第650話 ヒーローは空から?



「そろそろだわ?」

「もうちょっと……走る馬を追い抜いて欲しい」

「注文が多いのだわ。仕方ないのだわー」

「よし、いいぞ……もう少し。ここだ! エルサ、あとで合流なー!」

「……この高さを飛び降りるのはちょっとおかしいのだわ。リクだから無事だろうけど、だわ……」

「あーれー……!」


 様子を窺うエルサに、馬を追い抜くように指示。

 そろそろ地上にいる人は、俺達の事に気付いても良さそうだけど……逃げるのに必死で飢えを見上げる余裕もないんだろう。

 エルサの文句を聞き流し、馬を追い抜いて丁度良さそうな距離になるまで我慢。

 頃合いを見計らって、エルサの背中でジャンプをしてそのまま地上に向かって自由落下。


 頭上でエルサが何か言った気がするけど、思ったよりも高かったみたいで、後悔する内心を抑えて結界を発動。

 大丈夫だとは思うけど、十メートル以上と思われる高さから落ちたら危ないから、念のため。

 気分は高所から助けに入るヒーローのよう。


「っ!?」

「っと。結界があるから大丈夫だけど、今度からはさすがに同じ事は止めよう……」


 オーガから逃げる女性の先、数十メートルくらいの位置に着地。

 結界のおかげで空中で姿勢を崩すことなく、足から落ちたんだけど……ふくらはぎくらいまで、地面に埋まってしまった……。

 ズンッ! とか大きな音もしてたし、多用するのは止めようと決意しながら、俺の方へと向かって来る馬に乗った女性へ顔を向ける。

 ……結界をといて、足を地面から抜くのも忘れない。


「一体どこから!? 危ないわ!」

「大丈夫、助けに来たから安心……って、え!?」

「こっち!」

「ふわ!」


 駆ける馬から、叫ぶ女性。

 魔物に追われている状況ながら、俺の事を気にするなんて、いい人なんだろうなぁ……なんて思いつつ、安心させるように声をかけ、剣を構えて馬が過ぎ去った後に来るはずのオーガに備えようと思った瞬間だった。

 馬に乗って横を過ぎ去る予定だったはずの女性が、体を傾けて俺に向かって手を伸ばし、左腕を掴んで持ち上げたんだ……。


「ちょ、ちょっと!」

「どこから来たのか知らないけど、今オーガが近くに迫っているの! このままじゃ貴方も危ないわ! 一緒に逃げましょう!」

「いや、だから……」

「いいから早く、後ろに乗って! この体勢辛いのよ!? なんで持ち上げられたのかもわからないくらい! 落ちそうなら私の体を掴んでいいから!」

「あ、はい」


 どうやら女性は、俺が空から降って来た事を気にせず、オーガが迫っている状況から俺を助けようとしてくれているらしい。

 うーん……本来は俺が助けに来たんだけど、立場が逆になってしまった……。

 強く言われてしまい、仕方なく女性の後ろに体を持ち上げ、馬に乗る。 

 確かに、俺の左腕を掴んで持ち上げるなんて、馬の勢いがあったとしてもかなり危険な事だ。

 下手したら、肩が外れてもおかしくない……火事場の馬鹿力とかかな。


 女性に強く言われてしまうと、おとなしく従ってしまうようになったのは、多分姉さんのせいだなぁ。

 別に何かを強制させられたり、嫌な事はなかったはずだけど……なんとなく従ってしまう癖がついているようだ。


「って、そうじゃなくて! 俺は君を助けに来たんだ。大丈夫だから馬から下ろして!」

「何を言っているの!? 馬で逃げている私の事に気付いて、助けになんて来れるわけないじゃない!」

「いやまぁ、確かにそうかもしれないけど……」


 馬の走る速度は、必死で鞭を入れているようだから相当早い。

 エルサに比べると遅いが……人間が走る速度とは比べるまでもないだろうね。

 遠目に見て気付いたとしても、同じく馬に乗っているとかでない限り、追いついて助けようなんてできそうにない。

 俺が馬に乗っていない事は明らかだし、偶然別方向から来て鉢合わせしたというわけでもないから……こんな事なら、エルサに言って近くに降りてもらった方が良かったか。


 大きくなったエルサなら、説得力があるだろうから。

 それにしても、エルサはどこに行ったんだろう? 俺が降りたらすぐに戻って来ると思ったんだけど……もしかして、暢気に空の遊泳を楽しんでいるとかじゃないよね?


「くっ、速度が落ちてきたわ。このままじゃオーガに追いつかれる!」

「馬も疲れて来ているんだよ。俺も乗った事で、重さが増しているし……無理をさせ過ぎると、勢いのまま転んだりして危ないから!」

「でも、どちらにしてもオーガに追いつかれたら、やられてしまうわよ! 私が助けたいと思ったの、だから貴方のせいではないわ!」


 なんだろう、本当にいい人なんだろうな、この人は。

 元々疲れている馬に、俺という荷物を載せたら速度が落ちるのは当然だし、疲労も倍増する。

 それでも、自分が助けたかったからと責める事はしない。

 うん、助けると決めて良かった……差し当たって、今の状況をどうにかしないと……。


「追いつかれるにしても、馬が転倒するよりマシだって! 転倒したら、怪我をするかもしれないし、その状態でオーガとは戦えないでしょ?」


 馬が疲れ切って転倒したりすると、俺は大丈夫でも女性の方が危険だし、いっそのこと、エルサから飛び降りた時のように、また飛び降りるかな?


「……そうね。貴方の言う通りね。どうせやられるのなら、馬の転倒ではなく、オーガに立ち向かってよね……」

「それもちょっと違うような?」

「わかったわ。止まって、止まって! ありがとう、今までよく走ってくれたわね……」

「はぁ……やっと止まった……」


 説得に応じなければ、また結界を使いながら降りる事になると思っていたら、女性の方がなんとか納得してくれた。

 手綱を引き、馬を止まらせながらたてがみを慈しむように撫でて、お礼を言っている。

 馬を道具としててはなく、ちゃんと生き物として見ているみたいで、やっぱり優しい人なんだなと思う。

 溜め息を吐きながら馬から降り、まだ追いかけてきているオーガに体を向ける。

 ……うん? 肌の色が赤いような……?


「協力してくれるのね、ありがとう。でも、元々は私が追いかけられていたの。オーガ相手に何ができるかわからないけど、私が引き付けるから、貴方は逃げて! なんなら、この馬も使っていいわ。……もうあまり走れないだろうけど、人間が走るより速いはずだから!」

「ほんと、いい人だ……。まぁ、それはともかく。えーと……お姉さん、ちょっと待ってて。すぐに片付けるから」

「へ? 何を言っているの? 危険よ!」

「大丈夫だから、見ててねー」


 俺と同じく馬から降りた女性……年上に見えるから、お姉さんかな?

 そのお姉さんは、馬の横に取り付けていた荷物から、細身の剣を取り出して俺の前に出ながら構える。

 細身の剣……レイピアかな? オーガ相手には、ちょっと厳しそうだ……オーガって、筋肉モリモリで硬いし体が大きいし、狙いを定めて急所へ確実に突き刺すくらいでないといけないだろうから。

 長い髪を風にたなびかる、俺と近い身長のお姉さんの肩に手を置いて後ろに引っ張り、立ち位置を交換して、オーガを待ち構える――。



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