第785話 失敗と暴走



 兵士の離職に関して、この国では兵士から転職という人は少ないらしいけど、強制的な兵役というわけじゃないのだから、離職は認められているらしいからね。

 嫌々ながらに兵士をやっていても役に立たないし、全体の指揮にも拘るから……という事だ。

 それでも、長い間大きな戦争もなく、給料や待遇がいい事から離職者は少ないらしいけど、今回の事で離職率が上がるかもしれない。

 新しく兵士を受け入れて、訓練して……となると費用も時間もかかるから、ハーロルトさんだけでなく、軍の上層部としては頭が痛い問題かもしれない。


「……少し話が逸れたが、その男の死体はどうした?」

「一応、調べる必要があるかと思い、運んできております。ですが……」

「うん? どうした、何かあるのか?」

「何かあるというより、何もないのです。詳しくは、フィリーナ殿から」

「魔力や血がなくなった残骸……とも言うべき亡骸ですが、私の目で見ても、魔力が体に一切残っていませんでした。人間だった物……骨や皮などはあるのですが、ただそれだけです。魔力という観点で見るのなら、加工した木材や布と同等……ここにある椅子や机を見ているような感覚になります」

「魔力が完全になくなった、か。確か、人間が死んでもしばらくは体に魔力反応があるのだったな?」

「はい。エルフもそうですが……数日から長ければ数十日。それこそ放っておいて腐ってしまうまで、魔力がその体に残っているようです。さすがに、腐るまで確かめるといった事は試した事がありませんが……」


 魔力はつまり血であると仮定して、それが完全になくなってミイラに近い状態になったから、その男からは何も感じられなくなったんだろう。

 多分、地面に置かれていて何も遮る事がなければ、俺の探知魔法で反応を感じる事はできないと思う。

 探知魔法って、要は魔力を広げて魔力に反応させるソナーに近くて、遮られたりしなければ何も感じられないからね。


「魔力のない、ただの人間だった物体を調べる事になるか……だが、何もしないわけにはいくまい?」

「はい。なので持ち帰って保管させてあります。何かがわかるかどうかはともかく、同じ事が起こらないとも限りませんので、調べるしかありません」

「まぁ、調べる者には苦労を掛けることになるだろうが……魔力と血が放出される場面を見ないだけ、マシだろうな」

「……あの光景は、興味本位であったとしても見るべきものではありません。なんと言いますか……とてもではありませんが自然の光景とは見えず、おぞましさしか感じませんでした」

「魔力の広がり方、赤くなり血になる瞬間など、異様な光景であったと言えます」


 亡骸を調べる人は、そうなった経緯を知らされてもその場面を直に見ていないだけ、ヴェンツェルさん達よりはマシという事だろう。

 興味本位で見たがる人がいるかはともかく、見なくていいなら見ない方がいいだろうね……ヴェンツェルさんもフィリーナも、その時の事を思い出しているのか、凄く嫌そうな表情をしているし。


「それと、ある程度、混乱が収まった後、ツヴァイにあの現象がなんだったのかを尋ねました。もしかしたら我々に話していない事や、男に仕込んでいた何かがあるのかもと考えての事です」

「ツヴァイにか? だが、魔法を使って逃げる恐れがあるために、声を出さないようにしていたのだろう?」

「はい。とはいえ、リク殿が脅していたので、ツヴァイにはもう逃げる気配がありませんでした。それに、数人の兵士で武器を突きつけ、不穏な動きをしないようにしていましたので」

「……リクが、どう脅したのか少し興味があるが……そこは、後で個人的に聞こう。それで、ツヴァイからは何かわかったのか?」


 いや、脅したというか、フレイちゃんを呼んで見せただけなんだけど……まぁ、それがツヴァイにとって脅しとなるかもとは考えていたし、フレイちゃんが威嚇していたりもしたから、脅しである事に変わりはないか。

 姉さんに説明するの、面倒だなぁ……呼び出して見せて! とか言われそうだし。

 おっと、今はフレイちゃんの事じゃなく、ツヴァイに聞いたという話の方が重要だね。


「ツヴァイに話を聞いた際、最初に呟いた言葉が『失敗か……』と言っておりました」

「失敗? その男は、ツヴァイから何か実験をされていたのか?」

「いえ、その後詳しく話を聞きましたが、ツヴァイからではありませんでした。報告には上げましたが、リクとフィリーナ殿の話、ツヴァイから聞き出した事を総合して、何者かから魔力を与えられていたのですが……おそらくその事だと思われます」

「魔力を与えられていた……まさかそれが原因で?」

「確証はありませんが……その可能性は高いかと。ツヴァイも、魔力が暴走と言っておりましたので……」


 誰かからかはまだ判明していないけど、魔力を与えられていて男の魔力が通常の人間やエルフではありえない量になっていたのは確かだ。

 ユノの話も含めて考えると、それはすごく不安定で繊細な制御が必要だから、暴走してしまうことだってあるのかもしれない。

 男が息絶えたから暴走したのか、暴走したから息絶えたのか……なんとなく後者っぽいけど、ヴェンツェルさんが言っているように確証がないからわからない、といったところかな。


「だとしたら、ツヴァイも同じ事になる可能性があるのではないか?」

「いえ、ツヴァイ本人からの言ですが、エルフなので大量の魔力を扱う術は持っていると。確かに、人間よりエルフの方が基礎的な魔力量が多いので、暴走させる心配は少ないのかと」

「エルフの魔力が多いために、与えられた魔力との差が男よりは少ないため、影響も少ないと考えます。――どう、アルネ?」

「……話を聞くだけだから、なんとも言えんが……フィリーナの考えている事で合っているかと存じます。それに、エルフが多量の魔力を扱う事に長けている、というのもそうでしょう。それらが合わさって、エルフに対してであれば話しにあった男のように、暴走する可能性は低いかと。……そもそもに、他人に魔力を与えるという行為自体が、信じがたい事ですが……」

「人に魔力を与えるというのは、人間どころかエルフよりも魔力を持っており人物がいるという事になります」


 ヴェンツェルさんとフィリーナが、ツヴァイから聞き取った内容を元に、アルネに問いかける。

 こういう事は、研究熱心なアルネが一番説明できるし理解できる事なんだろう、そのアルネも、話を聞いただけなのではっきりとした事は言えないみたいだけど、考え方としては間違っていないようだ。

 ついでに、ユノとかから聞いた情報も、俺から補足しておく。

 

「リクのような、尋常ではない魔力を持つ者がいる、という事だな」

「はい。もしかすると、リクならば同じ事が可能なのかもしれませんが……」

「いや、アルネ……やめておいた方がいいらしいよ。俺は細かい制御が苦手だから、もしかすると魔力を与えた時点で暴走するかもしれないから」

「……与えた先から暴走して、フィリーナ達が見たのと同じ事が起こるか……地獄絵図になるな」


 与えた先から魔力と血が周囲に広がり、与えられた人はミイラに近い状態になって……なんて、想像すらしたくないね――。



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