第556話 お酒に慣れないリク



 エアラハールさんやソフィーに、少しずつ慣れて行くように言う俺の頭の上で、エルサがポツリと漏らした。

 それはあれかな? 竜退治にお酒で酔わして……なんていう伝説というか神話が元になってたりするのかな?

 あれはこの世界のドラゴンとは違うだろうけど……俺の記憶から流れてきた情報で、神話について知ったエルサが、怖がっているのか……はたまた本当にこの世界で似たような事でもあったのか……。


「お待たせ! 店で一番の酒を持ってきたよ!」

「おぉ!」


 エルサに聞こうと思ったところで、給仕の女性が両手いっぱいにお酒を持ってテーブルにドンッと置いた。

 少々荒っぽいけど、酒場というのはそういうものなのかもしれない。

 持って来られたお酒は、大ジョッキというのかな? に並々と注がれている。

 その大ジョッキはガラス製だったり陶器製だったりではなく、小さな樽に持ち手が付いたような、木で作られた物だった。


 ……というか、俺の顔より大きいんだけど、何かで見た事のある大ジョッキより大きいんじゃないかな? 鉱夫達が騒いでいる店内を見るに、壊れやすい物はあまり使えないんだろう。

 それと、エアラハールさんがたっぷりって言ったから、この大きさの物になったのかもしれない……他のテーブルだと、もっと小さい樽ジョッキで飲んでいるし……。

 そこからさらに樽ジョッキを十個程、次々とテーブルに置く給仕の女性。

 一つでも相当な重さだろうに、それを十個も持ってきたというのは、素直にすごい。


 見た目に違わず力持ちのようだね……鉱夫さん達を相手にしている店だから、それくらいは必要なのかもしれないけど……。

 今更ながらに、冒険者ギルドでベルンタさんが言っていた、冒険者があまり必要とされない街という意味がよくわかった。

 この街で見かける人のほとんどが、ガタイが良くて力持ちそうだもんなぁ……弱い魔物なら簡単に倒せるだろう。


「はい、水と……それから料理だね。注文通り、キューも持ってきたけど……調理はしなくてもいいのかい?」

「あ、大丈夫です。このまま食べるんで」

「そうかい。変わった好みなんだねぇ……」


 水は人数分を持って来てくれて、大量に盛られた肉と野菜を炒めて味付けをした物や、ステーキにされた分厚い肉などが次々と運ばれてきた。

 割と豪快な料理が多いようだけど、匂って来る料理の香りは、とても食欲をそそるものばかり……宿の主人が言っていたお勧めは当たりだったようだね。

 ジョッキの時点で結構場所を取っているため、テーブルの上はかなりギリギリになるくらい物で溢れている。

 さらに追加で持って来た、キューが積まれた大皿は、仕方なく俺が受け取って手に持っているような状態だ。


 給仕の女性は、キューを調理しないのかと不思議そうだったけど、エルサは漬物以外ではそのままが一番好きなようだからね。

 けどこのままじゃ、俺が料理を食べにくいかな? というか、手を伸ばして何かを取る事ができそうにないな……。


「エルサ、済まないけど床に置いてもいいか? 後で、しっかりお風呂で洗ってやるから」 

「仕方ないのだわ。行儀が悪いけどだわ……キューのために、それで我慢するのだわ」


 いつもテーブルに乗ってキューを食べているのに、行儀が悪いとか気にするのか……とは思うけど、エルサなりの何かがあるのかもしれない。

 そんな事を考えながら、キューの入ったお皿を足元に置く。

 俺の頭から離れたエルサが降り立ち、早速とばかりに両手でキューを掴んだ。

 床は掃除されているために、土の地面よりはマシだろうけど、それでも土足で踏まれている場所だ……エルサのモフモフが汚れたままになるのは嫌だから、後で丁寧に洗ってやろう。

 モフモフが損なわれる事があったら、俺が落ち込んでしまいそうだからなぁ……あとソフィーも。


「それじゃ、調査の事も話したいけど……とりあえず食べ始めようか」

「そうじゃな」

「あぁ」

「食べるのだわぁ!」


 既に食べ始めているエルサが、今更ながらに声をあげているのはともかく、話をするなら食べながら飲みながらでいいだろうと思い、皆に促して手を伸ばす。


「なんじゃリク。まずは酒で乾杯じゃろう。それが、酒場の流儀じゃ」

「そうなんですか?」

「いやまぁ、そういった場合が多いのは確かだと思うが……必ずというわけじゃないな」

「そうなんだ。でもまぁ、エアラハールさんが言うんだから、それでいこう」

「うむうむ、景気付けにも良いからの!」


 お酒の席というのは、そう言う物なのかもしれない。

 まずはお酒で乾杯して一口飲んでから、料理を食べ始める……のどの渇きを潤してからとか、そんな考えからなんだろうか?

 よくわからないけど、それが流儀と言われるのなら、それに従おうと思う。

 キューを両手に持つエルサと同じように、両手に樽ジョッキを持っているエアラハールさんに従い、俺とソフィーも樽ジョッキを手に持った。


 さすがに俺達は片手に一つだけだけどね。

 ……樽ジョッキは、並々と黄色いお酒が入っているためか、結構な重さだ……やっぱりこれを十個も運んできた給仕の女性はすごいな。


「それじゃあ……えっと、どうしましょう?」

「仕方ないのう。慣れないリクに変わってワシが音頭を取ろうかの」

「お願いします」

「うむ。それでは……んんっ! 新しい依頼と、無事達成する事を願って! ……乾杯じゃー!」

「「「乾杯!」」だわ!」


 樽ジョッキを持ったものの、どうしたらいいのかわからなかったので、エアラハールさんにお願いする事にした。

 依頼と達成を願ってか……冒険者らしい乾杯だなぁ。

 そのまま、全員で樽ジョッキを頭上に掲げ、乾杯をする。

 俺が知っているような、打ち合わせたりするような事はないみたいだね。


 なぜか、既に食べ始めているエルサもキューを両手で掲げて乾杯に参加したけど、雰囲気を感じたかったのかもしれない。

 そのまま、掲げた樽ジョッキを口元に持って行き、皆で一口。


「……ん~、やっぱりちょっと苦いかな……?」

「おこちゃまじゃのう。この苦みがいいんじゃろうに。ングッングッングッングッ……かぁ~っ美味いっ!」

「好みは、人それぞれだな。んぐ……うん、美味いな」

「美味しいのだわ~」


 思い切って飲んだお酒……確かエールとか呼ばれていたけど……それはやっぱり慣れない俺にとっては苦くて、あまり好んで飲むような物だとは思えなかった。

 顔をしかめている俺に対し、豪快に飲むエアラハールさん……一口で半分以上大きな樽ジョッキの中身を飲んだようだけど、大丈夫かな?

 ソフィーも、俺とは違ってお酒を楽しめる人だったようで、グイッと飲んだ後は笑顔だ。

 エルサはまぁ……キューを食べているだけだからな、気にしないようにしよう。


 とにかく、慣れない俺とは違って、エアラハールさんとソフィーの二人は、このエールを飲んで楽しそうだ。

 ちょっと悔しい……。


「酒場の雰囲気に慣れるため……お酒に慣れるため……」

「おい?」


 お酒に慣れるには、飲む事を避けてはいけないらしい。

 それならばと、樽ジョッキを見つめて、決心を固めた。

 ソフィーが俺の方を見て、少し心配そうな面持ちになっている気もするけど……今はお酒を飲む方が大事だ、きっと。



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