第644話 ある意味危険な壺
「……おい、リク。これを見てみろ!」
「ソフィー、どうかしたの?」
「ここ、開くぞ?」
「……ほんとだ。という事は?」
「ガッケル達兵士は、見つけていない場所のようだな」
「何かあるかもしれないな……」
「入ってみよう」
俺やフォルガットさんから離れて、広場の壁に沿って調べていたソフィーから呼ばれる。
ソフィーが自分で示した場所を軽く押すと、隠し通路のように簡単に開いた。
俺の後ろで様子を見ていたフォルガットさんから、兵士さん達からの報告はないと教えてくれる。
おそらく、隠し通路を発見しただけで、この扉は発見できなかったんだろう……軽く調べただけらしいし、カモフラージュされているから見逃すのも仕方ないか。
「中は……こちらも照明が備えられているな。……人が住む部屋、か?」
「そうみたいだね……もしかすると、モリーツさんがここで生活していたのかもしれない」
「こもっていても、研究だけじゃなく寝泊まりする場所が必要だから、だろうな」
開けた扉の中は、広場よりも少し強めの照明が煌々と灯っており、少し明るい。
その場所には、木箱を並べた上に薄いシーツと毛布、さらに机と椅子が備えられており、人が過ごせる空間になっていた。
「ん、あれは……?」
「壺?」
「壺だな」
部屋を見渡している時に、ソフィーが隅に置いてあるものに気付く。
それは高さ一メートルくらいの大きめの壺で、蓋がされていた。
……密閉空間とは言わないけど、人が過ごすようになっていて、その場所にある大きな壺かぁ。
もしかしたら重要なものが隠されている可能性はあるけど、なんだか嫌な予感。
「何かあるかもしれんな。開けてみよう」
「危険な物……ではないとは思うが、慎重に」
「あぁ、わかっている」
「あ……」
「どうした、リク……ぐっ! これは!」
「……そういう事か」
「くちゃいのだわ!」
フォルガットさんが前に出て、率先して壺へと近付く。
誰かが侵入する事を想定してはいなさそうだから、罠だったり危ない事はないと思うけど、俺の嫌な予感と想像を伝える前に、手を伸ばして開けてしまった。
思わず出て声に、フォルガットさんはすぐに蓋を閉めて壺から離れる。
納得した様子のソフィーは、明後日の方向を向いて鼻をつまんでいるし、エルサも手を口元に持って行って鼻を押さえてる……もちろん、俺もだ。
「はぁ……はぁ……」
「まぁ、人が住むと考えると必要な事……だな」
「わかるんだが……油断した」
「危ない事じゃかっただけ、良かったと思いましょう」
「あれは危険物なのだわ!」
「臭いだけだから、危険はないけど……言いたい事はわかるよ」
部屋から出て広場へ戻り、皆一斉に深呼吸。
広場の方も片付けていないうえに、空気の流れが鈍いから、エクスブロジオンオーガの残骸で生臭いけど、部屋の中に広がったあの匂いより全然マシだ。
直接的な危険はないけど……エルサのように危険物と言いたくなる気持ちはよくわかる。
まぁ、早い話がトイレ代わりだった、という事だね。
「そろそろ、大丈夫そうだね」
「あぁ。あの壺には触れないようにしよう」
「絶対触っちゃ駄目なのだわ!」
ソフィーとエルサが隠し通路の入り口まで戻り、風の魔法で空気を送ってらい、俺が穴に向けてドライヤーの要領で広場からの風を送る。
さらにフォルガットさんに、部屋の扉を開け閉めしてもらい、簡単に空気を入れ替える作業の後、再びモリーツさんがいたであろう部屋へと戻る。
鉱山の奥だから、新鮮な空気に入れ替わる……という事はないけど、とりあえず臭いを感じない程度にはできたから良しとしよう。
「壺以外は……机と椅子、木箱を並べた簡易ベッドだな。あとは本棚か……」
「本は、魔物に関する事が書かれた物が多いな。魔物の研究をしていたからなのか、エクスブロジオンオーガを改良するためなのかはわからないが……ほとんどは、冒険者ギルドでも借りて読む事ができる物だな。見た事がある」
「簡易ベッドは、一度箱の中を開けてみた方がいいかな? 何か入っているかもしれないし」
「何か入っていると言えば、壺もそうだが……あちらはガッケルに任せよう。さすがに、あの中に何か入っているとは思わんがな」
「……そうですね」
ごめんなさい、ガッケルさん。
一番辛い仕事を押し付けてしまう事になりました。
なんて心の中で謝りつつ、調べる場所を確認して行く。
魔物の本に関しては、冒険者ギルドが貸し出している物と同じ物が多いようだ。
初心者のために、魔物の特徴や習性、弱点などが書かれている物だね……さすがに全ての魔物というわけじゃないけど。
木箱は、ベッド代わりにしている物かもしれないけど、中に物が入るのは当然だから開けて調べた方がいいと思う。
まぁ、そこらの詳しい事は、後でガッケルさんが来て調べてくれると思うけど。
あと残りは……机だね。
怪しいというか、最初から紙の束が乱雑に置いてあったから何かあるのは間違いないんだけど、じっくり調べるために最後にした。
「んむ……何かの研究に関してなんだろうが、よくわからないな。リクはわかるか?」
「いや、俺もよくわからないよ。魔力とか、エクスブロジオンオーガとか書かれているから、ここでやってた研究に関する事なんだとは思うけど……フォルガットさんはどうですか?」
「俺は魔法も使えないし、鉱夫としてずっとこの街にいたんだ。わかるわけないだろう」
「……はぁ……誰もわからないのだわ」
後回しにして結果、紙に書かれている事を理解する事ができなかった。
とはいっても、文字は読めるからエクスブロジオンオーガとか、魔力がどうのと書いてあるのはわかる。
けどそれは、モリーツさんが話していた事だし、既にわかっている事だ。
重要で新しい情報ではない。
溜め息を吐くエルサに、皆が沈黙……ベルンタさんとかなら、わかったのかもね。
高齢だから、鉱山に連れて来るのは厳しいだろうけど。
「とりあえず、これは持ち帰ろう。知り合いに、魔法の専門家がいるからな」
「え、ソフィー……そんな知り合いがいたの?」
「何を言っているんだ。アルネの事に決まっているだろう」
「あー……そうか。アルネなら、理解できるだろうね」
「よくわからんが、調べられる知り合いがいるのなら、そいつに見せるのが一番だろうな。だが……大丈夫なのか? その、疑うわけじゃないが……その知り合いとやらが、もしモリーツやイオス側だったら……」
机に散らばっていた紙をまとめて、持ち帰ろうとするソフィー。
確かにアルネなら、魔法に関して詳しいし、研究もしているようだからわかるだろうし、何か新しい発見ができるかもしれない。
専門家って言われたから、一瞬わからなかったけど……なんとなく、一緒に戦っているイメージが強くて、すぐに思い当たらなかっただけだよ、うん……決して、忘れていたわけじゃないから。
俺とソフィーの話を聞いていたフォルガットさんは、アルネの事を知らないから信用できる相手なのか、訝しんでいるみたいだね。
まぁ、自分の部下……特にイオスさんというそれなりに鉱夫としてやっていた人が、今回の事に加担していたんだから、何かにつけて疑いたくなるのはわかる気がするけど――。
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