第777話 やたらと褒めたがる姉の悪乗り
連行中に、逃げた男が死亡し、その瞬間を見た人達が憔悴していると姉さんから聞く。
でも、少なくともヴェンツェルさんは、俺より年上で軍のトップだし、これまで様々な事を見てきているはず。
フィリーナはエルフの集落をあまり出ていないようだけど、その分エルフとして長く生きてきている……しかも特別な目も持っていて、俺なんかよりよっぽど色んな物を見てきているはずだからね。
そんな二人が、憔悴するほどの事って……一体何があったのか。
もちろん、数日に及ぶ拘束者の連行や長旅で疲れていた、というのもあるんだろうけども。
ただ目の前で人が死んだ、というだけで憔悴するような人達じゃないはずだ……そりゃ、平気とは言わないけど、憔悴するほどではないと思うんだ。
「その事も重要だけど、明日ヴェンツェルやフィリーナに話を聞けばいい事ね。……まぁ、酷い話じゃない事を願うばかりだわ。それはそうと、りっくん……クォンツァイタに関しては?」
詳しい話は明日という事で、前のめり気味に話を変えた姉さんの話す内容は、クォンツァイタに関してだ。
ヴェンツェルさんは別れ際に、俺が戻って来るまで二調べを進めておくみたいな事を言っていたけど、これは多分、俺が予想より早く帰ってきたからまだ調べられていないんだろう。
ブハギムノングにしろルジナウムにしろ、何か問題があればもう二、三日は滞在する事になっただろうからね。
「ここに戻る前に、ブハギムノング鉱夫組合の組合長から聞いて来たよ。数日前に、向こうの兵士さん達が王都へ向けて運び出したみたい。そんなに時間がかからないうちに到着するんじゃないかな?」
「そう。これでやっと、りっくん主導のハウス栽培ができるのね!」
「いや、俺主導というわけじゃ……結界を使うくらいで、基本的には現地の農業をする人達次第だよ」
「……陛下が、クォンツァイタを欲しているという話は、本当だったのですね。いえ、リク様の言葉を信じないわけではないのですが、どうしてもクズ鉱石と呼ばれて捨てられていた物が、価値あるものになるとは思えなくて……子爵様も、鉱山の事で悩んでおいででしたから」
馬車で運んでいるから、今日明日で到着とはならないだろうけど、そう遠くないうちにクォンツァイタが王都へ来るはず。
兵士さん達が運んでいるのもあって、確実に届くようにするはずだから信頼度も高い。
フィネさんには、ブハギムノングに行った時に一通り説明しておいたんだけど、半信半疑だったみたいだね。
フランク子爵の領内でもあるから、クズ鉱石と言われていた事は知っていて、それが重要な物になるとは考えてもみなかったようだ。
「まぁ、大量に出るというのは聞いているわ。捨てるしかない鉱石の処分には困っていたようだからね。でもりっくんが協力する事で、その鉱石が素晴らしい価値ある物になるの! 鉱山の悩みも農家の悩みも取り去れる……これもりっくんのおかげよね、さすが英雄!」
「そうですね、さすが英雄と呼ばれるリク様です! 鉱山も農家も救うとは……!」
「いや、あのね……? クォンツァイタに関しては、調べてくれたアルネ達のおかげだから。それに、やり方によっては魔法具にも使えるはずだし、結界を使うだけの俺よりも、アルネ達の方が貢献度は高いと思うよ?」
悪乗りして俺を褒め始める姉さんに、フィネさんが本気で乗ってしまう。
さすがにこれは止めないとと思って、調べてくれたアルネ達のおかげだと強調。
放っておくと、姉さんが言っているからというのもあって、モニカさんやソフィーだけでなく、ヒルダさんまで参加しそうな雰囲気だったし……というか、フィネさんって結構ノリ安い性格だったんだね。
「確かにアルネ達が調べてくれたおかげだし、他の事にも転用できるのであれば、その功績は計り知れないわね……。上手くやれば……いえ、上手くやらなくても革命が起きるわよ?」
「革命……は言い過ぎなんじゃないかな?」
「そう思うのはりっくんだけよ。これまで、魔力を蓄積する事ができる物があたとしても、それは一時的な物。蓄積される魔力量も少ないから、せいぜい明かりを灯すくらいにしか使えなかったわ。しかも、それには定期的に魔力を注がなければいけなかったの。使わなくても魔力が放出されたりもしていたわ」
「うん……まぁ、確かに蓄積できる魔力量が多いのが重要なのはわかるよ」
「魔力量が多ければ、それだけ長く使えるし色んな魔法が使えるわ。研究次第ではあるけど、これまでの魔法具よりも効果の高い物が大量に作られる可能性があるの。……これは、研究と同時に使い方も考えないといけないから、少し時間がかかるとは思うけどね」
アルネ達の功績を認めつつ、姉さんが熱っぽく語り始める。
確かに火ではない明かりを灯す道具として、魔法具が使われたりする事が多い……鉱山内でも使われていたからね。
でもそれは、数日程度……質が良くても十日くらいで魔力切れになるため、定期的に魔力を蓄積させ直さなければならない。
魔力を使って蓄積させて、という事を繰り返していくと素材そのものが劣化するし、発動する魔法……この場合は明かりの魔法の効果も薄れて、段々と明かりの光度が下がってきたりもするらしい。
それがクォンツァイタを使う事ができれば、大量の魔力を蓄積させる事で、繰り返し補充する回数が減るし、明かり以外にも色んな魔法を使うような魔法具が作れる可能性が高いわけだ。
なんだか従来のバッテリーに対して、大容量バッテリーが出てきたとかそんな感じに思えるけど。
ともかく今までの魔法具は、使う際に使用者の魔力を使う必要があったり、蓄積できても少量なので強力な魔法は使えなかったけど、それらの問題が解決するわけで……。
こう考えると、姉さんが革命と言ったのは大袈裟でもなんでもない気がするね、まさしく魔法具開発に革命が起きるかもしれない。
もちろん、クォンツァイタが実際に魔法具として魔力の蓄積や、魔力を再充填できればの話だけれども。
「アルネ達もそうだけど、エルフの知識はやっぱり侮れないわね。協力的になってくれて良かったわ……」
「アテトリア王国の歴史を考えれば、国側は特にエルフに対して何かをしたわけではありません。ですが、この国に定住したエルフ達は排他的であった、とされています」
アルネ達が協力してくれた事を喜ぶ姉さんに、ヒルダさんが歴史に関して付け加えてくれる。
へぇ~、そんな歴史があったんだ……そりゃ、国が進めばそこで生活する人も含めて、歴史という物が作られて行くんだろうけど。
「そうね。でも、それだって人間の国からの視点よ。それをただ盲目的に信じるのは危険だわ。エルフ側に立ってみると、もしかしたら国から何か不当な扱いを受けている、と感じたのかもしれないのだからね。もしかしたら、この国に定住する前に人間から迫害を受けていた、という可能性だってあるわ」
「はい。結局、それで今まではお互い不干渉に近い状態でした。魔法具に限らず、人間に使える魔法の技術提供などもしておりましたが、それも生活を維持するためという側面や、自分達の地位を確保するためという側面があったのでしょう」
姉さんとヒルダさんが、急に歴史に関して話し始めるもんだから、俺達は置いてきぼりになっている。
いや、モニカさんが興味深そうに聞いているね、こういう話が好きなんだろうか?
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