第665話 待っている間の時間潰し
「あ、あの……もし、時間があるのでしたら、その……」
「ん? どうかしましたか?」
「あ、いえ! リク様の武勇伝をお聞かせ願えないかと思ったのですが……申し訳ありません、出過ぎた考えでした!」
唸りながら考えていると、組合の女性がおずおずと声をかけてくる。
何やら俺の話を聞きたいらしいけど……武勇伝って、そんな勇ましい話になるような事は……していないと思いたいけど、傍から見るとそうなのかもしれないな。
それはともかく、俺相手に畏まる必要も恐縮する必要もないんだけど、よくある事なので大分慣れたね。
「出過ぎたとか、そういう事はないですけど……いいですよ。時間もありますし、ソフィーやふぉるがttおさんが帰って来るまでの間なら。……あんまり、面白くないと思いますけど」
「いえ、いえ! 面白くないなんてそんな! リク様の噂は、かねがね伺っておりますが、そのどれもが英雄と呼ばれるにふさわしく……! あ、申し訳ありません、すぐにお茶をご用意させて頂きますので!」
「あー、そんなに急がなくても大丈夫ですよー?」
「いえ、貴重なお時間を頂けるのですから、これくらいはっ!」
待つ間くらいなら問題ないと、話をする事に了承する……そんなに面白く話ができるとは思えないけど。
お茶の用意をするため、奥へ駆けて行く女性の後ろ姿に声をかければ、慌てたような声が返って来る。
うーん、のんびりでいいんだけどなぁ……。
「えーっと、これは?」
「皆、リク様のお話が聞きたいのです!」
「貴重なお時間、ありがとうございます!」
「出払っている男達にも、後で私から聞かせます!」
「末代まで、言い伝えてさせて頂きますので!」
鉱夫組合で、気付けば大袈裟になっている……というのは、フォルガットさんとの腕相撲勝負の時に経験したが、今回もそれに近く、奥に案内された俺の周囲には組合員らしいが鉱夫ではない、事務方の女性達が取り囲んでいた。
細身の人が多いので、鉱山内ではなくこちらで働いているんだろう。
この街では大柄な女性を見る事が多かったけど、それ以外にもこんなにいたんだな……そりゃそうか。
それはともかく、さすがに末代までは言い過ぎなので止めてもらいたい、恥ずかしい話というわけじゃないけど、語り継がれてしまうのも微妙な気持ちになりそうだからね。
「えっと、何から話そうかな……」
周囲の期待する視線に苦笑しながら、お茶を一口飲んで話す内容を考える。
話すといっても、ユノの事や異世界からなんて事は言わない方がいいだろうから……とりあえずヘルサルでゴブリンと戦ったところからかな。
「ふぅ、今日はほとんどエクスブロジオンオーガを見なかったな」
「えぇ。大分数を減らしたようですね」
「向こうも動いているから、もう少し見回る必要はあるだろうが、そろそろ広範囲で採掘を再開させられそうだ。今のところ、再開させた部分では何もなさそうだったからな。っと……ん、なんだ?」
「人が集まっていますね……」
「あ、フォルガットさんにソフィー、お疲れ様です」
「組合長、ソフィーさんも、おかえりなさーい」
「おう、帰ったぞ……って、リクか」
「リク、帰っていたのか」
しばらく鉱夫組合の皆さんに囲まれて、今までの事を話していたら、フォルガットさんとソフィーが話ながら部屋に入って来る。
二人に声をかけながら、話を中断すると他の人達も気付いたらしく、振り返って向かえていた。
大体、王都での魔物と戦った部分まで話したくらいだから、結構時間が経っているのかな? 一応、姉さんとの関係や、ユノと異世界だのといった事は話さないように気を付けたつもりだ。
皆、興味深そうに聞いてくれるのはいいんだけど、途中で「さすがリク様!」という称賛が入ってしまうのが、照れ臭かった。
「リクがいるのはいいんだが、これはまたなんの集まりだ?」
