第735話 丈夫なワイバーンの鎧
「さて……お……?」
「くそっ! このやろう!」
「任せて、リクさん!」
「モニカさん?」
舌打ちするだけで、何も話す気はない様子の男に一歩近づいて捕まえようとすると、剣を振り上げて斬りかかって来る。
さてどうしたもんか……また結界でも使うか、それとも剣を抜いて対処するか……なんて考えていた一瞬で、横からモニカさんが俺の前に出て槍を大きく振った。
「っ! ちぃ!」
「こちらも構えていた以上、奇襲はできないわよ? はぁっ!」
「くっ!」
ガキッ! という金属同士がかち合う音を響かせて、槍をすくい上げて振り下ろされそうだった剣を弾くモニカさん。
男の方も力を込めていたようだけど、遠心力も加わり突然伸びてきた槍に剣を真上に弾かれて、再び舌打ちをしながら後ろに飛び退る。
剣を構えている時にも感じていたけど、一応男はそれなりに戦い慣れているようだ……本当に新兵さんとかだったら、剣を弾かれて呆気にとられるだけだっただろうからね。
さらに、モニカさんが男に向かって剣を弾いたまま、振り上げた槍を踏み込みながら振り下ろす。
男の方は、さらに後ろに飛んでリーチの長い槍を避けた……けど。
「甘いわよ! やぁっ!」
「なっ! くぅっ……!」
大振りだったから、最初から男が避けるのがわかったんだろう。
振り下ろす槍を途中で握り方を変えて、さらに踏み込み……どころか体ごと突進するような形に変えながら、渾身の突きを放つモニカさん。
真っ直ぐに後ろに飛ぶだけだった男は、体勢を立て直す事も、防御する事さえできず、モニカさんのやりに胸部を貫かれ……てないね。
鎧に守られているからか、槍が貫通する事はなくただ強打する結果になったようだ。
衝撃は行っているから、男からは痛みに耐える声が漏れたけど。
「……鎧、厄介ね……そんじょそこらの板金鎧なら、貫通しないまでも、大きくへこませるくらいはできるくらいは、勢いを乗せたはずなのに……鎧に傷一つ付いていないわ」
「そう、みたいだね。ワイバーンの鎧って固いんだなぁ」
そういえば、馬から勢いよく落ちたのに鎧には傷がついた様子もなかった……さすがに衝撃を全てなくすような事はできないんだろうけど、身を守るという点においてワイバーンの素材を使った鎧は本当に優秀なようだ。
俺も欲しいなぁ……と一瞬考えてしまったけど、金属の全身鎧は重そうだし似合わないから、やっぱり却下だね。
耐久性だけでなく、重さも他の金属鎧より軽いみたいだけど、やっぱり身軽な皮の鎧が一番だね……来たり脱いだりするのにも金属鎧は時間がかかるし。
「ふはははは! ツヴァイが炎に焼かれてやられたと聞いたが、この鎧は炎に強い! さらに武器でも傷付く事はない……残念だったな! この鎧は何やら英雄と呼ばれる者が、ワイバーンから素材を取って来て作られた物らしいからな!」
「……えっと」
「リクさんの事を知らないようね……」
衝撃を耐え、槍で突かれた部分を確認した男が急に勝ち誇り始めた。
確かにワイバーンは炎に強いらしいけど、だからといって絶対燃えないわけじゃないし、耐久力を上回る攻撃をすれば、傷を付けたりへこませたりできるはずだけど……男は俺達にそれができないと判断したようだ。
あの場にいなかった男が、ツヴァイはフレイちゃんに焼かれた……というか、火に包まれた事を知っているのは、拘束した研究者とか、あの場にいた他の兵士さん達に聞いたんだろう
というか、英雄と呼ばれる者って……俺の事だよなぁ……素材を取って来たのも俺だし。
この男、兵士に紛れ込んだりするのはできても、その辺りの事は知らないようだ。
そういえばツヴァイも研究者達も、俺の名前を聞いて何も反応がなかったから、人里離れた場所で研究していると噂とかには疎くなるんだろうね。
直接かかわりのない街に行っても、俺の名前と噂は広まってたのに……鎧に関しては紛れ込んでいる時に、他の兵士さん達から聞いたんだろうけど。
……という事は、この男が紛れ込んだのは王都にいる時からではなく、こちらに来てからという事かな……紛れ込む暇があったら、ツヴァイと一緒に逃げれば良かったのにと思わなくもない。
まぁ、そのあたりの連携が取れていたら、捕まえる事はできなかっただろうから、俺達にとっては良かったんだろうけど……。
ツヴァイと仲が悪かったりするのかな?
「さぁ、どうする? そちらの攻撃は俺には通用しない。黙って見逃せば、こちらは何もしないでおくぞ?」
勝ち誇った男は、もう俺達が危害を加える事がないものとして、調子に乗っている様子。
とはいえ、さすがに黙って見逃すわけにもいかないし、勝ち誇ってはいながらも若干焦りが見える事から、ヴェンツェルさん達が到着してしまう事を恐れているんだろう。
このままヴェンツェルさん達を待って、取り囲んでしまえば鎧が丈夫でもなんとでもなるからね。
「あぁいう、丈夫な鎧を相手にした時って……」
「……通常なら、隙間を狙うんだけど……槍だとそういう繊細な狙いを付けるのは難しいわ。向こうが素人だったら良かったけど、多少は戦い慣れているみたいなのよね。リクさんの方は?」
「剣でそういう部分を狙うのは、ちょっと難しいかなぁ。エアラハールさんに教えられたり、自分で練習したりしてるけど、戦い慣れている相手の隙間を狙うのはさすがに……運よく当たればいいかな? くらいだと思う」
勝ち誇っている男から目を離さないようにしながら、モニカさんと小声で相談。
金属鎧の頑丈さを相手にするには、関節部などどうしても薄くなる箇所を狙うのがセオリーなんだけど、リーチの長い槍にそういった事は不向きだし、モニカさんに自信はないようだ。
リーチの長さで有利にしつつ、遠心力を利用して弾いたり突き刺したりするのが槍の得意な部分だから、仕方ないだろう。
俺も、今まで刃筋を通したり、力を込めたりはしていたけど、隙間を狙うような細かい動きはあまり意識していなかったからなぁ……エアラハールさんの訓練で、多少はマシになっているとは言っても、動いている相手に対し、的確に隙間へ剣を突き込んだり斬ったりというのは自信がない。
「ちっ、さっさと決めろ!」
「あの人、勝手に余裕をなくしているわね?」
「ヴェンツェルさんが近付いて来ているから、人数で押されたらどうしようもないのがわかっているんだと思うよ」
「どうするの? ヴェンツェルさん達が来るのを待て、一緒に捕まえる?」
「うーん、それでもいいんだけど、さすがにこのままずっとにらみ合いを続けるのは疲れるから……」
結局ワイバーンの鎧が凄いだけで、この男自体は戦い慣れてはいてもそれだけだ。
魔力量はやっぱりツヴァイと同等くらいで、かなりあるようだけど、さっきから魔法を使わないので何かしら理由があるんだろう。
それに、ずっとにらみ合いをしていて疲れる以外にも、気絶したもう一人の男が起きると面倒だから、さっさと肩を付けておきたい。
そもそも、ワイバーンの鎧が丈夫だからと言っても、それ以上の炎や威力で攻撃したらいいだけだから……。
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