第598話 人の手が入った形跡



 しばらく匍匐前進のような形で進むが、エルサに照らされた穴の奥はまだ終わりが見えない。

 後ろにいるため、俺の体に遮られて先が見えないソフィーは、さすがに少し疲れてきているようだ。

 まぁ、慣れない動き方をしているからね……というか軍人でもないのに、匍匐前進に慣れているという事はそうそうないだろうけど。

 いや、この世界の人達が匍匐前進をやる機会すらそうそうないか、例え軍人……軍隊に所属していても。


「それにしても、ぐねぐねしているのだわ。奥まで光が届かないのだわー」

「そうだね。なんとか通れているけど、真っ直ぐじゃない分ちょっと疲れるなぁ……」

「少し、入り口狭くなっていないか? 最初より動きが窮屈に感じるぞ」

「んー多分、穴は出入り口だから特に大きく開いてたんじゃないかな? 奥に進むにつれて、狭くなっててもおかしくないと思うよ。まぁ、エクスブロジオンオーガが通ってたから、塞がれてるとか、通れない程狭まっているって事はないと思うどね」


 穴の中はエルサが言う通り、右や左にぐねぐねとうねっていて、いくらエルサの放つ光が強くとも、途中で遮られて先の全てが見えるような事がない。

 まぁ、ぐねぐねといっても緩いカーブになってて、光が届きづらい事以外は特に問題はないんだけどね。

 途中で体を曲げたり窮屈な格好にならなくちゃいけないのが、少し辛いくらいかな。

 さらに慣れない動きが加わって、ソフィーの疲労が増しているようだけど……歩くよりしんどいのは仕方ない。


 穴の方も、入口よりさらに狭くなっているため、最初に想定していたよりも体が自由に動かせるスペースが少ない。

 匍匐前進をするため、腕を顔の方に持って来ているが、今ではそれを戻すのも難しそうなくらいに横幅が狭い。

 とはいえ、縦幅……高さの方は少し余裕があるし、エクスブロジオンオーガが通って来たのも間違いない事だしで、途中行き止まりになる事はないだろう。

 別れ道とかもなく一本道だし、進行方向が間違えているなんて事もないだろうし……ぐねぐねしているおかげで、今どの方角を向いているのか、そろそろわからなくなってきているけど。


「ふぅ……これは新しく鍛錬に追加するべきか……? 中々全身の力を使って良い鍛錬になりそうだ……」

「今はほとんど上半身の力だけど、足も動かせるような場所なら、いいかもね。……エアラハールさんの訓練に追加でできる余裕があればだけど」

「そうだな。そのあたりはいずれエアラハールさんに確認してみよう。……ん?」

「ん、どうかした、ソフィー?」

「いや、気のせい……ではないな。ちょっと止まってくれリク」

「わかった」


 匍匐前進を鍛錬に組み込もうと考えているソフィーと話しながら、進む俺達。

 結界のおかげで、穴の向こうに声は届かないだろうし、延々と続く道を歩くよりも遅い速度で進んでいるので、話くらいしていないと精神的に辛い。

 気楽に話しながら進んでいる……と思っていたら、途中でソフィーが声を上げた。

 どうかしたのかと聞くと、止まるように言われる。


「ここは……ふむ……」

「どうかした?」

「リク、どうやら当たりかもしれないぞ?」

「どういう事?」

「ほら、ここを見て……というのは無理か。とにかく、あまりはっきりと見えないし詳しくないが、もしかしたらこの穴は、誰かが掘ったもののようだな」

「え? そうなの……? うーん……」


 止まった俺の後ろで、何やらソフィーが考えているような気配。

 多分、壁とかを見ているんだと思うけど、振り向けるほどのスペースがないので、何をしているのか想像するしかできない。

 どうしたのかと思っていたら、ソフィーから当たりとの言葉。

 何やら壁に不自然な点を見つけたみたいで、俺もソフィーに習って壁を調べてみる。


「んー……不自然……かな?」

「壁全体ではないから、リクの方にはないのかもしれんが……所々に穴を掘ったような跡がある。おそらくだが、自然に崩落でできた部分ではないだろう」

「……エクスブロジオンオーガが、道具を使って掘った……とかは?」

「考えられない、とは言えないが……あいつらは道具を振り回すくらいしか、考えてなさそうだからな。穴を掘るという事はできそうにない。というよりだ、エクスブロジオンオーガに任せたら、力任せに掘ってもっと大きな穴や歪な穴になっていたかもしれん」

「それもそうだね。あ……言われてみれば……こっちにもあった」


 俺の顔周辺の壁を調べるてみるけど、ソフィーが言うような不自然な点は見つからない。

 崩落したためか、砕かれた岩のような断面があるだけだ。

 一応、地面には何かを引きずった跡があるけど、これは掘ったとかではなくエクスブロジオンオーガが通った跡だろう……拾ったらしい道具を引きずって移動してたしね。

 とは言えソフィーがここで嘘を言うわけもないので、もしかしたらエクスブロジオンオーガが自分達で通りやすいように掘ったのでは、と思ったけど……確かにあいつらにそんな作業ではできそうにないか。


 力任せに掘ってたらもっと穴は広かっただろうし、大きく掘った跡が残ってそうだしね。

 ソフィーの言葉に納得しながら、ふと顔を上にあげると天井付近に不自然な点を見つけた。

 多分、あれがソフィーの見つけた不自然な跡だろう。

 その不自然な部分は、他の砕けたような部分と混ざって見分けづらいけど、確かに人の手が入っているように見えた。


「という事は、誰かが通った……というより、人が作ったのかな?」

「誰かが通った、という事は間違いないだろうが……作ったというのは違うかもしれん。おそらくだが、崩落か何かで自然にできたこの穴を、通路として使えるように、少しだけ手を加えたんだろう。もしかしたら、そういった部分は今と違って岩がせり出していたのかもしれんな」

「成る程……その誰かが通りやすいようにか、他の理由で整備したんだね」

「まぁ、予想だがな。とはいえ、こういった形跡がある以上、この穴の先には何かがあってしかるべきという事だ」

「そうだね……少し、気を引き締めて行こう」

「あぁ」


 誰かが意図的に穴の中を通れるようにした、という予想が当たっているのかどうか……。

 ともあれ、人の手で何かしたのは間違いないようだ。

 鉱夫さん達は、エクスブロジオンオーガに遭遇した人以外、ここに穴があるとは知らなかった。

 だとしたら一体誰が……?


 作為的な気配を仄かに感じる。

 これで、この穴の向こうには何かがある可能性がさらに高まった、かな。

 通る事ができるようにしたという事は、この穴の先で何かをする必要があった……という事でもあるから。

 穴を無理に進んだはいいものの、結局何もありませんでした……なんて事になりそうになくて良かったけど、さっきまでのように気楽には進めなくなった。

 ソフィーと二人、気を引き締め直して、再び匍匐前進で穴の奥へと向かった……。

 ちなみにエルサは、光を放つ以外は特に気にした様子もなく、暢気な雰囲気をだしていたけど、これはいつも通りか。



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