあります。また、帝国と組んでいる国があってもおかしくありません。一つの場所に軍を集中させるのは、隙を見せる事になりましょうな……」


 アテトリア王国は、領土としてはかなり大きな国らしいけど、その分多くの国と隣接している。

 南西に帝国がいて、他にも複数……かろうじて、東は海に面しているから他国に面しているわけではないけど、海は海で船によって遠くから入り込まれる可能性もあるため、油断はできない。

 しかも、これまで帝国がしてきた事を考えると、他国にも何かしらの人物を潜り込ませたり、内通させている人物がいるかもしれないため、有効的な国だからと完全に安心はできないという事だね。


 さらに言うなら、帝国が元凶でこちらに何かを仕掛けている……というのを追求する事ができるくらいには、国家間にはそれぞれの関係性があるため、確証もないのに追及したら、逆に責められる事になって立場が危うくなるとかなんとか……。

 やっぱり、政治の事はよくわかんないし、難しい事が多いなぁ。


「文官達の中には、既に帝国を敵視していずれ事を構えるように、と考えている者もいます」

「私の方でも、そのような意見が多数上がって来ております」

「だが、今すぐそれをするのは難しいだろう。こちらからは侵攻はできないのだからな。そして、向こうからも今のところはっきりとした侵攻作戦を取られていない。現状は、睨み合いで様子見……というのが精一杯だろうな」


 文官のトップは宰相さんで、武官のトップはヴェンツェルさん。

 その二人が言うには、他の武官も文官も、多くが帝国と戦争を……と考えている人が多いらしい。

 まぁ、やられたらやり返すじゃないけど、これまでの事が全て帝国繋がりと考えたら、反撃したいと考えるのも当然なのかもしれないね。


「確証が得られれば良いのですが……ただ、懸念事項として帝国がどれだけの軍事力を持っているか、というのもあります」

「今回の事などを考えれば、人間やエルフ、獣人といった者達だけが戦力ではないと考えた方が良いだろうな。そしてさらに、ツヴァイのような魔力を与えられ、強力な魔法を使う者も考えられる」

「……楽観的に見ても、現状では侵攻ができないのは間違いありません。そして、向こうから侵攻された際にも、大きな被害を被るのは間違いない事かと。我々は、前もって一つの場所へ兵士を集中する事ができません」

「他国の動きが、もう少しわかれば多少は……といったところだろうが……ハーロルト、協力を取り付けろとまでは言わんが、情報を集めておけるか?」

「はっ! 我が情報部隊の総力を持って」

「うむ。もしかしたら、我々と同じように帝国から何かをされている国があるやもしれん。そういった国とは協力も考えられるだろう。まぁ、直接隣接していない国では、どうかわからんが……その辺りも調べ上げ、報告せよ!」

「はっ!」

「そしてヴェンツェルは、ハーロルトとも協力し、今回捕まえた研究者達からも何か情報を得られるよう尽力しろ。もちろん、ツヴァイからもな。どうしても口を割らなかった、魔力を与えた者の情報を聞き出せ。帝国が関与している確証も得られると、尚良しだ」

「はっ! 必ずや有益な情報を引き出すよう、尽力致します!」


 姉さんがヴェンツェルさんやハーロルトさんに指示を出し、ある程度の方針を固める。

 さらに、帝国に関して警戒を強めるとともに、国内で他に帝国が関与している事がないか、探るのも怠らないようにという方針だ。

 その中で、ハーロルトさんの部下を帝国へ潜り込ませて、偵察をする事も決まった。

 国境には結界が張られているけど、それは互いの国を隔てる壁の上、空に向けなので人が通れないというわけじゃない。


 上空からや、壁を無理矢理乗り越えて侵入しようとする存在を、通さないようにするためであるという見解が強いかな。

 一応、表向きは帝国とアテトリア王国の間で、雰囲気として一触即発なムードが漂っていたとしても、現状ではまだお互いの国で人が行き来しているため、そちらから正規の手続きを経て入国すればいいだけだ。

 ちなみに、向こうから不審な人物をこちらに侵入させないために、一度封鎖してみてはという意見も出たんだけど、それは却下となる。

 こちらから動いては向こうに侵攻する大義名分を与えたり、難癖を付けられる可能性があるためらしい。


 決定的な証拠と言える何かが見つかるまでは、こちらから大きなアクションは起こすべきではない、という結論だね。

 帝国の戦力や、アテトリア王国の方で何かまだ知られていない工作がされていた場合、それが元で足下を掬われる可能性があるかもしれず、用意周到な相手に対しては慎重にならざるを得ないから。

 これから先本当に事を構えるとしても、出来る限り盤石な体制を整えたい……というのが大方の意見で、向こうは先に動き出している分、先手を取られた感はある。

 だけど、それだけ帝国もこちらを一筋縄ではいかない相手と見ていて、単純に侵攻すれば勝てるというわけではないから、こちらも負けないように準備して備える事を怠らない、というのは最優先でという事だ――。



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