第578話 魔物集結のその先



「リクも、キマイラは簡単に倒していたな。……あれを見たら、キマイラが本当に強いのか疑問に思えるくらいだが……リクとユノだからな……」

「ははは、まぁね。でもあの時は剣が良かった事もあるし、魔法も使ったしね。多分、エアラハールさんからの訓練で、今使っている剣だったら……結構しんどいと思うよ」

「さすがに、ワシでもあのキマイラを折れそうな剣で戦えなんぞ言わんわい。まぁ、リクは力任せじゃから、なんとなくわかるが、こんな小さな嬢ちゃんまでもがのう……」

「私は小さくないの!」

「ゴフッ!!」

「エアラハールさん……余計な一言を言わなければ……」


 ユノがキマイラを一人で相手にしたと聞き、目を剥いて驚くエアラハールさん。

 同時に、簡単にユノがエアラハールさんを殴り飛ばす事ができるのにも、納得した様子だ。

 俺の方は、今の剣だと切り裂くとか無理そうだし、魔法がなければキマイラと戦っても魔法がなければどうなるかわからないからね……あの時の感覚だと、負けそうだとは思わないけど……逆に勝てる要素も見つからない。

 まぁ、さすがにキマイラ程の魔物が相手なら、エアラハールさんも無理にボロボロの剣を使えとまでは言わないようだけど。


 ともかく、ユノの事を小さいと言ったエアラハールさんのお腹には、ユノの拳が突き刺さって沈黙させた。

 見た目はそのまま、小さな女の子に見えるのに……気にしてるのかな?

 あと、いつものように殴って飛ばしたりしなかったのは多分、ここがお店の中で、エアラハールさんが吹き飛んだら、他のお客さんに迷惑がかかるからだろう。

 ……飛ばないように拳をお腹に、という方が痛そうだけども……実際、エアラハールさんは悶絶して何も言えなくなっている。

 痴漢を働いた時とは違って、少しエアラハールさんがかわいそうだったけど、とりあえず今はモニカさんの調査に関してだ。


「キマイラだけじゃなく、他にも強力な魔物もいたわ。逆に、ゴブリンなんかの弱い魔物も一緒にね」

「ちょっと待て、複数の魔物が一緒にいたのか?」

「えぇ。ソフィーも疑問に思った?」

「当然だろう。強い魔物が弱い魔物を襲う。食べたりする事が多いようだが、戯れに襲ってしまう事も多いと聞く。強い魔物が住処にしている場所では、弱い魔物は生き残れないとも言われているはずだ」

「そうなのよね。私も父さんからその事は聞いているんだけど……なぜだか喧嘩をする事もなく、一緒にいるの」

「それって、オシグ村の時のようにって考えてもいいのかな?」


 強い魔物と弱い魔物。

 魔物の世界というか掟というか……基本的に魔物は弱肉強食のような摂理があると、マックスさんから俺も聞いた事がある。

 同種族で争う事は、むしろ人間の方が多くて珍しいらしいけど、他種族には容赦しないのが魔物だ。

 だから、弱い魔物が全然いない場所では、強い魔物が潜んでいる可能性が高いため、注意が必要だと教わった。


 それが、モニカさんやユノが見たのは、魔物の強弱や種族関係無く一緒にいたという事。

 驚いているソフィーを見ながら、オシグ村での事を思い出して、口に出した。


「多分近いのかもしれないわ。オシグ村でも、ビッグフロッグが捕食するはずのリザードマンと一緒にいたわね。それに……王都でも……」

「バルテルの時だな?」

「えぇ。あの時、複数種類の魔物が王都……いえ、王城へ押し寄せて来ていたわ。それも、魔物同士で仲たがいする事もなくね。ヘルサルのゴブリンは……ちょっと違う状況だったけど」

「あれは、ゴブリンキングがいたからだな。数は今考えると笑しか出ない程の数だったが、全てゴブリンだった。他種族とは言えない。エルフの集落では、サモナースケルトンが召喚していたために、命令を聞かせられていたのだし……」

