第716話 エルサのナイスフォロー



 フィリーナの矢は俺に向かって来てしまったが、ヴェンツェルさんは順調にオーガへと走り込み、大剣で袈裟斬りにして致命傷を与えていた。

 さらに剣を振り切ったヴェンツェルさんが俺に声をかけたが、自分の前に結界を発動させたために、次の結界を用意していなかった。

 間に合わずに爆発する……! と思った瞬間、俺の頭でグースカ寝ていたはずのエルサの声が聞こえ、オーガの周囲に結界が発動されて爆発が周囲に影響を与えずに済んだ。


「……すまん、助かったよエルサ」

「あとでキューをたっぷり奮発するのだわー」

「もちろん。今回は頑張ってくれたからな。食べきれない程用意するよ」

「キューパーティなのだわー!」

「ははは……えっと、大丈夫ですか?」

「え、あ……はい……」


 頭にくっ付いて、代わりに結界を発動してくれたエルサに感謝しつつ、モフモフの体を撫でる。

 ソフィー達と一緒に頑張ってくれたうえ、絶妙なタイミングでのフォロー……たんぷりキューを用意してご褒美をあげないとね。

 喜んでいるエルサに笑いながら、振り返って後ろの兵士さんに話し掛ける。

 いきなり魔法の矢が飛んできたのに、驚いただろうからね。


 本来は無色透明な風の魔法なのに、目で見える程魔力を固めて作った矢……一点を貫く威力だけなら、もしかするとツヴァイの魔法並みの威力があったかもしれない。

 まぁ、炸裂したりしないし、使っている魔力量もフィリーナの方が少ないんだろうけど……いつの間にあんな魔法を……。


「リクさん、大丈夫!? ちょっとフィリーナ、なんでリクさんに魔法を!?」

「リク、無事……と、聞くまでもないか……」

「あはは、まぁ咄嗟に結界を張ったから大丈夫だよ」

「……ごめんなさい、リク。まさか魔法が急に別の方向に行くとは思わなくて……初めて使う魔法を、いきなり実戦で使うものじゃないわね」

「初めてって……相手がリクさんだったから良かったけど、他の人だったら危なかったわよ!?」

「そうなのよねぇ……どうしてかはわからないけど、急に方向を変えたのには驚いたわ。おっと、これじゃいけないわね。リク、ごめんなさい。今度からは、もっと確実に使える魔法を使う事にするわ」

「うん、まぁ失敗は俺にもあるから、大丈夫だよ」

「ありがとう。でも……本当になんで急に方向を変えたのかしら? ちゃんと目で魔力を見て狙いを定めていたのに……」

「いきなり初めての魔法を使って失敗なんて……リクさんの真似をするもんじゃないわよ?」

「失敗した時の被害はリクの方が大きいから、まだマシと言えるか。いや……失敗した先がリクでなければもっと危険だったろうから、同じくらいか?」

「ぐ……失敗したのは間違いないから、何も言い返せないわ……」


 騒ぎが収まると、休んでいたモニカさんやソフィー、フィリーナも駆け寄ってきた。

 なにやらフィリーナは、今回初めて使う魔法だったらしいけど……できればちゃんと確認してから使って欲しかった……まぁ、周囲に兵士さんがいるから、風の刃の方は使いづらかったんだろうけど。

 刃だと、近くにいる兵士さんにも当たる可能性があるけど、矢なら点だから援護はしやすいと考えたんだろう。

 ただ、ちょっと気になるのは、フィリーナの特別な目で見て狙いを定めて、さらに誘導したのに急に別の方向へ飛ぶなんて事があるのかな?


 というか誘導ってなんだろう……? その辺りの事も含めて、後で詳しく聞いてみたい。

 多分、アルネと魔法の研究をしていて、新しい魔法というか、使い方を見つけたとかなのかも……。

 ついでに、ツヴァイの事も聞いておかなくちゃいけないからね……重要性を考えたら、魔法の方がついでか。


「ガラスの中には、まだオーガがいる可能性があるのだ! 調査をする際には細心の注意を払え!」

「はっ! 申し訳ございません!」


 集まって話している俺達を余所に、オーガを倒した場所では誤って試験管を倒してしまった兵士さんが、ヴェンツェルさんによって怒られていた。

 まぁ、無事に済んだとはいえ、注意していれば避けられた事だろうし、仕方ないかな。

 というか、近くにいて狙われた兵士さんの方はともかく、怒られている兵士さんは弾き飛ばされていたんだけど、大丈夫だろうか?

 こちらから見る限りだと怪我はなさそうだけど、鎧を着ているから本当のところはどうなのかはわからない……少なくともぎこちない動きはしてないし、痛みで動けないわけじゃなさそうだから、骨に異常がなければ大丈夫かな。


「貴様もだ! こういう場所では、何が起こるかわからんのだぞ! リク様や他の者達がいたおかげで無事だが、最悪の場合やられていたかもしれん。訓練ではないのだ! 訓練であればいいというわけではないが、常に気を抜くな!」 

「はっ! 気を引き締めます!」


 あらかた兵士さんを怒った後、今度は狙われていた方の兵士さんへ怒る。

 いや、こちらは怒るというより、何が起こるかわからないのだから気を緩めるなという注意に近いか。

 油断していなければ、オーガが出て来て狙われても対処できたかもしれないから、これも仕方ないかと思える。

 厳しく言われているのは、命がかかわっているうえに軍隊だからというのもあるんだろうなぁ……冒険者同士だと、もう少し緩い印象だ。

 俺の偏見かもしれないけどね……どちらがいいかは、人次第だろう。


「この場にいる全員、もう一度気を引き締めろ! 残っているガラスは他にもある! 突入時は私だけでなくリク様達の活躍で、オーガからの被害はなかったが、ここにいるオーガは爆発する事は見た通りだ! 油断してつまらぬ被害を出す事は許さんぞ!」

「「「「「はっ!!」」」」」

「……なんでリクさんまで返事をしてるの?」

「いや、なんとなく? 皆って言ってたし……」


 最後に、地下室に響き渡る程の声量で、この場にいる兵士さん達全員に叫んだ。

 兵士さん達から上がる返答に、俺も混じっていた事をモニカさんに突っ込まれたけど……俺に言っているわけじゃないと思っていても、なんとなく返事をした方がいいかなとね。

 さすがヴェンツェルさんと言うべきか、言っていること自体は特に珍しい事とは思えないんだけど、妙な説得力や迫力がある。

 それが、将軍という地位になってから培ったのか、元々あったから将軍になれたのかはわからないけど……こういう姿を見ていると、書類仕事を嫌ってハーロルトさんから逃げ回っている王城での姿は想像できない。


「……しかし、よく無事だった。リク様に感謝をするのだな。そして、このような事で我々が消耗する事を、私も陛下も望んでいない。誇りあるアテトリア王国の兵士として、自分や他の者の命を粗末にするような事はするな。民も兵士も国の財産だ。勝手に命を散らすような命令は、出ておらん」

「はっ! 肝に銘じ、国のため、陛下のために務めせて頂きます!」

「「「「アテトリア王国、女王陛下のため!!」」」」


 さらにヴェンツェルさんは、先程怒った兵士さんも含めて、無事だった事を労う。

 そのついでなのか、兵士さん達への心構えのようなセリフを言い、この場にいた兵士さん達全員が片膝を付きながら敬礼。

 怒るだけでなく、こういった統率力のようなものはさすがだなと思う……俺が演説した内容なんて、これに比べれば……はぁ……。



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