第784話 男の末路
「息絶えたのに、魔力を扱う? そんな事、できるわけがないが……その者の持つ魔力は所持者の意思を反映させるはずだ。息絶えている状態なのに、意思があるはずがない」
「私もそう思うわ。けど、実際に私の目だけでなく多くの兵士がそれを見ているの。――陛下、その魔力は馬車内だけでなくその外にまで漏れ出す程、大量の魔力でした」
「……その全てが、可視化されていたのか?」
「はい。魔力による影響が何かしらあるかもしれないと、すぐに触れないよう距離を取りました。幸いにも、魔力の限界なのか、馬車の外に漏れだした魔力はあまり広くまでは広がらなかったのです」
「ふむ……まぁ、可視化されるだけでも異常な魔力だ、それが広がる事は確かにあり得ないとも言えるか。それからどうなった?」
「はっ、その魔力がどうなるのか、我々は戦闘態勢を整えて様子見をしておりましたが……」
「……」
「ん、どうしたのだ?」
魔力がその後どうなったのか、という部分で一度ヴェンツェルさんが言葉を止め、フィリーナも黙ってしまった。
姉さんがいきなり言葉を止めた二人に対し、どうしたのかと首を傾げている。
俺や他の人達も、同じように首を傾げた。
「……魔力が、赤く染まったのです」
「魔力が? 可視化された魔力は、魔法の影響で色を持つと聞くが……」
魔力を魔法に変換する際、使用する魔法の属性に対応する色に変わって見える。
火なら赤、水や氷なら青、風なら緑……とかいう風にね。
何にも変換されていない魔力は、白っぽい色をしているはずで……赤という事は、火の魔法?
いや……もしかしてオーガの研究のように……!?
「まさか……爆発を……?」
「赤という事で連想したのだろうが、違う。オーガのように爆発はしなかったし、火が発生する事もなかった」
「オーガやエクスブロジオンオーガは、爆発する性質を持つように仕組みながら、魔力を注ぐようだが、その男は違ったのだろうな……まぁ、リクがそう考えるのも仕方ないだろう。爆発するオーガの研究をしていた者なのだから」
もしかして、と思って呟くとヴェンツェルさんからは爆発しなかったという言葉と、アルネからオーガとは違うと言われた。
まぁ、赤というだけでそう考えたのは、ちょっと短絡的だったか。
最近、爆発するオーガを相手にする事が多過ぎたから、真っ先にそう考えてしまったんだろうけど。
「しかし、その魔力が赤くなるというのは、結局どういう事なのだ?」
「……血でした」
「血……だと?」
「赤くなった魔力は、そのまま血となって地面を、馬車を濡らしたのです……」
「魔力が……血になるだと? あり得るのか?」
「……絶対にない、とまでは言えません。魔力は生き物であればすべからく持っているものではありますが……人間やエルフは、血と同じように全身を巡っています。血と魔力が関係ない、とは言い切れないでしょう」
血と魔力か……確かに、体内の魔力に意識を向けたら、血管の中を巡る血のように循環しているから、もしかしたら血とは密接に拘わりがあるのかもしれない。
意識したらと言っても、魔力を放出するようにしたり、探査魔法の要領で調べるくらいまでしないと、よくわからないけど。
魔力は生き物であれば必ずあると言っても、全て意識的に感じるわけじゃないからね。
血そのものが魔力というわけじゃないだろうけど、血の中には多くの魔力が備わっていると考えれば、魔力と一緒に血が噴き出したとか、血が魔力になって……という事も考えられる、のかもしれない。
「魔力と血の関係は、今論ずるべきではないな。それで、その後はどうなったのだ?」
「いえ、ただそれだけでした。魔力は赤い血となって地面や馬車を濡らす、ただそれだけです」
「……原因となった男は?」
「落ち着いた事を確認し、馬車の中を調べましたが……乾いた死体となり果てていました。まるで、全身の血という血を抜きとれたかのように……」
「魔力というより、血が魔力になって全身から抜けた、という事なのだと思われます……」
姉さんの質問にフィリーナが答え、最後にヴェンツェルさんが付け加えた。
あまりの内容に、話を聞いていた人達全員……アルネでさえも口を閉ざして眉をしかめている。
魔力となった血が全身から湧き出て広がり、限界を迎えたところで血に戻って力を失った……その発端である男は、魔力というか血を全て放出したためにミイラに近い状態になった、という事なんだろう。
しかし、なんでそんな事に……ヴェンツェルさん達の話では、その前に既に息絶えていたとの事だから自らの意思でそうしたとは考えにくい。
だとしたら、なんらかの力が働いてという事になるけど……当然ながら、死んだ人間から魔力が放出されて、血液が全てなくなるなんて事はない。
魔力は自然の魔力もそうだけど、基本的にそれだけでは何も効力を示さないし、血になったり勝手に放出されたりはしない。
……まぁ、魔力量が多過ぎる俺なんかは、エルサ曰く滲み出ているらしいけど、それは特殊な例だろうしこれだって別に血が外に出ているわけじゃない。
ともあれ、そんな現象を目の前でみせられたら、ヴェンツェルさんやフィリーナが憔悴してしまうのもわかる気がするね。
あり得ないはずの事が起こって、どう報告したらいいものかとか、赤い血が降り注ぐ光景やミイラのような状態になった男を見たりなんて、精神的にかなり辛いだろう。
ヴェンツェルさん達だけでなく一緒にいた兵士さん達も、相当精神的には参っている可能性が高いね……トラウマになってなきゃいいけど。
「……その事を目撃した物は、他には?」
俺と同じ事を考えたのか、姉さんがヴェンツェルさんに問いかけた。
「その場にいた兵士の……約半数程度でしょうか。目撃した者には、数日程休むように言ってあります」
「そうか。ヴェンツェルやフィリーナがあれだけ憔悴していた光景だ……話を聞くだけでも壮絶だった事が想像できるが……我々は想像するだけだな。兵士の心のケアを怠らないようにしろ。もちろん、ヴェンツェルやフィリーナも、しばらくゆっくり休むように」
「はっ! 昨日一日休ませてもらい、多少は持ち直しましたが……まだ脳裏にこびりついております。陛下のお言葉、ありがたく……」
「……仕方ありませんね。兵士の中から離職者が出ない事を、願いましょう。個々人での聞き取りや、話をする事で多少なりとも楽になる者もいると思いますので、そちらも実行します」
「うむ、ハーロルトに任せる」
精神的なケアをするために、目撃した兵士さんはしばらく休むようだ。
激しい戦闘や激務をこなした、というわけじゃないけど、想像するだけでもかなりしんどい光景を見たのだから、今はゆっくり休んで欲しい。
フィリーナはまだしも、ヴェンツェルさんがしばらく休むという事に、ハーロルトさんが難しい表情をしていたけど、精神的な苦痛を考えて渋々承諾……まぁ、こちらは書類仕事を疎かにしているから、戻って来たらやらせようと考えていたからっぽいけど。
兵士の心のケアに関しては、ハーロルトさんが請け負ってくれたようだけど、トラウマになったり、怖くなって兵士を辞めるという人も出そうなのが心配な様子だね――。
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