第666話 国印のある書簡



「ちょっと、クズ鉱石と呼ばれている、クォンツァイタが必要になったので。えっと……詳しくはこちらに……」

「うん? なんだこれ……って、国印だと!?」

「く、く、く、組合長! 国印という事は、こ、これは!?」

「お、落ち着け……偽物……なわけはないか。リクだしな……偽造すると重罪になるような事はしないだろう。という事は……ほ、本物!?」

「お、お、お、落ち着いてく、下さい! 組合ちう!」

「お、お前こそ落ち着け! ちゃんと組合長と言えていないぞ!」


 説明するために、フォルガットさんの前に出したのは、姉さんから受け取ったクォンツァイタを流通……正確には王城が買い取るとした書簡。

 正式な依頼というか、命令書に近い物なので、国印と呼ばれる国の紋章をあしらった封蝋がされているんだけど、フォルガットさん達が慌てる要因になっている。

 クォンツァイタの事を聞いた姉さんが、朝一番で俺に持たせた物だったんだけど、本来こういったものは国策にかかわる場合に発行されるので、普通は目にする機会がない……特に王都と離れた場所にある街の、組合長に渡されるような物ですらない。

 多分、ヘルサルの代官、クラウスさんでも一度か二度くらいしか見た事がないと思う。


 ここまで大袈裟にするつもりは、俺にはなかったんだけど……姉さん曰く、「国内の農業改革に繋がる国策になるだろうから、正式にこういう形を取る事は必要」だとの事だ。

 政治の事はよくわからないけど、国全体にかかわる事で、重要度が高いからという事らしい。


「国印か……二人が慌てるのも無理はない。これを持っているという事は、成る程、アルネの差し金だな?」

「まぁ、半分は? 以前話していたように、クォンツァイタが魔力を蓄積できるらしいから」

「だとしたら、陛下主導か。リクに言っていた例の事が、実現するのだな」

「まだ、色々考える事や他にも必要な事あるような気もするけどね」


 ソフィーの方は、俺が結界を張ってハウス栽培の真似事をして欲しいと、姉さんやエフライムに頼まれていた事や、魔力蓄積ができる鉱石があるかもしれないと、アルネが調べる事になっていたのを知っているから、フォルガットさん達のような混乱はないようだ。

 国印自体は、初めて見たようだけど、姉さんと会って話したりもしているからね、ソフィーは。


「んぐっんぐっ! おい、お茶が足りんぞ! 落ち着くには……そうだな、酒でも飲むか!?」

「組合長こそ、落ち着いて下さい! お茶は新しく用意しますが……国印がある物を前にお酒を飲むなんて、不敬に当たります!」

「そ、そうか……そうだな。……すぅ……はぁ……」


 国印があるかどうかとは関係なく、姉さんからの書簡を見るのに、お酒を飲むと不敬って事はないと思うんだけど……姉さん本人は気にしなさそうだ、周りが何か言うのかもしれないけど。

 まぁそもそもに、誰かからの手紙をお酒をのみながらというのは、どうかと思うのは確かかな。


「……落ち着きましたか?」

「あぁ、なんとかな……それでこれは、一体?」

「クォンツァイタに関するお願いです。ね……陛下から受け取って来ました」

「へ、陛下……国印がある時点で予想はしていたが、やはりか……」

「ど、どうしましょう組合長、クズ鉱石として捨てていた事で、処罰とか……」

「いや、さすがにそんな事はありませんので、安心して下さい。クォンツァイタをただのクズ鉱石ではなく、売買するための内容のはずですから」

「あのクズ鉱石を売買……信じられんが、他ならぬリクが言う事だからな。それに、目の前に国印のある書簡……信じるしかないようだな」


 さすがに、これまで用途が何もなかった鉱石を、捨てていたからといって処罰が下るような事はないだろう。

 国が関わる取引になるから、これから先に不正だとか、産出されている数を偽って捨てていたり、少なく報告とかだと処罰されるだろうけど……これまで価値のなかった物に価値ができるのだから、そんな事はしないだろう。

 ブハギムノング全体の利益になる事だしね。


「詳しくは、その中に書かれているらしいです。……俺も中を見ていないので、何が書かれているかはわかりませんが……」

「……わかった。謹んで、受け取ろう」

「はい」


 テーブルに置いた書簡を、フォルガットさんの前に置き直す。

 フォルガットさんがゆっくりと手で書簡を持ち上げ、封蝋を剥がして中の手紙を取り出した。

 持ち上げる時や、封蝋に触る時に手が震えていたのは、まだ完全に落ち着いているわけじゃないからだろうね。


「……本当に、クォンツァイタに関する内容だな。魔力を蓄積? ふむ、俺にはわからんが、何か使用法が見つかったのか……何々、農業生産改革に必要? 農業の事はわからんなぁ」

「組合長、生まれてこの方鉱山の事しか考えていませんからね」

「俺だって、それ以外の事も考えているぞ……」


 中の手紙を読みながら、呟くフォルガットさん。

 鉱夫さんだし、このブハギムノングに畑とかはないように見えるから、農業の事をよくわからなくても仕方ないだろうね。

 食べ物に関しては、鉱石を採掘した利益で買っているんだろうし。

 近くに村があるかどうかは確認していないけど、そちらで作っているのかも。


「クォンツァイタの取引額が……なんだと!?」

「く、組合長? どうしたんですか?」

「……ここを見てみろ」

「えーっと……えぇ!? こ、こんなに!?」

「クズ鉱石と思われていた物が、この価格で取引できるようになるとは……信じられんが、確かに陛下の署名もある。リクが持って来たという事を考えても、俺達を騙そうとしているわけではないんだろうな……」

「ど、ど、ど、どうするんですか!? こんな……あの鉱石がこんな金額で売れたら、この街はクォンツァイタだけでやっていけますよ!?」

「まぁ、そうだろうな。それどころか、かなりの余裕が出る事も想像がつく……」


 姉さんの署名というのは、これが確かに女王陛下からという証明をするための物だろう。

 それを偽造したりすると重罪だというのは、俺でもわかるくらいだから、フォルガットさんは信じられないながらも、納得するしかない。

 まぁ、姉さんが指示して文官さんとかに書かせた後、証明のために署名をしたんだろうけど……一体どれだけの金額で取引しようとしているんだろう? 俺は中身を見せてもらっていないからわからない。

 けどまぁ、とりあえずは農業だけとはいえ、国内の改革に必要な事なんだから、かなりの金額が予想できる。


 この世界に来る前でも、時折流し見していたニュースで目が飛び出そうな程の予算とか、国が出したりしているしね。

 さすがに、それと同じくらいだとは思わないけど……街一つがそれだけで成り立って尚、余裕ができるというのは相当な金額になるんだろう。


「フォルガットさん、どれくらいの金額だったんですか?」

「リクは、内容を知らないのか?」

「クォンツァイタに関しては知っていますけど、取引がどうなるかとかは何も……」

「……大体、手のひらに乗る程度の大きさ重さで、金貨十枚だ。鉱石の質や大きさで、上下する事も書かれているが、それは他の鉱石も同じだからな」

「金貨十枚……」


 うーんと、手のひらに乗るくらいだから、数百グラムくらいかな? 重くても一キロ行かないくらいだと思う。

 それで金貨十枚かぁ……。



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