第738話 エルサは人気者



「逃げた奴……新兵の物のはずだった鎧を着た者は、魔法を使わないのか?」

「それがわからないんですよねぇ……もしかしたら、何か理由があって使えないのかもしれませんけど、捕まえるまでで魔法を使う素振りすら見せませんでした。探知魔法で調べると、ツヴァイと同等の魔力があるはずなんですけど……」

「ツヴァイと同等か……リク殿以外だと対処は難しそうだな。――おい、そちらにも魔法対策の準備をしておけ!」

「はっ!」


 口を封じているから、魔法をすぐに使ったりはできないだろうけど、こちらも念のために注意をするよう促す。

 俺に敬礼して了承した兵士さんは、持って来ていた魔法具をいくつか着け始めた……ツヴァイに着けたったのと同じ物だね、持って来ていたんだ……。

 作業を見ながら、ヴェンツェルさんが首を傾げて聞いて来るけど、もう一人の鎧を着ていた男の方に関しては本当にわからない。

 ツヴァイと同等で、あいつが使った魔法を使うくらいはできそうな魔力量だと思うんだけど、一切魔法を使う素振りを見せなかった。


 何かしらの理由があって魔法を使えないのか、それとも使わなかっただけなのか……使われると対処するのが面倒だったから、挑発したり話をしている時に聞いたりはしなかったけどね。

 どちらにせよ、対応していた方が楽だと考えたヴェンツェルさんが兵士さんに指示を飛ばす。

 鎧を着ていた方の男にも、魔法具が着け始める……ツヴァイの時と比べると、数が少ないように見えるような?


「着けている魔法具、ちょっと少なくないですか? どれだけの数でどれだけの効果が出るのかわかりませんが……」

「あれは、本来部屋の音や声を外へ漏らさないようにするためだから、四つ一組なのだが……一人だろうと考えていたから、数を持って来ていない。それに、急いでいたからな……あと、あれでも結構、高価なのだぞ?」


 ツヴァイは十個以上着けられていたと思うけど、男達にはそれぞれ四個ずつしか付けられておらず、比べて少ないのではと疑問を浮かべる。

 ヴェンツェルさんが言うには、急いでいたから数を用意できなかったらしい……まぁ、本来の用途とはちょっと違う使い方だし、ないよりはいいのかな。

 それにしても、あの数センチ程度の小さい飾りにしか見えない魔法具でも、高価な物なのかぁ。

 まぁ、魔法具は魔法の効果を継続させたりするため、希少な素材を使ったりしていて、総じて高価な物になるとは聞いたけど、大きさは関係ないのかもしれないね。

 クォンツァイタの利用で、少しは変わればいいんだけど……あれは結界維持の魔力保存を優先されるだろうけど、数が出回れば状況は変わってくるはずだからね。


「さて、後は戻るだけだが……リク殿、一つ相談があるのだが?」

「ん、なんですか?」


 追いかけていた男達は捕まえて、後は運ぶだけ……なんだけど、なぜかここで微妙に俺の頭をチラチラと見ながら、ヴェンツェルさんからの相談。

 俺の頭、というよりエルサを見ているのかな?


「その……帰りに私を、エルサ様に乗せてもらえないだろうか? ルジナウムに行く時に乗ったが、もう一度ドラゴンに乗りたいと……」

「あー、ズルいですよ将軍! 俺達だって乗りたいのを我慢しているのに!」

「そうですよ! 将軍がリク様に頼むのなら、俺達だって頼みたいです!」

「えぇい! お前達はその男達を運ぶという仕事があるだろうが……!」

「そう言って、自分が乗せてもらう言い訳にするつもりですね!?」

「……エルサ、人気者だな?」

「あんまり嬉しくないのだわ……」

「まぁ、確かにエルサちゃんに乗れる機会なんて、普通はないわよね。私も、初めて乗せてもらった時は感動したものよ」


 ヴェンツェルさんの相談というのは、エルサに乗りたいという事だった。

 エルサが大きくなれば、俺やモニカさんだけでなく他にも多くの人を乗せられるとは思うけど……というか、ヴェンツェルさんだけでなく、他の兵士さん達も乗りたかったんだ……。

 ヴェンツェルさんが言い出したのをきっかけに、連れて来ていた兵士さん達も声を上げ始めた。

 エルサの方は、嬉しくなさそうに声を出しているけど……微妙にウズウズしているように感じるのは、俺とエルサが契約して繋がっているからかもしれない。


 エルサ、空を飛ぶのが好きだからなぁ……人を乗せるのが好きとまでは言えないかもしれないけど、自慢したいような心境なのかもしれない。

 それとモニカさん、確かにエルサに乗るのは俺達以外だと普通はない事かもしれないし、初めて乗った時に感動もしたんだろうけど、どっちかというと怖がってたよね?

 ヘルサルからセンテに行く際に乗った時が最初だったけど、あの時エルサから降りて地面に立った足が震えていたし……今では慣れたものだけども。


「えっと、とりあえず何人かを乗せるのはいいんですけど、馬がいるので全部は難しいですよ? 馬まで乗せるのはちょっと……」

「飛んでいる時に暴れたら落ちるのだわ」


 ドラゴンとしての気配が原因なのか、馬とエルサって相性が良くないんだよなぁ……今も、エルサがくっ付いている俺の方には、馬が嫌がって近寄ろうとしていない。

 そもそもに、大きくなったエルサに乗せるのも一苦労だろうし、乗せたとしても飛んでいる時に暴れたら危ないからね。

 馬が落ちるだけじゃなく、近くにいる兵士さんも落ちる危険があるから……まぁ、結界で受け止めれば怪我をしたりはしないんだろうけど。

 とはいえ、さすがに結界で運ぶわけにもいかないだろうし……。


「馬も連れて帰らなきゃいけないんで、そこも考えないと……」

「まぁ、誰も乗らない馬を連れてとなると、移動速度が落ちてしまうな。ふむ……」

「急いではいませんけど……男達を早く運びたいですし、施設の方をマルクスさんに任せっぱなしですからね」

「あちらはマルクスに任せておけば良いと思うが……捕まえた者を連れている以上、あまり時間をかけられんか。では、やはりここは私だけエルサ様に乗るとしよう!」

「将軍、ズルいです!」

「そうです! それなら将軍が指揮をして、私が乗った方がいいでしょう!」

「えぇい、お前達! ここは年長者であり将軍である私が優先であるべきだ!」

「将軍、いつもは作戦行動時以外は年齢も階級も関係なく、分け隔てなく接しろって言っていたじゃないですか!」

「こういう時だけ、年齢や身分を持ち出すのは卑怯ですよ!」

「うぬぬ……年齢差や階級差の隔たりをなくそうとしていたのが、裏目に出たか……」


 エルサに乗る権利を求めて、言い争うヴェンツェルさんと兵士さん達。

 将軍という身分で、軍のトップであるヴェンツェルさんが強権を発動したら、それで収まるかと思ったけど、そうでもないみたいだ。

 作戦行動をしている時は統率を取る必要があるからだろうけど、それ以外ではあまり年齢や階級で差を付けていないらしい……まぁ、それでも一応敬語だったり多少なりとも意識している部分はあるんだろうけどね。

 どうしたもんか……。



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