第780話 暖冷の両方が合わさって最強の……



「はい、それはわかっています。ですが、エルフの研究に冷気を帯びる魔法具。さらに発展させて、冷たい風を出す魔法具があるのです。氷を作り出すよりも、さらに魔力を使ってしまうのでこれまで完成は断念されていたのですが……多くの魔力蓄積ができる鉱石が、入手できました」

「クォンツァイタ……ね?」


 冷気を帯びるはまだしも、冷たい風を出すのはクーラーかな? と一瞬思ってしまった。

 それはともかく、クォンツァイタに多くの魔力を蓄積させれば、その研究の魔法具も完成できるかも、とういう事か……。


「そうです。また、温かい風を出すという研究も同時に行われていました。ただ、こちらは焚き火で暖を取れば事足りるので、あまり進んでいないようですが……ともあれ、クォンツァイタを有効に使えば、それらの研究を完成させ、陛下やリクが話している温度管理というのができるかもしれません」

「エアコンね……」

「エアコンだね」

「……エアコン、ですか?」


 冷風に温風の両方……一つで両方ができるわけではないんだろうし、細かい部分は違うんだろうけど、アルネの話を聞いた姉さんと俺の意見は一致した。

 二人で顔を見合わせて思わず呟いてしまい、アルネだけでなく話を聞いていた他の皆も、首を傾げてキョトンとしている。

 あぁ、俺の記憶や知識が流れているエルサや、日本を知っているユノは別か……そもそもエルサは話自体に興味がなさそうだけど……キューの増産にも繋がる事だから、聞いておいた方がいいぞ?


「あぁいや、気にしないでアルネ。それで、その研究はすぐにでも?」

「いや……そちらは俺がやっていた研究ではないんだ。だから、もし必要ならエルフの集落にいる者達から、研究内容を聞き出す必要がある。だが……」

「何か、不都合でもあるの?」


 エアコンはともかく、温度管理ができるのなら一気にハウス栽培の話が進む。

 というより、やり方によっては今まで作れなかった作物も作れたりもするからね……土や水が合わないとか、そちらの条件もあって全ての作物が作れるわけじゃないけど。

 研究に関しては、アルネがやっていた事じゃないらしいけど、エルフの集落の人達は協力的だし、同じ集落出身のアルネなら問題ないと思っていたら、何やら表情を曇らせている。


「……研究というのは、それに携わっている者の結晶でもある。心血注いで研究した内容を、軽々と他の者に譲る事はしないだろう、とな。それが例え、同じエルフで、同じ集落の出身者であってもだ」

「それは確かに……そうかもしれないね」

「クォンツァイタの事は別だが、俺だってリクやエルサ様から聞いてた魔法の研究成果を、易々と他の者に渡したりはしない。まぁ、近しく信頼できる者だったら多少の事は話すだろうがな。リクやエルサ様は、研究のきっかけどころか魔法の根幹を揺るがす事を教えてもらえたので、もちろんこちらから進捗を伝えたりはするが、それくらいだな」

「ここでまた別の難題が出て来たわね……」


 アルネの言い分はわかる。

 誰だって、一生懸命研究した内容を軽々と持って行かれたくはないだろうからね。

 モリーツさんは、喜々として研究内容を話していたけど、あれは自分のやっている事が正しく、そして認められたいがために……という感じだったから、あれは特殊な例だろう。

 アルネが聞いても教えてくれないとなると、エアコンの研究成果をクォンツァイタと合わせるのは、難しいかもしれないなぁ。


「だがまぁ、リクならばもしかしてという可能性があるな」

「え?」

「リクはエルフの集落を救った、これはあの集落に住む者達全員が理解している事だ。実際に、一緒に戦ったりもしたからな。……長老すらも、それは認める事だろう」

「まぁ、俺だけじゃないけど、皆と協力してなんとか無事に済んだ、とは思うかな」

「あぁ。だからもしかするとリクからの求めであれば、研究成果も出す可能性はある。さらに言うなら、その研究をしていたエルフは、リクの魔法で酷い怪我を治してもらった者だ。覚えているか? リクが魔法で欠損していた足を治したエルフだ」

「あー……そういえばそんな事もあったね」


 あの時は、治癒の魔法の効果が想像以上に出ていて、驚いた記憶ばかりだ。

 正直、直したエルフに関してはどれがどの人か……なんていうのは覚えていない。

 まぁ、治すだけで名前を聞いたりもしなかったし、話しらしい話もしなかったからね。

 

「リクが治さなければ、あいつは研究どころではなかっただろうし、満足に生活する事もできなかっただろう。最悪の場合、怪我が元で死んでいた可能性もあるからな。だから、リクが言えばなんとかなる……かもしれない」

「かも、なのね?」

「はい、陛下。研究に対する思いは人間もエルフもそれぞれで、命の恩人にすら明かさない者もいます。ただ、リクが言う方が他の者が聞くよりも可能性がある、と思ったのです」

「成る程ね……つまり、りっくん?」

「うん、まぁ……何を言われるのかわかるけど……やっぱり?」

「すぐにとは言わないけど、エルフの集落にもう一度行ってもらえると、嬉しいのだけど……」


 そう言われるとは思っていた……姉さんから行けと強く言われない分、逆に断りづらい。

 姉さんは大体俺に対して強く命令をする事はないけど、お願いをされる事はそれなりにあった。

 逆に俺からお願いする事も多かったし、日本で姉さんが生きていた頃は、ずっと面倒を見てくれていた事もあって、聞かなきゃいけないような気になってしまう。

 まぁ、元々無茶なお願いじゃなければ断る気なんてないし、弟が姉のお願いを聞かないなんて俺の考えには無いんだけどね……完全に、姉に逆らえない弟の図だけど、それでいいと思っている部分もあったりもする。


「そうだよね。そう言われるとは思ってた。……すぐじゃなくていいなら、またエルフの集落へ行ってみるよ」


 以前、スイカの事でフィリーナがエヴァルトさん宛てに頼んだのもあるし、その様子見も兼ねて見に行くのもいいかもしれない。

 ついでに、ヘルサルに行って農地の様子だったり、マックスさん達とも会いたいからね。

 ……獅子亭の料理、時折すっごく食べたくなるんだよなぁ……癖になる料理というより、単純に美味しいからだけど。


「ありがとう、りっくん! やっぱり持つべきものは、頼りになる弟ね! だから好きよ!」

「……調子いいんだから……はぁ」

「リク、本当にエルフの集落へ行くなら、俺からも手紙を出そう。エヴァルトに近況を送らないといけないし、そちらの方が説明が容易いからな」

「うん、アルネが手紙で説明してくれると、ありがたいよ」


 俺が頷くと、表情を明るくして大袈裟に喜ぶ姉さんに溜め息を吐く。

 とりあえず喜んでいる姉さんは放っておいて、アルネが手紙を用意して詳しい説明をしてくれるようだ。

 研究に関して、俺は詳細にわからないし説明する手間が省けてありがたい。


「なんにせよ、明日はフィリーナやヴェンツェルさんの話を聞いて、様子を見てからだね。ここ最近色んな場所を行ったり来たりしていたから、もう少しゆっくりしたいし。だからエルフの集落へ行くのはもう少しあとだよ、姉さん」


 休む日も欲しいから、さすがにすぐエルフの集落に行くのはなしだよと、姉さんに言っておくは忘れないでおく――。



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