第602話 試験管からエクスブロジオンオーガ



「んー、貴方は聞いてなくても、ちゃんと冒険者ギルドから依頼を受けて来たので……」

「冒険者ギルドだと……? くそっ、あいつらはいつも余計な事をする! おとなしく魔物を狩る仕事だけをしていればいいものを……!」

「いやぁ、魔物を狩るのも含めて、ここに来たんですけどね?」


 どうやらこの白衣を着た人は、冒険者ギルドから鉱山を調査する依頼が出ている事を知らないようだ。

 これだけで、この街にいる鉱夫さん達との繋がりがない事がわかる。

 初日にフォルガットさんと腕相撲をしたおかげで、俺が冒険者で調査の依頼を請け負って、鉱山内を調べているという事は知れ渡っているみたいだしね。

 ここにずっとこもっていたからかな?


 それはともかく、鉱夫さん達と繋がりがないという事は、無許可でこもっているという事。

 何をしているのかはまだわからないけど、怪しさ大爆発だね。

 というか、エクスブロジオンオーガが大量に出没しているんだから、魔物を狩る事が主な仕事にしている冒険者でも、ここに来ておかしい事はないと思うんだけどなぁ……随分と、自分本位というか、こうだと思った事を曲げない人みたいだ。


「まぁいい、ここを見られたからには、無事に帰すわけにはいかない! 人間は片付けが面倒なのだが……いや、いい機会だから、人間相手に実験するのも悪くないか。そう考えると、わざわざ来てくれてありがたいというところだな!」


 何やら悪人が不味い所を見られた時、こう言えと誰かから教わっているかのような発言をしながら、いい考えを思いついたとばかりに顔を輝かせ、爛々とした目を向けながら叫んでいた。

