第736話 手加減しながら物理で決着
「フレイちゃん……は止めておこう。酷い事になりそうだから」
「どうして?」
「だって、ワイバーンの鎧は火に耐性があるんでしょ? それを越える火力で燃やすとなったら、着ている本人がどうなるか……」
「あー、そうね。あまり見たくない焼けた人間が出来上がるわね……」
「焼けただけなら、まだいいんだけどね……」
フレイちゃんを呼べば、ワイバーンの鎧なんてものともせずに火を通す事も可能だろう。
火で包めば、鎧を貫通しなくても来ている人間を酸欠にする事だってできるだろうし、自分でどの程度の火力を出すかという調整ができるフレイちゃんなら、あまりひどい事にはならないと思う。
けど、もし万が一やり過ぎてしまったら、男が焼けてしまうだけでは済まなさそうだからね……頭に思い浮かべたのは、王城にワイバーンが来た時にエルサが地上に落とさないよう、完全に秀消滅させていた光景。
さすがにあそこまでとは言わなくとも、フレイちゃんならそれくらいできそうだし、焼いてしまうと話も聞けなくなるので避けておきたい。
「となると……やっぱり、剣でいくしかないよね。あとは拳かな?」
「大丈夫なの?」
「ワイバーンの固い皮膚すらスパスパ切れるからね、大丈夫だよ。拳の方はグリーンタートルの甲羅も破壊できるし」
「……それもそうね」
結局、物理でなんとかするしかないと考え、収めたままにしていた剣を鞘から引き抜く。
隙間を狙う事はできなくとも、この剣なら鎧を斬り裂くくらいはできるだろうし、グリーンタートルの甲羅を破壊した拳だってある。
なんにせよ、勝ち誇っている男には悪いけど、俺相手にはワイバーンの鎧はあまり意味がないという事だね……やり過ぎるとフレイちゃん以上に危険だから、手加減はもちろん必要だけど。
「……無駄だと言っているのに、やる気なのか?」
「もちろん。無駄かどうかは、やってみないとわからないからね?」
当然ながら、無駄ですらなくやる前からわかりきっている事ではあるんだけど、手の内を明かす意味もないから挑戦するような雰囲気にしておく。
「先程も見ていただろう? そこの女が槍で突いても、この鎧には傷一つ入っていない。……どのような魔法を使ったのかは知らんが、ツヴァイを焼き殺したというのも、ワイバーンの素材を使っているこの鎧には通用しない」
「いや、殺していないんだけど……」
「ツヴァイが死んでいない?……それが事実だとしても、その程度ならば尚の事だ!」
いやまぁ、死なないように手加減したからなんだけど、実際に見ていない男からすると、それだけ弱い魔法とか炎だったと思えるんだろうね。
あの時の事は、他の誰かから聞いただけで詳しく知っている様子じゃないみたいだし……あの場にいた研究者の人からすると、俺が焼き殺したようにも見えたのかもしれないから、そこから聞いただけなのかも。
とにかく、それならフレイちゃんを呼び出して試してみようかな? と一瞬考えたけど、せっかく剣を抜いたのでそちらで決着をつける事にしようと思う。
フレイちゃんは呼び出した方が喜びそうだけど、頼りっぱなしっていうのもいけないからね。
「まぁ、なんでもいいからとりあえず試させてもらうよ。俺から行った方がいいかな?」
「戯言を! なら後で後悔するんだな! そんな時間稼ぎをしたところで、この鎧に傷一つすら付けられはしない! はっ!」
もしかすると、俺が剣を抜いて時間稼ぎをするのだと思い込んでいるのかもしれない。
まぁ、それならそれでいいし、向こうから来てくれるのなら楽でいいかな。
先程、モニカさんに弾き返されたからか、男は大振りしないようこちらに駆け寄りながら、右手の剣を左から横薙ぎに振る。
「っと……せい!」
「なんだと!?」
当たらないよう少しだけ体を後ろに引きながら、左から右へ振られる剣を狙って、自分の剣を両手で振り下ろす。
モニカさんのように弾くとかではなく、単純に剣を狙って無効化するように力を込めて……。
ガキィッ! という金属同士がぶつかる音と一緒に、半ばから真っ二つに折れる男の剣。
「おっと……危ない危ない……」
「な、なにが……」
驚愕の叫びをあげる男には構わず、折れた先の剣が俺の斜め後ろにいるモニカさんの方へ飛んで行きそうだったので、剣を左手で持って慌てて右手でキャッチし、地面に投げ捨てる。
剣が途中で折れても、勢いのまま振り抜いた格好になっていた男は、呆然と持っている剣先を見て声を上げていた……けど、次の瞬間!
「くっ!」
「おぉっと!」
すぐりに理解したのかどうかはともかく、手に持っている剣を捨てて、振り抜いた格好のままこちらへ体当たりをする。
槍で傷が付かないような丈夫な鎧だから、それが一番効果的な攻撃だと判断したんだろう。
使い物にならなくなった剣を、すぐに捨てる判断といい、戦い慣れている雰囲気は確かだったようだ。
だけど……。
「いつまで避けられるかな……? っ!」
「……っと。いつまでも避けるわけじゃないよ。……せや!」
「負け惜しみ……ぐふっ! な、なんだと……カハッ! ゴホッ!」
一度目の突進を避けても、すぐに体を翻して続けて突進してくる男。
鎧さえあれば、何とでもなるという考えなんだろうなぁ……まぁ、そこらの人が相手ならそれでなんとかなるんだろうけど、避け続けているのも疲れるし、そろそろ……。
挑発するような男の声を聞いて、手加減……手加減……なんて考えながら、体当たりを避けたすれ違いざまに、握り込んだ拳をみぞおち付近に叩き込む。
手加減が上手くいったのか、グリーンタートルの甲羅が破裂した時のような事にはならず、確かな手ごたえと共にワイバーンの鎧をへこませ、しっかりとめり込ませた。
喋っている途中だった男は、鎧がへこんで拳がめり込んで口から体内の空気を吐き出すと共に、その場にうづくまる。
自分でやっててなんだけど、痛そうだなぁ……激しく咳き込んでるし……。
「武器があるならともかく、素手で鎧にめり込ませるなんて、やっぱりおかしいわよね。まぁ、これくらいの事ができるのはわかっていたけど……」
「手応えからすると、グリーンタートルの甲羅程固くないから、こんなもんじゃない?」
「まぁ、硬さだけなら確かにあっちの方が上よね。そういえば、あの時は破裂させていたわよね?」
「さすがに手加減するよ。話を聞かなきゃいけないだろうし……」
「ワイバーンの鎧相手に、手加減というのもおかしな話だけど……」
「ゴホッ! ぐっ……ガハッ!」
うずくまっている男を見ながら、呆れたようにモニカさんが行って来る。
これでも手加減したんだけど……まぁ、手加減したとはいえ、手応えからは確かにかなりの固さを感じたから、そう言われるのも無理はないのかもね。
のんきにモニカさんと話している間も、男は痛みと体にめり込んだ鎧によって、咳き込み続けている。
……完全に鎧の形が変わっているから、脱がないと痛みから逃れる事はできないんじゃないかなぁ? 逃げちゃいけないから、命に別条がない限りはこのままにしておこうかな――。
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