第632話 ルジナウムは日常へ
エアラハールさんから、フランクさんがお呼びと伝えられる。
魔物と戦った時の事でだろうね。
フランクさん自身は、魔物達が向かってきた混乱を収めたり、街をまとめたりする必要があるだろうし、忙しそうだからわざわざ来てもらうのも悪い。
貴族でもあるから、俺なんかが呼びつけるのもなんだか違う気がするしね。
それに、モニカさんが言うには二日間も寝ていたらしいし、そのせいなのか寝過ぎて体が若干重たいけど、多少なりとも動かさないとなまってしまいそうだ。
剣を振ったり走ったりするわけじゃなくとも、外に出て歩くくらいはしておいた方が良さそうだね。
「それじゃ、私もいくわ。……またリクさんが倒れてもいけないし」
「ありがとう、モニカさん」
「そういう口実で、一緒にいたいだけじゃろうに……素直じゃないのは、マリーちゃん譲りかのう……?」
「エアラハールさん!!」
モニカさんにお礼を言って、エアラハールさんとワイワイやっているのを尻目に、外へ出る準備をする。
とは言っても、服は新しいのを着ているし、立てかけてあった俺の剣を腰に下げるくらいなんだけどね。
……この世界に来るまでは、剣なんて持った事もなかったけど……今じゃこの重みがないと、落ち着かないくらいになってるなぁ。
「エアラハールさんは、どうします?」
「ワシは、堅苦しいのは嫌いじゃからの。宿でのんびりしておく事にしておくわい」
「そうですか。それじゃあ、すみませんがユノが戻って来るまで、エルサをお願いします。気持ち良さそうに寝ているので、起こすのもかわいそうですし」
「エルサちゃんも、頑張ったものね」
「……女の子の面倒なら喜んで見るが、ワシがドラゴン様の面倒をかのう」
「一応、エルサも女の子らしいですよ?」
「……ぬぅ、さすがのワシでも、ドラゴン様に不届きな事はできんの」
「ははは……」
フランクさんと会うのを辞退するエアラハールさんに、まだお腹を出したまま寝こけているエルサの事を頼む。
ユノがいればそっちに頼むんだけど、どこまで報せに行ったのか、まだ帰ってこないからね。
というか、女性に触れたりする事が不届きな事とわかっているなら、控えればいいのに……。
ユノに殴り飛ばされたりしても懲りないんだから、もはや性分のようなものなのかもしれないけどね。
「……なんだか、皆が俺を見る目がヘルサルを思い出すんだけど?」
「皆、リクさんが街を守った事を知っているのよ。噂通りの英雄様って、言われているみたいよ?」
「ここでも英雄呼ばわりかぁ……まぁ、それだけの事をしたって自覚はあるけど、多少は。でも、ヘルサルや王都よりは、少ない……かな?」
「それはそうよ。リクさんが英雄と呼ばれて、街を守ったのは皆知っていても、一目見てリクさんだと分かる人は少ないわ。私を見知っている人や、リクさんを実際に見た事がある人くらいなんじゃないかしら?」
「あぁ、そうか。今はエルサっていう目印もいないからね……」
宿を出て、フランクさんがいるらしい冒険者ギルドまでの道すがら、時折すれ違う人たちが俺を見つめたり、何も言わずに深々と頭を下げたりしているのを見て、疑問に思う。
モニカさん曰く、俺が街を守った事でヘルサルや王都と同じように、英雄視されているからだとの事。
エルサというわかりやすいモフモフの毛玉がいないため、俺だとわからない人も多い分、王都やヘルサルのように声をかけられる事はないのが救いとも言えるかもね。
ちなみに、頭を下げる人はほとんどが兵士さんや、冒険者に見える人達ばかりだった。
おそらくだけど、死地に赴くとも言える程、絶望的な状況が予想される戦闘を避けられたから……なのかもしれない。
家族がいる人だっているだろうし、それがなくとも決死の覚悟で戦わなくて良くなったからなのかもね。
「街の様子は、以前とほぼ変わらないわね」
「そうなの? でもそうか、魔物が来ている時は皆避難させているって言ってたもんね」
初めてルジナウムに来た時よりは、俺を見る人の数が多いのはともかくとして、人通りの多い道を通りながら周囲を見渡して呟くモニカさん。
言われてみれば、戦える人は西門に集まっていたらしいし、同時に北ヘ向かって避難もしていたようだから、俺が寝ている間に元に戻ったんだろう。
ちょっと見てみたかったという好奇心はあるけど、やっぱり街は活気があって皆が平穏無事に過ごせるほうがいいよね。
「魔物達をリクさんが倒した後、フランクさんがすぐ避難している人達を呼び戻したの。だから、二日しか経っていなくても、元に戻れたのね。避難している人達は、準備期間が少なかったおかげで、街からそんなに離れていなかったようだし」
「もう少し準備期間があれば……ってあの時は思ったけど、そういう意味では良かったのかもね」
とは言え、おかげで戦闘中に魔力が足りなくなるような事態になったんだけどね。
せめて一日くらい余裕があれば、鉱山で魔力を使ったのも関係なく戦えただろうになぁ。
まぁ、街に活気が戻るのも早かったんだから、これで良かったのかもしれないけど。
「あ、そういえば。俺が倒れた後、他にもまだ無事だった魔物がいたりしなかった?」
「もちろんいたわよ。キュクロップスとか、大きな魔物がいたせいで、降り注ぐ魔法や矢から難を逃れた魔物が、多少はね」
「やっぱり……大丈夫だったの?」
「ユノちゃんが頑張ってくれたからね。大量の魔物ならまだしも、数体程度ならあっさりよ。ほんと、どうなってるのかしらあの子……リクさんもそうだけど」
「いや……俺はまぁ……ユノもある種特別、と言えるだろうからね」
街の様子を見ながら歩く中、そういえばと思い出した。
俺が倒れる直前、無事だったマンティコラースが襲ってきたのは覚えている。
あの時のように、まだ生きている魔物がいてもおかしくないだろうし、どうしたんだろうと思っていたら、ユノがやってくれたみたいだね。
一度に大量の魔物が……というのならユノ一人じゃ討ち漏らす可能性もあるけど、散発的に襲ってくる程度なら問題なかったんだろう。
それはそうと、モニカさんにはまだユノが元神様だっていう事を伝えてなかったなぁ、と思いながら言葉を濁す。
俺と姉さん以外は知らない事だけど……いずれ話しておいた方がいいのかもしれない。
見た目が子供なのに、尋常じゃない強さの事も説明できるだろうから。
とはいえ、ちゃんとユノに確認を取ってからじゃないといけないし、今はその必要はないだろうけど――。
「失礼します」
「おぉ、リク殿……いえ、リク様! お目覚めになられましたか!!」
「おうリク……いや、リク様と呼んだ方が良さそうだな。その様子を見るに、無事なようだな。今回の事、本当に助かった!!」
「フランクさん、ノイッシュさん。えっと……様は付けなくても……」
「いえいえいえ、何を仰いますか! 街を守るだけでなく、あのような強力な魔物の集団を少数で壊滅させる方。英雄と呼ばれる所以を見せつけられましたからな」
「そうだぜリク! おっと、リク様! あれだけの事してもらっておきながら、ぞんざいな扱いなんかできねぇよ。口調の方は、丁寧な喋り方ができねぇが……せめて様は付けさせてもらうぜ!」
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