「……こうして聞いておると、随分いろんな場所で魔物の大群と戦っておるのじゃのう。そりゃAランクんもなるわけじゃわい」

「望んで戦ってるわけじゃないんですけどね……」


 ヘルサルの時は、上位種なんてのはいたけど、全てゴブリンだった。

 エルフの集落では、サモナースケルトンが召喚したために、一つだけ命令をする事ができるという制約があったので、集落に向かって行って魔物同士での争いはなかった。

 けど、王城へ魔物が押し寄せて来た時と、オシグ村の時は違う。

 規模は違うけど、本来争うはずの魔物が一緒に協力して集まっていた……というのは同じだ。

 もしかすると、ルジナウムの街付近に集結中の魔物も、何かの原因があって、争わずに集結しているのかもしれない。


「オシグ村の時はまだしも、王城の時を考えるとな……もしかすると、ある程度集結した先にあるのは……?」

「……ルジナウムの街へ押し寄せる可能性がある、と私は思うわ。森は少し離れた場所にあるけど、他に目ぼしい街はないしね」

「つまり、何らかの目的でこのルジナウムの街を襲う予定って事だよね……なんでだろう?」

「それはまだわからないわ。王城でも、オシグ村でも、なぜ突然魔物が集結したのかわからなかったのと同様に、ね」

「ブハギムノングの鉱山も大変だけど、こっちも……だね」

「えぇ。だからリクさん、手間になるだろうけど……できれば、今回のように頻繁にこちらへ様子を見に来て欲しいの。ユノちゃんだけでは、全ての魔物が押し寄せて来た時に、対処できないだろうから」

「うん、わかった。鉱山の方を放っておくことはできないけど……一日おきくらいに様子を見に来る事にするよ」

「お願い。さすがに、一日二日で魔物が動き出す様子はないけど……どれだけ集まったら、どういう発端で街へ動き出すかはわからないから……もちろん、注意深く様子を見て調べるわ」


 鉱山の方も早く解決しなきゃいけないとは思うけど、そこまでの緊急性はない。

 もしモニカさんが予想している通り、ルジナウムの街へ魔物が押し寄せるため、集結しているのだとしたら……。

 まだその段階ではなく、ただ魔物が集まっているだけではあるけれど、押し寄せて来たら当然こちらの方が緊急性が高いからね。


「魔物が種族問わずに集結……か……」

「エアラハールさんが冒険者だった時は、同じような事はなかったんですか?」


 顎に手をやり、眉間にしわを寄せながら考えているエアラハールさんが呟く。

 エアラハールさんが冒険者の頃だと……多分、数十年前とかになるんだろうけど、その時に同じ事があったりしなかったんだろうかと気になって、質問してみた。

 似た経験があれば、その時の状況と照らし合わせて何かわかるかもしれない。


「むぅ……ワシがまだ現役じゃった頃は、同じ事はなかったのう。一種類の魔物が大量発生じゃとか、どこかから集まって……という事はあったんじゃがの?」

「複数の種族が集まるのは、それだけ珍しい事なんですね……」

「まぁ、魔物じゃからと言って、それが全て仲良しというわけでもないからの。アテトリア王国は、人間や獣人、エルフもそれなりにやっておるが……別の国では単一種族以外認めないというところもあるらしいしのう……」


 俺はこの世界で、アテトリア王国以外を知らないからわからないけど、他の国だとそういう事もあるのか……。

 この国では、エルフはあまり多くなく、集落の方で一塊になって暮らしているため、街中では珍しい方だけど、それでも珍しそうな視線を向けるくらいで特に排他的な空気は感じない。

 獣人だって普通に働いているし、人間からの差別があるようには見えないから、複数種族が暮らしやすい国だと言えるんだろう。

 ……なんとなく、姉さんがこの辺りの施策に関わっていそうだけど……数年で国全体の意識を変えるのは難しいから、それこそ先代国王様や先々代国王様も種族間の垣根を持っていない人達だったのかもしれない――。



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