第737話 ヴェンツェルさん合流



「あ、それよりモニカさん! 何か布とか持ってないかな!?」

「急にどうしたの? えーっと……タオルくらいならあるわよ?」

「ごめん、新しいのを買って返すから、それ貸して!」

「え、えぇ……わかったわ……」


 このまま捕まえたら、イオスやツヴァイのように毒が仕込まれてたらいけないと思い出し、モニカさんに何かないかを聞く。

 急いで追いかけるために、エルサに乗って出発したから何も準備していなかった……最悪の場合は、服をちぎって口の中に突っ込もうかとも考えたけど、幸いにしてモニカさんがタオルを持っていてくれた。

 男の口の中に突っ込む物だから、後で返すにしても洗って返すのも気持ち悪いだろうし、新しいのを買って返すと約束して、モニカさんがふところから取り出したタオルを受け取る。


「ちょっと大きいか……ごめん、モニカさん。新しいのを買うまで、ちょっと我慢してね?」

「まぁ、タオルの替えはあるから、構わないんだけど……どうするの?」


 今は持っていないんだろうけど、野営地に荷物と一緒に置いてあるんだろう。

 とにかく、今はこの男が自決したりしないようにしないといけないから……。


「こうして……これくらいかな? ちょっとこっちを向いてねー……苦しいけど、息ができなくなるくらいじゃない、かな?」

「ゴホッ!……ガハッ! グ……な、ないほ……グググ……」


 事情を説明する前に、咳き込んでいる男の顔を掴んでちぎって適度な大きさにしたタオルを、口の中に突っ込む。

 鎧がお腹にめり込んだままになっているから、かなり苦しそうだけど……多分大丈夫、かな?


「捕まえるためだったのね。そういえば、ツヴァイとかいうのは、口に毒を仕込まれているって言ってたわね」

「うん。咳き込んで苦しんでいるから、すぐには噛みしめて毒を出したりはできないだろうけど、今のうちにやっておかないとね。あとは……こうして……」

「……随分苦しそうだけど、息できるのかしら?」

「多分大丈夫だと思うけど……窒息したらいけないか。ちょっとモニカさん手伝って」

「わかったわ」


 タオルの端切れを口に突っ込んだ後は、咳き込んだり自分の意思で吐き出さないように、残ったタオルを猿ぐつわのようにする。

 息が苦しそうに悶えているので、念のため男の鎧を脱がした方がいいと考え、モニカさんに手伝ってもらいながら、鎧をはぎ取りにかかる。

 その途中で、先程魔法をエルサに対して連発していた男が、意識を取り戻しそうだったので、モニカさんが槍の柄で小突いてもう一度寝かせた後、逃げないように手と足を縛って転がしておいた。

 縛るための物は、その男の服だったけど……おかげで上半身が裸に近い状態だけど、男だから別にいいか――。



「リク殿の事だから、先に追いついて捕まえている事は予想していたが……まさか二人で一緒に男を脱がそうとしている場面に出くわすとはな……」

「あははは、まぁ、ヴェンツェルさんも知っての通り、口に毒が仕込まれてたら使うのを防がないといけなかったので……」


 苦しそうに悶えたりしていながらも、弱々しく抵抗する男の鎧を脱がすのには、大分苦労した。

 モニカさんと二人がかりでも時間がかかってしまって、ヴェンツェルさんが到着した頃にようやく脱がし終わったくらいだ。

 その頃には男の意識はなくなっていたから、やっぱり呼吸が不十分だったようだ……鎧を脱がせたおかげで窒息する事はなくなったようだけど、放っておかなくて良かったぁ。

 ちなみに、男女二人で男に猿ぐつわを噛ませ、鎧を脱がせようと抵抗する男を抑えつけていた状況は、ヴェンツェルさんが溜め息を吐きたくなるくらい、怪しい光景だっただろうと思う。

 事情はわかってくれるはずだけど、知らない人から見たら完全に逮捕案件だよね……苦笑しか出ない。


「それはわかっているからいいのだが……それにしても鎧のこれは、やはりリク殿がやったんだろうな……むぅ」

「私も見ていましたけど、槍で傷をつける事さえ敵わない鎧に、拳がはっきりと突き刺さっていましたね」

「ワイバーンの鎧だからな。私のこの剣でも、全力で叩き込んでようやく……といったところか。それを素手でとはなぁ……まぁ、地下に突入した時に殴り飛ばしているのを見ているから、威力についてはある程度知ってはいるが」

「あははは……これでも手加減したんですけどね……」


 ヴェンツェルさんが見ているのは、男から脱がした鎧の一部……俺が拳でへこませたところだ。

 人間の急所の一つでもある、みぞおち部分を守るためなので、他よりも分厚くなっているはずのそこには、はっきりと俺の物だとわかる拳の形でへこんでいた。

 綺麗に拳を握っている指の形まで出るんだなぁ……なんて感心している俺を余所に、ヴェンツェルさんは自分の持っている大剣を手にして見比べる。

 オーガと戦っているのを俺も地下への突入時に見たけど、ヴェンツェルさんの膂力と大剣の重さを加えれば、ワイバーンの鎧をへこませるのはできるだろうね。

 ……あの時のヴェンツェルさん、オーガとそん色ない怪力に見えたからなぁ……オーガと同じなんて言ったら、怒られそうだけど。


「それで、あっちはなんなんだ?」

「あれは……誰なんでしょう?」

「……知らないで捕まえたのか? あんなにグルグル巻きにして……」


 ヴェンツェルさんが視線で示したのは、エルサに散々魔法攻撃をしていた男。

 今は来ていた服でぐるぐる巻きにされて転がっているうえ、口には当然ながら服の切れ端を突っ込んである……ツヴァイ達との関係や、毒が仕込んであるかはわからないけど、念のためだね。

 逃げた男と一緒にいたし、魔法を使って来たからとりあえず拘束させてもらったけど、ほんとに誰なんだろう?


「まぁ、あっちの逃げた男の仲間なのは間違いないと思います。一緒に逃げていましたし……エルサに向かって魔法を使って来ましたから」

「あの程度の魔法で私がどうにかできると思う方が、失礼なのだわ!」

「……そうか。一緒にいたのなら、仲間なのだろう」

「元々、合流して逃げるとか、そういった手はずだったのかもしれません。俺達が突入して、逃げる必要が出てきたからかもしれませんが……」

「そのあたりは、連れて行って調べる事にしよう。――おい!」

「はっ! 馬に括り付けて連行いたします!」


 結界を張っているかどうかにかかわらず、あれくらいの魔法なら直撃してもエルサが怪我をする事はなかっただろうから、憤慨する気持ちもわからなくもないけど、それはともかく。

 二人の男がツヴァイの関係者である事は間違いないので、このまま連れて行く事に決まる。

 ヴェンツェルさんが釣れていた兵士さんに声をかけ、数人がかりでそれぞれを馬に乗せて縄で括り付けて行く……完全に荷物扱いだけど、意識のない人間を運ぶんだから、それくらいはしないといけないか。

 途中で目が覚めて暴れてもいけないからね。


「あ、そっちのグルグル巻きにしている方は、魔法を使えるので気を付けて下さい」

「はっ! 注意をして、対処させて頂きます」


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