 ここにこもっている疲れのせいもあるんだろうけど、血走った目が少し怖い。


「えーと……どうするんですか?」

「こうするのだよ!」

「なんだ……? っ! エクスブロジオンオーガだと!?」

「割れた……あれ高いんだが……まぁ、仕方あるまい!」


 とりあえず声をかけてみたら、答えを示すように試験管の一つを蹴った男性。

 その衝撃で、逆さになっていた試験官は倒れ、隣にあった試験管を巻き込んで割れた。

 ソフィーが訝し気に見ている中、試験管から鉱山に入ってから見慣れてしまったエクスブロジオンオーガが出てきた。

 あの赤黒い肌はもう何度見た事か……試験管の中で眠っていたのか、目を閉じていたけど、周囲を覆う物がなくなった事に気付いて目を開ける。


 驚くソフィーと一緒に、白衣の男性も驚いていたけど……思いっきり蹴ったんだから割れても仕方ないと思う。

 まぁ、確かにあの大きさの試験官は、この世界だと高そうだけども。


「ともかくだ! エクスブロジオンオーガ、あいつらを捕まえろ!」

「ギ? ギィ……ギ!」

「命令を聞いた? というより、ただこっちに襲い掛かろうとしているだけみたいだね」

「リク」

「うん、とりあえず結界を張るよ」


 試験管の中から目覚めた、二体のエクスブロジオンオーガは、白衣の男性に言われて一瞬戸惑う。

 そこから俺達へと視線を向けて、人間を見つけたからとりあえず襲い掛かろう……というような雰囲気でこちらへと駆けてきた。

 いう事を聞いたと言うよりは、単純に人間に襲い掛かろうとしているだけのように見えるけど、なぜ俺達より近い場所にいる白衣の男性は、襲われないのかちょっと不思議。

 試験管……という事から考えると、何か妙な仕掛けとか実験とかをしていたのかもしれないね。


 俺に視線をやるソフィーに頷いて、結界を担当する事を決める。

 それを見た後、近付いて来るエクスブロジオンオーガに対して、ソフィーが腰の剣を抜いた。


「とりあえず、この場所全体を覆うようにするよ。……結界!」

「わかった。衝撃には気を付けろ……というのは、リクには不要だろうな。はぁっ!」

「ギギィ!?」


 まずは結界を発動。

 すでに向こうから突進するように迫ってきているため、細かく形を変えるような時間がない。

 だから、とりあえず広場を覆うように結界を使って、とりあえず爆発しても影響がないようにしておく。

 ソフィーに伝え、頷くと同時に俺へと呟きを残して、迎え撃つように駆けながら、迫って来ていたエクスブロジオンオーガ一体目に向かって剣を横薙ぎにした。


 腕を振り上げて襲い掛かろうとしていたエクスブロジオンオーガは、顔より上にあった両腕……肘より少し先の部分を両断される。

 驚きの声を上げて、手がなくなったエクスブロジオンオーガは、驚きの声を上げながらも足は止まらず、体当たりでも仕掛けようとしているのか、そのまま剣を振り切った状態のソフィーへと突っ込んだ。

 だけど……。


「遅い」

「ギ?」

「ギィー!」

「こちらも、遅い。ふん!」

「ギ……ギ?」


 相変わらず動きが鈍いエクスブロジオンオーガの動きは、ソフィーが横に軽く飛ぶだけで避けられ、目の前からいなくなったソフィーを探して、キョロキョロしていた。

 多分、エクスブロジオンオーガからは、突然目標が消えてしまったように見えたんだろう。

 横へ飛んだソフィーを追撃するように、もう一体のエクスブロジオンオーガも迫っていたけど、やっぱりこちらも動きが鈍く、ソフィーによって軽々対処される。

 横に飛んでいる間に、剣を振り上げていたソフィーは、そのまま迫るエクスブロジオンオーガへと剣を振り下ろす。


 その剣はいともあっさり、二体目のエクスブロジオンオーガの左腕を二の腕辺りから切り落とした。

 エクスブロジオンオーガの動きにも慣れているから、速度の速いソフィーにとっては、あまり難しい相手じゃないようだ。


「凍らせろ!」

「ギギ!? ギィ! ギィ!」

「ギィー! ギィー!」

「元々動きは遅いが、これで完全に動けないだろう? このままさらに……もっとだ、もっと……凍らせろ!」

「「ギッ!」」

「なんだと!?」

「成る程、さっき私がやった事を真似したのだわ?」

「そうみたいだね。多分、試験管……ガラスがあるから、それに影響を出さないためだと思う」


 左腕を斬り落とされて、怯んだエクスブロジオンオーガ。

 一体目はようやくソフィーをまた補足したようで、体の向きを変えようとしていた。

 少しだけの猶予……それだけでソフィーには十分だったようで、魔法具でもある剣に力を込めるようにしたかと思った瞬間、エクスブロジオンオ―ガへと剣先を向ける。

 すると、剣から氷の魔法が発動し、エクスブロジオンオーガの足を膝上くらいまで凍らせ、動きを止めさせた。


 なんとか、凍った足を動かそうともがくエクスブロジオンオーガだけど、カチコチに凍った足の氷は動きそうにない。

 筋力のある魔物だから、力任せに壊せるかと思ったけど、足のうち側まで完全に凍っているようだ。

 あのまま無理矢理動かそうとしていたら、千切れてしまうんじゃないだろうか?

 と俺が観察しながら考えていると、さらにソフィーが追い打ちをかける。


 剣を顔の前にかざし、さっきよりも少し長めに力を溜めるようにしてから、数秒後に再び魔法を発動。

 多分、多目に魔力を込めたんだろう……魔法が使えないソフィーだけど、魔力そのものは人間なら持っているし、使用するための補助は魔法具である剣がしてくれる。

 再び発動した氷の魔法は、先程よりも威力が高いようで、エクスブロジオンオーガの全身を少しずつ凍らせていく。

 その様子に、白衣の男性は驚愕の声を上げているだけだった――。



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