「組合長を訪ねて来たんですけど、時間があったので武勇伝を聞いていました」
すぐ近くの、いつも受付をしてくれる女性に確認するフォルガットさん。
「そりゃ、楽しい時間だったようだな。ふむ……リク、選り取り見取り……か?」
「モニカにも、伝えておかなければな……」
「ちょっと、フォルガットさんもソフィーも、止めて下さい。待つ間に話をというだけなんですから……」
「リクにその気がなくても、他の者達は……?」
「ど、どうしましょう……もしリク様に見初められたら……はっ! んんっ!」
「採掘再開に向けて、仕事が立て込んでいたから、最近寝不足で……」
「な?」
「な? じゃありませんよ……はぁ……」
俺が囲まれているのが、ほとんど鉱夫組合の女性陣である事を見て、少し考えた後ニヤリと笑って、フォルガットさんが余計な一言……ソフィーも追従しているし……。
文句を言うつもりで、ジト目でフォルガットさんを皆がら抗議をすると、顎で周囲の女性を示される。
集まっていた女性のほとんどが、髪だとか身だしなみを整え始めていて、なんだか落ち着かない様子になっていた……唯一、受付の女性だけが俺やフォルガットさんの視線に気付いて、咳ばらいをしながら何でもない風を装い始めたけど……ちょっと遅いかなぁ。
なぜか脳裏に、モニカさんが顔を真っ赤にさせて怒っている表情が浮かんだけど、頭を振って振り払っておいた、自分から望んで今の状況になったわけじゃない、という言い訳を思い浮かべながら――。
「んで、俺に用があるようだが、今日はまたどうしたんだ? しばらく街を離れていると聞いたが……」
「昨日から今日にかけて、ちょっと王都まで行って来ました。エルサに乗って移動するので、速いですよ?」
「……そういえば、ソフィーがそんな事を言っていたな。リクの移動は馬よりも速いから、すぐに帰ってくると」
「昨日のうちに帰ってこなかったが……リクの事だから、また何かに首を突っ込んだのだろう?」
集まった女性達に、フォルガットさんの一言からちょっとした混乱がありながらも、なんとか落ち着き、向かい合って座り、話を始める。
結局は、フォルガットさんが大きな声で追い払ったんだけど……混乱させたのもフォルガットさんだから、あまり感謝したくならないのは、仕方ないのかもね。
新しいお茶を飲んで、話をして乾いた喉を潤しながら、ブハギムノングからルジナウム、そこからまた王都へ行って戻ってきたというのを、説明する。
ガッケルさんと同じく、毛玉のようにしか思っていなかったエルサが、大きくなって空を飛ぶのに一番驚いていたようだけど、それはともかくだ……アルネと話したクズ鉱石、クォンツァイタの話をしないとね。
「ガッケルさんとは先に話して、許可をもらったんですが……えぇと、クォンツァイタという鉱石が欲しいんです」
「クォンツァイタ? 聞いた事があるようなないような……そんな鉱石、ブハギムノングにあったか?」
「……えぇと、あ、ありました。組合長、いつも鉱夫の方達が邪魔なクズ鉱石として、捨てている物ですね」
「クズ鉱石……あぁ、あれか! しかし、なんでまたあの鉱石を? あれは、何に使う事もできず、ただ捨てられるだけのものなはずだが……鉱夫達からは、苦労して採掘してもクズ鉱石しか出なかったと、よく愚痴が出るような物だ」
アルネが言っていた通り、クォンツァイタはここの鉱山でも産出されるみたいだ。
フォルガットさんは、最初なんの事かわからない様子だったが、受付の女性がサッと鉱石が記されているらしき紙束を出して、見つけてくれた。
まぁ、聞いていた通りクズ鉱石として捨てられていたようだから、名前を聞いてすぐに思い出せなくても仕方ないか――。
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