第651話 オーガを調べる



「ちょ、ちょっと!」

「えーと……気になる事があるから、とにかく動きを止めようかな。確か、鉱山でエルサがやっていたのは……」


 後ろで抗議をするお姉さんの声を聞き流して、数メートルくらいまで近付いて来たオーガに手をかざす。

 赤い肌というのが気になるから、まずは動きを止めて……その後は、鉱山の中でやった方法を試してみよう。


「とりあえず、距離が近くなって来たから止めよう。……結界」

「ちょっと君?」

「「GA!?」」

「え、オーガが止まった? いえ……何かにぶつかったような?」


 こちらに向かって全力で走って来るオーガに対し、間に結界を張って動きを止める。

 不可視の壁を作る結界は、オーガだけでなく後ろにいる女性にも見えないから、何が起こったのかわかっていないようだけど、とりあえず今は説明よりもやる事があるからね。


「えーっと……いつもは足元を凍らせるくらいだから、あまり慣れていないけど。対象を凍らせるイメージで行こうかな。結界を解いて……アイス!」

「GI……GA……」

「GA……GA……」

「え? え? え? 何が起こっているの……?」

「……ちょっと、やり過ぎちゃったかな?」


 慣れていない魔法を即興で使ったからなのか、オーガを起点にその向こう側まで、扇状に広がる氷……。

 あれだ、初めて魔法を試した時に、マックスさん達の前でやり過ぎちゃったときと似てるね。

 あの時と違って周囲を無差別にとならなかったのは、魔法に使い慣れた事と、魔力を抑えようとしていた事、さらにイメージをちゃんとしていたからだと思う。

 ……それでも、思た以上の威力が出てしまったわけだけど……モニカさんやソフィーがいたら、また失敗とか、巻き込まれなくて……みたいなことを言われていただろうなぁ。


「さて……オーガはこれで大丈夫っと。――えっと、怪我は……なさそうですね」

「え……えぇ。おかげさまで、と言えばいいのかしら……。怪我はないのだけど……一体何が起きたのか」

「魔法で壁を作って、魔法で凍らせた……ただそれだけですよ?」

「魔法……魔法って、こんなに凄い事を一瞬でできるのかしら……?」

「魔法ですからねぇ。想像もつかない事ができたりもするんですよ、きっと」

「……そ、そうなのね。……私の知らない事、多過ぎるわ。でも、聞いた話だとエルフは人間より強力な魔法を使えるらしいし……知らない事が多くて当然かな? エルフには見えないのだけど……」


 とりあえず、魔法だからという事で押し切った。

 ドラゴンの魔法だとか、魔力量が人より多いだとかを今話しても、混乱させるだけだからね。

 あ、でも……エルサを見たら、そっちの説明をしなきゃいけないだろうから……失敗したかな?

 ブツブツと俺を見たり頭を抱えたりしながら、葛藤している女性はとりあえずそのままにしておいて、気になるオーガの方を調べる事にした。


「んー……実際爆発は見ていないけど、エクスブロジオンオーガと同じように見えるなぁ。一体くらい、爆発させて見ても良かったかもしれないけど……それはそれで、後ろの人が驚きそうだし。……カチンコチンに凍ってるや……硬くてしばらく溶けそうにないね」


 氷漬けになったオーガに近寄って、観察してみる。

 肌の色は赤みがかっていて、エクスブロジオンオーガと同じに見えるけど、だからといって目の前のオーガが爆発するのかどうかはわからない。

 とりあえず安全のために凍らせたけど……確かめるために、一体くらいは普通に倒しても良かったかもしれないな。

 ノックをするようにコンコンと軽く叩いてみると、完全に凍り付いていてしばらく溶けそうにない。


 まぁ、それはオーガの後ろ……地面が扇状に凍り付いているのを見れば、なんとなくわかるんだけど。

 釘も打てそうな硬さだね、極寒の地で凍ったバナナで釘を打つという映像を思い出し、自然に解凍されるのは諦めた。

 ……オーガは二メートル前後ある巨体だから、金づちのように使う事はできないけど、それはともかくだ。

 火の魔法を使って炙って溶かすとか? でもなんとなく、今それをやると溶かすだけで済みそうにないんだよなぁ……。


「リク―、終わったのだわー?」

「あぁ、エルサ。終わったから降りて来てくれー!」

「わかったのだわー」

「え、上から声……って、えぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 凍らせたオーガをどうしようか考えていると、どこかに飛び去っていたエルサが戻って来ていて、空から声が聞こえた。

 頭上を見上げて、滞空するようにバッサバッサと翼をはためかせているエルサに、降りてくるように伝える。

 あの翼も、モフモフ感が凄いなぁ……今度触らせてもらおう、空を飛ぶ時以外にエルサが翼を出さないようにしているみたいだけど。


「なんだか、叫んでいるのだわ?」

「まぁ、エルサを見たから……だろうねぇ。街中にいる時ならともかく、今は大きくなってるし」

「大袈裟なのだわー。大きくなったからって叫ばなくてもいいのだわ。……さっさと小さくなるが吉なのだわ! ……はぁ、やっぱりここが一番落ち着くのだわ」

「随分前からだけど、エルサの定位置になっちゃってるからね。俺も、お腹のモフモフが感じられて、無いと落ち着かないくらいかも……」

「乙女にそういう事は言うなだわ!」

「乙女……ごめんごめん」


 驚いて叫ぶ女性に対し、首を傾げなら地面に降り立つエルサ。

 いきなりオーガどころじゃない大きさの生き物が、空から声をかけつつ降りて来たら、驚くのも無理はないし大げさではないと思うけど……。

 これ以上叫ばれたら面倒だと思ったのか、すぐに小さくなっていつものように俺の頭へコネクトする。

 エルサが乙女かどうかはともかく、女性のお腹を……というのは、無神経だったかな?


「あ……あ……あ……」 

「どうしたのだわ? 声が出せなくなったのだわ?」

「驚き過ぎているんだと思うよ。それはともかく、エルサ……これどう思う?」

「また随分と張り切って凍らせたのだわー」

「魔力を抑えたつもりだったんだけど……威力が強すぎちゃって」

「リクの魔力量が、増えたからかもしれないのだわ。そこは、また慣れるしかないのだわ」

「はぁ……やっと少しは慣れて失敗が減ったと思ったのに……まぁ、それは置いておいて。これだよこれ」


 次から次へと予想外の事が起き過ぎて、許容限界を越えているいるんだろう、口をパクパクさせて意味のある言葉を発せなくなった女性はさておき、オーガをエルサに示して意見を求める。

 女性の方は怪我がなかったようだし……馬はエルサに驚いて逃げたようだけど、まぁ、とりあえず大丈夫そうだからね。

 エルサはオーガよりもまず、その後ろに広がる凍った地面を見て呆れたように言う。

 魔力量が多くなったから、というのが原因みたいだけど……せっかく慣れ始めてたと思うのに、また練習しないといけないかぁ。


 結界は、最近よく使っていて慣れているから、問題なかったんだろうけどね。

 とにかく、魔力量だとか凍った地面の事は、明後日の方に捨てておいて……オーガをコンコンと叩きながらそちらに話を持って行く――。


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