第601話 人間を発見



 エクスブロジオンオーガがいなくなってからさらに、しばらく進んでいたらエルサが騒ぎ出した。

 明かりをつけてくれているから寝る事もできないし、ずっと同じような景色が続いて狭い空間にいるから、さすがに飽きてきたらしい。

 まぁ、俺も匍匐前進をずっとしていて結構疲れてきているし、ソフィーの方は俺以上にしんどそうだ。

 とは言え、縮尺がしっかりしていなくとも、地図で見た空白の場所を考えると、そろそろ終わりが見えてくる頃だと思う。

 慣れない匍匐前進で、途中にエクスブロジオンオーガが出たから、通常の移動より遅いとは言ってもね。


「お?」

「どうしたのだわ?」

「ほら、奥を見てみろって。大きく口を開けてるように見える」

「……出口なのだわー!」

「はぁふぅ……ようやくか……」


 さらにしばらく進んだあたりで、ようやく穴の出口が見えてきた。

 通って来た道よりも少しだけ隙間が広がり、途中で途切れて広い空間に出るようになっているようだね。

 エルサの喜びと言える声と共に、ようやく進行が止められるとわかって、後ろにいるソフィーの方からはホッとしたような声が聞こえた。

 途中、少し休憩した方が良かったかな……? でも、またエクスブロジオンオーガが来たら面倒だし、狭い場所で自由に体を動かせないから、休もうとしても休めないだろうしね……仕方ない。


「はぁ~……ようやくだね……っと」

「空気が美味しいのだわー。やっぱり狭いと息が詰まるのだわ」

「ここも同じ鉱山内だから、空気が変わったりはしていないと思うが……それにしても、体を自由に動かせるというのはいいものだな」

「そうだね。それで、この場所なんだけど……」

「あぁ……言いたい事はわかるよ……」


 穴から這い出して、広い場所へ出られたことで思いっきり体を伸ばして行きを吐く。

 エルサの言い方は、比喩というか息が詰まるような狭い場所から抜けた……という解放感からだろう。

 鉱山の中なので空気の淀みはやっぱり少し感じるし、埃っぽい事もあってとてもじゃないけど美味しいとは感じないから、かなり大袈裟だと思う。

 ともあれ、俺と同じように体を伸ばして行きを吐いていたソフィーが、そこにある空間を見渡して呟いた。


 ソフィーの言いたい事はわかる。

 この空間、明らかに人の手が入っているのがわかる場所だったからね。

 丸いドーム状のような形をした広場で、天井には煌々と周囲を照らす照明がぶら下がっているし、机のような物すらある。

 ベッドや焚き火の跡があれば、人が生活できそうな空間になっているけど、さすがにそれはなかった。

 まぁ、鉱山の中でがっつり焚き火なんて、怖くてできないか。


「明るいのはいいのだが……それにしても、これはなんだ?」

「うーん……試験管? にしては大きいけど……」

「試験管、とはなんだ?」

「あぁ、えっと……」

「誰だ!?」


 周囲を見渡しながら、そこはかとなく感じる生活感のようなものを確認しつつ、広場の中央にいくつもある一メートル程度の長い筒をソフィーと一緒に見る。

 形は縦に長くて上部分は丸いという……早い話が逆さにして空いている方の口を地面に付けた状態の、試験管のような物だった。

 ちょっと指先で触れた感触から、ガラス製である事がわかったけど、透明度が低いために中に何か入っているのかとかはわからない。

 太さはそれなりで、人間程度ならすっぽりかぶれそうなくらいだ。

 それがざっとみて数十……穴に入る前に休憩した広場よりも、さらに広い場所で煌々とした明かりに照らされて鎮座していた。


 ガラスの透明度が低いのは技術的な事で仕方ないんだろうけど、これだけ大量にガラスを使った物とか、かなりの費用がかかりそうだ。

 王城のような立派でお金をかけた建物くらいにしか、ガラスは使われていないというのに……。

 なんて考えながら、ソフィーに試験管という物を説明しようとすると、俺達のいる場所とは別の場所……並んでいる試験管の裏側から大きな声がした。

 人の手が入っているのはわかっていたけど、やっぱり人がいたか……けど、こんなところで何をしているんだろう?


「えーと……すみません、怪しい者じゃないんですけど……」

「自分から怪しい者なんて言う人間はいないのだわー」

「ちょっと、エルサ黙ってて。怪しまれると話を聞けないだろう?」

「というより、私達はともかく向こうは完全に怪しい者なのだが……」

「お前達、どうやってここへ来た!?」


 怪しまれないように……と思っていたのに、エルサから余計な横やりが入る。

 そりゃ確かに、自分で怪しい者がどうとか言う方が怪しいかもしれないけど……敵意がない事を示して穏やかに話そうとしているのに、邪魔をするんじゃない。

 と自分を誤魔化しては見たけれど、確かにソフィーの言う通り、こんな所にいる人間が怪しくないわけはない。

 鉱夫さん達はこの場所を知らなかったし、誰かがいる事なんて当然知らない。


 ここにいる時点で、ちゃんとした調査を任されている俺達よりも、相手の方が怪しい人物だ。

 うんまぁ……やっぱりそうだよね……。

 そうこうしているうちに、試験管の向こうから姿を現したのは、一人の男性。

 鉱夫さん達とは違い、少し痩せ気味の体型で、白衣を着ている……白衣なんてあるんだなぁ。


 こちらを睨んでいるのはともかく、目の下に大きな隈があって、頬がこけているようにも見えるから、あまり寝ずにここで何かをしていた様子に見える。

 まぁ、ゆっくり寝る所もなさそうだしね……というのは余計か。

 髪も整えたような様子はなく、肩まで伸びていて前髪に至っては目にかかりそうになっている程。

 総じて、何かに没頭して身だしなみを気にせず、不摂生をしている研究者のように見えた。

 大体は、白衣のせいだろうけども。

 ちなみにその白衣自体は、ここに長くいるせいなのか、所々黒ずんで汚れている……お世辞にも、清潔感のある人物とは言えない。


「なんだ貴様達は!? どうやってここに来た!」

「どうやってって言われても……そこの穴を通って?」

「穴だと? そこはエクスブロジオンオーガの通り道になっているはずだ! 無傷で人間が来れるはずがない!」

「うーん、でも実際こうやって来ているんだし……」

「大方、俺を欺こうと、隠していた道を通って来たんだろうが、そうはいかないぞ!」

「……他に道、あったんだ……」

「そのようだ……隠していたと言っているから、探して見つかるかはわからないが」


 穴を通って来たのに、俺達が怪我らしい怪我もなく、無事に通って来ているとは信じてくれないようだ。

 すごい剣幕で俺達に怒鳴っているけど、少しは信じて欲しいなぁ……。

 というか、隠していた道ね……ソフィーの言う通り、探して見つかるものなのかはわからないけど、どうやらこの場所へ来るために、正規の道があったようだ。

 狭い穴の中をどうやって進もうかと考えて、ようやくここまでこれたのに、ちょっと悔しい。

 まぁ、探して余計な時間を使うよりは、早くここを見つけられて良かったと思っておこう。


「何をごちゃごちゃと! ここへ何しに来た!」

「いやー、何しに来たって言われても……貴方も知っているんじゃないですか? エクスブロジオンオーガが鉱山内に出没するようになったので、その原因を調査しに来たんですよ?」

「調査だと!? そんな事聞いてないぞ!」



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