第717話 マルクスさんからの報告



 ヴェンツェルさんが兵士さん達へ油断しないように注意したのはともかくだ。

 確かに姉さんなら王城へ魔物が来た際にも、やられた兵士さんの遺族への保護を重要視していたから、軽い怪我程度ならまだしも、死んでしまう事を良しとしないだろう。

 今回は俺達もいるし、死者が出るような場面じゃないから特にね。

 というか……本当に兵士さん達の中から死者が出たら、俺が何か言われそうなんだよなぁ……さすがに表立って糾弾とか、そういう事をする姉さんじゃないけど。

 ちゃんと周囲にも気を配って……なんて苦言くらいは言われそうだから、俺も注意しておかないと。



「リク様、ご無事で」

「マルクスさん。外の様子はどうでしたか?」


 地下施設をある程度調査し、隠れている人間がいない事を確認した後、拘束した人達を運び出すのと一緒に俺達も外へ出てきた。

 建物の入り口付近では、周囲を固めていた兵士さん達と一緒に、指示を出していた様子のマルクスさん。

 すぐに出てきた俺達に気付いて、声をかけられる……軽く周囲を見渡した感じ、一部の兵士さんの鎧が汚れている以外は、特に何かあった雰囲気はなさそうだ。


「付近にいた魔物が、人間が大量に近付いた事に刺激されたのか、襲ってきたくらいですね。特に強力な魔物やオーガもおらず、新兵達にとっていい訓練となったでしょう」

「ははは。まぁ訓練として経験できれば良かったです。他には?」

「探索していた部隊のいくつかが、それぞれで隠し通路のようなものを発見しております。一部の隊は中へ調査に向かわせましたが……」

「あぁ、中で会いました。やっぱり地下から外へ出るための通路だったんでしょうね」

「はい、我々もそう考えています。隠し方はお粗末なものが多い印象ですが、それもこの建物に近付いて調べる者は少ない、と想定していたのではないかと」


 あれから、俺達が外へ出るまでに探索を担当していた部隊が、いくつか合流した。

 その度に、小部屋を調査していた兵士さん達から警戒する声が上がったので、少々気が休まる時間はなかったけど……これも、ヴェンツェルさんが皆へ油断しないよう呼び掛けた結果だろう。

 油断して注意散漫になり、怪我をしてしまうよりはマシだ。

 それにしても、お粗末な隠し方をされている隠し通路か……施設内でも簡単な隠し方だったし、それって隠し通路として正しいのか疑問だけど、ツヴァイがこの施設で一番偉くて指示をしていたんだとしたら、ちょっと納得。


 なんというか、プライドが高くて自分が一番に考えている節があったからね。

 集めた研究者達の事を甘く見ていたり、自分のやる事考える事に間違いがないと思っていそうだった。

 そんな相手に騙される研究者達もどうかと思うけど、姉さん……女王陛下直々の命令だと最初に騙されてしまえば、信じるしかできなかったんだろうなぁ。


「内部の方は、もう?」

「さすがに全てを調べられていませんけど、中にいた人達は全員捕まえました。まぁ、一部立てないくらいになっている人もいますけど……」


 マルクスさんからの報告を受け取った後は、こちらからの報告……というか、聞かれたからそちらの話へ移った。

 中にいた人間に関しては、全て見つけて拘束したのは間違いないと思う。

 机の下とか、物陰やらなにやらに隠れていた人もいたけど、ヴェンツェルさんの注意によって油断がなくなった兵士さんが、しらみつぶしに探して見つけて行ってくれた。

 あとは、隠し通路は今調べている最中で、中にある書類などの研究成果を記してありそうな物は、また後で調べる事になっている。


 ちなみに、オーガ達がまだ入っていそうな試験管に関しては、動かさないよう、倒れないように縄で他の机などの重い物と繋いでおいた。

 中から自発的に出て来ないかという疑問もあったけど、今までの事もあるからそれはないだろうと判断。

 フィリーナの目で見た感覚では、試験管の中には魔力が充満していて、それがゆりかごのように心地いい空間を作り出しているおかげで、ほとんど眠っているに近い状態だとの事だ。

 まぁ、最終的には俺やエルサが結界を使いながら、排除する必要はあるんだろうけど、今はひとまず後回しという事にした……突入からこっち、ずっと気を張り続けていたから、体は大丈夫でも精神的に疲れて来ているから。


「あぁ、あれですか……ヴェンツェル様がやったのだとわかります」

「あはははは……実は、ヴェンツェルさんだけでなくて、俺もやっちゃったんですけどね」


 マルクスさんが俺の言葉で、連れ出されている人達を見て呟く。

 一部の人……主に武装していた人達なんだけど、オーガと一緒に襲ってきた際に思いっきり殴り飛ばしたりしていのが原因だ。

 剣で斬ったりする事はなかったので、見た感じでは派手な怪我をしていないんだけど、さすがに骨が折れていたりもしていて、まともに歩ける人が少なかった。

 もちろん、ソフィー達の方は兵士さんと協力して無力化した後に拘束していたので無事だけど……俺やヴェンツェルさんに向かって来た人は、ほとんど自力で立って歩けない状態だった。


 ま、まぁ、命に別状がないようだから、安心……かな?

 一番酷かったのは、俺が顔面に拳をめり込ませたせいで、鼻骨が折れてしばらく血が止まらなかった人だけど……失血死とかにならなくて良かった。

 痛みでのたうち回りながら、ずっと血を流していた光景は、思わず謝りたくなってしまった程だ。

 とりあえず、ヴェンツェルさんだけでなく俺もやってしまった事なので、マルクスさんには苦笑しながら白状しておく。


 ……少し驚いて、俺の顔を見たマルクスさんの表情は、なんとなく納得しているようだったのは仕方ないと思っておこう。

 以前、マルクスさんの前で山賊を叩きのめしたりもしたから、今更だからね。




「で、フィリーナ。申し開きは?」

「え? なんで尋問されるようになっているの、私!?」


 拘束した人を運び出したり、王都から来てくれた兵士さん達それぞれに声をかけたりしての夕食時、焚き火を囲んで食事をしながらフィリーナへとジト目を送って聞いた……あ、兵士さん達を労っている間に、料理を作ってくれたモニカさん、ありがとう。

 ちなみに俺達は、突入した施設から離れた昨日と同じ場所で食事をしているけど、他の兵士さん達はまだ施設を調べているうえ、今日はあちらで過ごす事になったので、近くに人は少ない。

 昨日の夜は、しっかりした料理を作って多くの兵士さんが騒ぎながら食べて賑やかだったのに、少し寂しい感じもするけどね。


 建物の内部で色々な事があったので、マルクスさんと話した頃には既に日が傾いていたため、昼食を食べ損なっていたんだけど、エルサが騒ぎ出さなかったのには少し驚いた……さすがに空気を読んでくれたんだろう。

 協力してくれた事や、俺が間に合わない結界を代わりに使ってくれた事もあって、ご褒美にたっぷりとキューを上げて、今は両手に持ちながら体を突っ込む勢いで食べていて満足そうだ――。



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